under「ナイショのハナシ」の続き。 ナイショのキモチ 心と身体が成長し、恋慕の情に欲望が付随してくると知ったときはまだ、それは興味の対象だった。どんなものなのだろう、と一般的に人々が抱くであろう関心を己も持っていたはずなのだ。 けれども経験(と呼べるほどのものではなかったけれど)を重ねるにつれ、それはフレンにとって恐怖の対象でしかなくなってしまった。好きだな、と思う相手はいた。ごく自然にもっと触れあいたい、という気持ちもわき起こる。けれどもその先にはどうしても進めない。相手を怖がらせたいわけではないし、痛い思いをさせたくはない。そうならないように試みたこともないわけではないけれど、結局一度もうまくいかなかった。 人肌が近くにあると怖くなってくる。 うまくできない自分、己の身体の特徴に対するコンプレックスばかり刺激されて、惨めになるだけだったのだ。 だから知らなかった。 ひとの肌がこんなにも温かいことを、自分以外の誰かの体温がこんなにも安心できることを。 ユーリと(半ば無理矢理という形だったけれども)セックスをして、フレンは初めて知ったのだ。 そのせいというわけでもないのだろうけれど。 あれ以来、ユーリのことばかり、考えている。 あんなことをしておきながら言うのもおかしいかもしれないが、彼はフレンにとって唯一無二の友だ。幼なじみでもあるし親友でもある、ライバルでもあって家族でもある。彼の存在なくしては自分というものがうまく説明できないのではないかと思うほど、ユーリはフレンの人生に深く関わっている存在なのだ。 しかし当然ユーリのすべてを把握しているというわけではないし、そうする必要もないと思っている。知らないことが多くても彼はフレンの大切な友人である、と胸を張って言い切れる。言い切りたい、と思っているはずなのに。 ふと脳裏に思い出されるのは、思っていた以上に白い肌、汗で湿った感触。筋肉のついたしなやかな長い足がシーツを蹴る様、くびれのない腰がくねる様子。つん、と尖った赤い乳首、その弾力性、吸い上げたときに鼓膜を震わせる呼吸音、腰の奥の熱を高める感じ入った声、唾液で濡れた唇、ひくんと震えている舌、紅潮した頬、広がる黒髪。大丈夫だから、と笑う顔。 セックスに苦手意識を抱いていたにも関わらず、こんなにも詳細に相手の様子を覚えているだなんてよほどあの体験が衝撃的だったのだろうか、と自問する。何せフレンにとってはすべてが初めてのことだったのだ。性器を舐めてもらったことも、受け入れてもらったことも。 柔らかくも締め付けのある粘膜に包み込まれる感覚は言葉では言い表せない。脳内が真っ白に染まりただ腰を前後することしか考えられなくなってくる。押し込んで擦り付けて、暴れる身体を押さえ込んで征服して。感じ入ってすすり泣く声をもっと聞きたくて、もっとめちゃくちゃにしたくなってきて、女性相手にどころではない、他人には向けたことのないような凶暴な感情がわき起こってきて止まらなかった。 ただでさえ無理のある行為だったというのに、さらなる無体を強いてしまったという後悔は大きい。ユーリには謝っても謝りきれないと思う。 セックスをしてしまった翌朝、掠れた声でどうせギルドの仕事も今はないからしばらくここにいる、と言っていたけれど、あれはおそらくまともに動けそうもなかったからだと思う。仕事さえなければとどまってユーリの看病をしたかった。そうするべきだと思った。むしろ仕事を休もうかとまで考えていたフレンを追い出したのはユーリのほうだ。慣れているから大丈夫だ、と。 本当に大丈夫なのか、フレンには判断がつかない。まずユーリの言う「大丈夫」が九割くらいはあてにならないのだ。ひねくれつつも優しい青年は、自分の痛みを隠して嘘をつくから。 なかなか城から離れることができず、人づてに聞く限りではまだ彼は帝都にいるらしい。何とか時間を作って下町に足を向けることができたのは、それから三日ほどたってからのことだった。 ふたりを知る住人たちへ挨拶がてらユーリの様子を尋ねれば、やはりどこか調子が悪そうだった、という回答ばかり返ってくる。分かってはいたが無理をさせすぎたのだ。せめて無理矢理でもユーリのそばにいるか、あるいは彼を城の自室まで連れ込めば良かった。そうしたら仕事の合間にでもきちんと看病をしてあげることができただろうに。 自責の念につぶされそうになりながら彼がいるはずの部屋を訪ねたが、しかしそこに目当ての人物の姿はなかった。荷物はある、帝都を発ったわけではないらしい。 でかけているということは、身体の調子も戻ったということだろうか。それならばいいのだけれど、と思いながらユーリを探し、ようやく酒場で見つけることができた。グラスを手に、知らない男と親しげに会話を交わしている。その立ち姿、表情はやはりいつもに比べ精彩を欠いているようで、まだ本調子ではないことがすぐに分かった。 それなのにユーリは気にした様子も見せず、そしてそばの男も気がつくことなく、カウンタ席に隣り合って座って酒を飲み始めるのだ。男の腕が当然のようにユーリの腰に回っており、彼もそれをふりほどく様子は見せなかった。 知らず眉間にしわが寄る。いらいらとした感情は、一体なにに対するものなのだろうか。まだ万全ではないくせにふらふらと出歩いているユーリへの苛立ちなのか、彼の不調を見抜こうともしない男に対してのものなのか、あるいは。 