「やっべー、オレってもしかして天才かも」 太陽の光など届くはずもない地下の研究室。人工的な光が満ちて明るいが、室内を埋める灰色の機器のせいで無機質でもの寂しい。ものも言わず、体温も持たない機械に囲まれたその中央で、緑色の髪の毛を揺らした少年が、一人そう声を上げた。 ひょろりと細い肢体に不健康な青白い肌、人懐っこそうな笑みを浮かべ軽い口調ではあるがどこか空々しい。もちろん少年とてこの地下に自分しかいないことを把握しており、返ってくる言葉がないことも承知している。それでも思わず呟いてしまうのは、認めたくないがやはり寂しいから、だろう。 「起動にかなり電気食うけど、発電機一個増やしたし、行けるだろ、うん」 一回起こしちゃえば後は省エネモードもあるし、と腕を組んでこくこくと頷く。繰り返すがラボには少年一人しかおらず、答えてくれるものはいない。しかしそれもこの起動実験が成功するまでの話。これさえ成功すれば、独り言が独り言ではなくなるはず、なのだ。 「つーことで、スイッチオーン!」 ほしいもの、なりたいもの 「あぁ、もうっ! レッシン、いいからこっち来いって!」 「やだよ、どうせメンテだろ? 大丈夫だって、異常なし!」 「お前が決めんな。オレが異常のあるなしを決めんだよ、バカ」 「バカ言うな、バカ」 「お前ッ! 生みの親にバカっつーか? つか、オレがバカだったらお前出来てねぇっつの!」 「ああ、それもそうだな。いやぁ、リウは天才だなぁ、天才過ぎて涙でてくら」 「心底ムカつくやつだな、お前」 以前と変わらぬ、機械に囲まれた無機質な部屋、のはずなのだが、彼が出来上がる前とは打って変わって賑やかで温かな空間になっているよう感じられる。言葉と言葉の行き交う会話というものを、リウは本当に久しぶりに経験していた。たとえそれが自分の意にそぐわないものであったとしても、思考を持つ相手に怒りを覚えることがまた楽しくて仕方がない。 「いいから、ほら。お前まだ試作段階なんだから、毎日のメンテは必要なの」 ここ座れ、と促せば相手はしぶしぶといった顔でようやく椅子に腰かけた。薄い灰色の髪と同じ色の強い光を湛えた瞳。リウとは違い健康的な肌の色をしている彼は、ちょうど同じ年くらいの少年。軽く頬を膨らませ、唇を尖らせる彼の首筋にするりと手を滑らせ、リウは部屋の壁際に設置されている機器から伸びた二本のコードをそのままぶすり、と埋め込んだ。 「ん、電圧、回路、体内温度すべて正常。気になるとこもねーよな?」 「だから異常ねぇっつってんじゃん」 「はいはい分かった分かった、ほらもう終わったから」 いいぞ、とコードを引きぬけば、弾かれたように立ち上がる。 この少年は、先日リウが作り上げたヒューマンフォーム・ロボット、いわゆるアンドロイドである。二足歩行の出来るロボットに四苦八苦していた時代もあったというが、既に世の中に蔓延する技術であり、どこまで人間により近いものを作ることができるか、ロボット製作会社が競っているような時代。 もちろん一介の一般人がおいそれと作れるようなものではないのだが、幸か不幸か、リウは一介の一般人とは到底言えない人物であった。 彼の周りに残された研究機械、研究室もまたそうだが、それ以上に最大の強みは類まれなるその頭脳。リウが暮らす研究室は二世代ほど昔のものだったが、設置されている機械にはすべてリウの手が入っている。見た目は古くとも中身は最新版、より正確にいうならば、世間に広まっている最新のものよりも更に一歩、二歩ほど前へ進んだ技術が詰め込まれている。それらを独自に詰め込んでしまえるほどリウの能力は特化していた。 それが故に研究室に一人こもり、他人との接触を最低限にまで排除した生活を送っている。まだ十代半ばのものが持つには行き過ぎた厭世感ではあるが、多くの人の目にさらされ、頭脳を寄こせ、役に立てと迫られる昔を思えば、機械に囲まれた今の方が何倍も幸せだった。 「リウー、腹減ったー」 「またぁ? さっき昼飯食っただろ」 「じゃあ小腹がすいた」 「同じ意味だ、バカ」 呆れて返しながら、「やっぱり燃費悪ぃなぁ」と眉を顰める。電力の代わりに人間と同じように食物からエネルギィを補充できるシステムを積んである。どこまで人間に近いものを作ることができるのか、突き詰めた結果だ。そのためこのアンドロイドの少年、レッシンはリウと同じように食事をした。 「あれ食いたい、あれ、あの輪っかのやつ」 「ああ、ドーナツ?」 「そう、あのかたいの!」 「……かたいの、ってね。本来のドーナツはかたくねーからな? あれは作るの失敗して、かたくなっちゃっただけで」 「でも美味かった、あれが食いたい」 「いいけど、時間かかるよ?」 一人でいるときは食事に時間をかけることはなく、また間食用に何かを作ることもなかった。栄養を摂取でき、脳を回転させるエネルギィさえ取れればどうでもよかったはずのその行為が、レッシン一人いるせいで、まったく違うものへと変化している。 「オレ、お前といると太りそう」 「リウは少しくらい太ってもいいんじゃねぇの?」 さすがに赤ん坊のようにまっさらな状態から教育するだけの自信はなく、一般的に使われている常識ソフトを改変してインプットしてある。