気がついたときには酒場を大股で横切り、親友の肩を掴んでいた。 「よう、フレン。お前も飲みにきたのか?」 少しだけ驚いた顔をしつつ、それでもいつものように声をかけてくる彼にますます苛立ちが募る。なにしてるの、と低い声で問いつめた。 「なにって……酒飲みに」 もちろんそうだろう。そんなことは言われずとも分かる。フレンが聞きたいのはそういったことではないのだ。舌打ちをして、ユーリの腕を引いた。がたん、と身体がスツールから落ち掛け、慌ててバランスを取った彼が「何だよ」とフレンを睨んでくる。 「何だよ、じゃないよ。まだ体調が悪いくせにどうしてこんなところにいるのか、って聞いてるの。帰るよ」 ぐい、とさらに腕をひき、ユーリの分はこれで払っておいて、とカウンタに札を滑らせる。文句を言いつつも逆らう気はなさそうなユーリを、さっさと宿屋の二階へと連れ戻した。 無理しないでよ、と頼んでみるものの、ユーリは苦笑を浮かべて取り合ってくれそうもない。 「まあ確かにきつくないわけじゃなかったけどさ」 身体に受けたダメージがいつもよりも大きかったことは認めつつも、ここまで心配されるほどではない、とユーリは言う。そもそも誘ったのはユーリのほうであり、フレンが責任を感じる必要もないのだ。 「このとおり、オレはぴんぴんしてるし、部屋にじっとしてんのもヤでさ」 どうせ仕事も今はないのだ。誰かと話をしたくて、酒を飲みたくて外に出ていたのだ、とユーリは笑って説明する。 唇を少しだけ上げて目を細める、フレンの知るユーリの笑顔だ。 もともと顔が整っているタイプであるため、黙っていると冷たい印象を持たれがちの親友。この綺麗な顔があんなにもいやらしく歪むだなんて知らなかった。彼はその顔をフレンにはずっと隠してきたのだ。 ユーリ、と名を呼び、唇を噛んだ。 何でもないような顔をして、彼は嘘をつく。ひとに心配をかけまいとする、優しい嘘だ。その嘘に敢えて騙されてきたこともあるし、聞く耳を持たなかったこともある。ユーリだって分かっているはずなのだ、その嘘がフレンには通じないということが。 「……そんなに動きたいなら、また僕の相手でもしてよ」 目を細め、低い声でそう言って、親友の身体をベッドへと突き飛ばす。バランスを崩した隙をついて抱き込むように押し倒した。びくり、と大きく身体を跳ね上げ、ユーリはこわばった表情でフレンを見上げてくる。 そんな友人をを見下ろし、「嫌でしょ?」とフレンはできるだけ穏やかな声に聞こえるように笑って言った。 あんなところに、あんなものをつっこまれて揺さぶられて、つらくなかったはずがない、苦しくなかったはずがない。きっともう二度と経験したくない思いのはずなのだ。 「無理矢理されたくなかったら、お願いだから体調が戻るまではおとなしくしてて」 若くて体力のあるユーリのことだ。きっとあと二、三日も休めば万全な状態に戻るだろう。そういった相手を探すことも、できれば酒を飲むことも、それまでは我慢してもらいたい。とても自分勝手な要求だと分かってはいるけれど、それだけユーリのことを心配しているのだと理解してほしい。 細い身体を押さえつけたままそう口にするフレンを見上げ、見開いた目をゆっくりと細めたユーリは、くつり、とのどを震わせて笑った。にんまりと歪む唇、乾いたそれを潤すためにぺろり、とのぞく舌。 誰が嫌だなんて言ったよ、と紡がれる言葉はどこか掠れており、ぞくん、と背筋に痺れが走った。今度は逆にフレンのほうが驚きに目を見開いてユーリを見下ろす。息を呑み、こわばった身体に向かって伸びてくる腕。首筋をからめ取られ、上体を下げるよう求められる。ぶっちゃけさぁ、とフレンの耳元でユーリは低く囁くのだ。 「お前のアレが忘れられなくてさ」 身体が疼いてしかたねぇんだ。 まだだるさが残っているにも関わらず出歩いていたのはそのせいなのだ、とユーリは言う。 「だからさ、くれよ、これ」 そう続けながら片膝を立て、煽るようにフレンの股間を押し上げた。予想していなかった言動に不意をつかれ、唇を噛んできつく親友を睨む。怒りのこもった視線を浴びながら、しかしユーリはどこか心地よさそうに笑っていた。 「なあ、フレン。お前も良かっただろ? お前がちゃんとセックスできる本命を作るまででいいからさ」 オレとセックスしようぜ、と笑って誘う長年の親友。 彼はよく、嘘をつく。 こうして口に出される言葉のどこまでが本気なのか、その挑発的な笑顔の裏側にどんな本音をしまいこんでいるのか。 一度目に誘われた時も少しばかり違和感はあったのだ。ただの親切心で、親友を思いやる心だけで身体に負担のかかる行為を自ら望むだろうか、と。慣れているから、と自分を蔑むような言い方をして、半ば無理やりに事を進めてまでこんなことをするだろうか。 もしかしたら、もっと別の理由を彼は隠しているのかもしれない。 二度目の誘いを耳にし、漠然とした予感が確信に変わる。 それを暴いてもらいたい、とユーリが望んでいるのかどうかは分からない。 分からないけれど、暴けるとしたら自分以外にはいないだろう。 酒の力があったとはいえ、フレンがひた隠しにしてきたことを無理矢理引っ張り出したユーリのように。 彼が隠しているだろう内緒の気持ちを引きずり出すのは、きっとフレンの役目なのだ。 ブラウザバックでお戻りください。 2015.01.15
すみません、くっつくまでは至りませんでした。 |