起きた当初から会話をするだけの知能はあるが、彼に与えたものは本当に一般常識だけで、たとえば料理の仕方だとか、そういった技術面は何も入れていない。性能に関してはそれらが出来るように作ってあるため、いつか覚えればレッシンが自らドーナツを作るということも可能だろう。 ただし、彼本人に作る意思があれば、の話だ。 「ちょっとは覚えて自分でやってみよー、とかはないわけ?」 「なんで? だってリウが作れるじゃん」 リウが作れるのだから、自分は覚える必要がない、と。 「じゃあレッシンは何をするの」 「オレは食う専門」 任せろ、と胸を叩いて言うものだから、思わず吹き出してしまった。 「なんだよ、それ! お前、自己中すぎんだろ」 あはは、と笑いながら言えば、別にいいだろ、とレッシンは唇を尖らせる。 「やりたいとは思わねぇんだから仕方ねぇじゃん」 「へぇ、食いたいとは思うけど、料理はしたくないんだ?」 リウの問いにこくりとレッシンは頷いた。これはまた面白い成長の仕方をしているものだ、とリウはまじまじとレッシンを見る。その視線をどうとらえたのか、「なんだよ」と不服そうにこちらを睨みつけてきた。 「料理させたいなら、始めっからそういう風に作れば良かっただろ」 こういう性格にしたのはリウだ、とレッシンは言っている。確かにリウの好きなように性格を設定することは可能だった。しかし、そこに関しては敢えてブランクのまま、レッシンを起動させている。リウと触れ合う中で、会話をする中で、生活をする中で、レッシンの性格がどのようになっていくのか、リウが開発したAIがどう成長していくのかを見てみたかったのだ。 「だってそうだろ、もっとおとなしくて、リウの言うこと全部聞くような設定にしときゃ、毎日毎日メンテさせろ、やだ、ってケンカもしなくなるじゃん」 ラボの隣にあるキッチンへ二人で移動し、調理器具や材料やらを取り出しながら「ドーナツ作れ、お前も手伝え、ってやりとりもな」と笑って返す。小麦粉小麦粉、と戸棚を漁っているレッシンの背中へ軽く視線を送り、「でも」とリウは小さく呟いた。 「オレは別に手伝い用のロボットが欲しかったわけじゃねーから」 どこまで人間に近いものを作ることができるのか。研究者として興味がなかったわけではない、自分の技術を試してみたいという思いはもちろんあった。しかしそれならばレッシンの言うとおり、もっと細かな性格を設定し、自分の都合にいいように作っているだろう。 それをしなかった理由はただ一つ。 じゃあ何が欲しかったんだよ、と小麦粉の袋を抱えたレッシンに尋ねられ、視線をそらし、冷蔵庫を開けながら一言、「友達」とリウは返した。 人よりも回転の速い頭脳のせいで、幼いころから同年代の友人は一人もいなかった。リウが得たものは温かな友情ではなく、やっかみやねたみの視線、あるいは利用価値を探る大人たちの手。 それらが嫌になって地下へひきこもったが、誰とも接触しなくなったが故、逆に強く思う様になったのだ、寂しい、と。 くだらないことで言い合ってケンカをして。一緒に食事を作って、それを食べて。ただ普通に話をして、笑い合えるような、そんな相手が、欲しかっただけなのだ。 「ま、それを作っちまえ、って思うあたりが人間として駄目なのかもしんねーけどさ」 白い卵を手に取り、振り返って苦笑を浮かべる。本来ならば作るものではなく自然にできるものなのだ、それが出来なかったのは周囲の者のせいだけではない、リウ自身にもまた欠陥があったからだろう、と思う。 言葉の意味が上手く捕えられなかったのか、リウ以外の人間との接触がないため人間関係というもの自体がよく分かっていないのか、「そんなもんか?」とレッシンは複雑そうな顔をして首を傾げた。 もちろん、製作者と被製作物の関係は決して崩れることはないだろう。それは分かっているし、むしろだからこその虚しさもある。それらすべてを事前に予測した上で、それでもどうしても作りたかった。作ってみたかった。 「そんなもんだけど、レッシンには関係のない話。お前は気にする必要はねーよ」 この話はここでおしまい、とばかりに、小さな皿の上にころん、と手にしていた卵を転がして置いた。 かしゃかしゃと泡だて器がタネを混ぜる音に、時折挟まるレッシンの質問、答えるリウの声。逆にリウがレッシンにどう思うか尋ね、それに唸りながら考えて返ってきた答えになるほど、と感心したように頷く。 心穏やかに過ごせる、こんな時間がただ欲しかった。研究の成果だとか、技術の応用だとかもはやどうでもよくて、ただ静かに笑いあいたかった、それだけだった。 「ほい、タネ完成。油使うからちょっと離れてろよ」 高温に温めた油を前にリウが言えば、レッシンは素直に従って一歩引き、テーブルの側にあった椅子に腰かける。こういう場面でレッシンがリウに逆らうことはなく、いい子に育ってるなぁ、とほくほくとした気分で菜箸でドーナツのタネを摘まみ、そろりと油へ沈めてはこんがりときつね色になるまで火を通す。 揚げたてのドーナツと、絞ったばかりのオレンジジュース。出来上がった時間はちょうど三時、おやつの時間でタイミングばっちりだ、とレッシンは嬉しそうだ。 こうして笑っている顔を見るだけでも彼を作ったかいがあった、とそんなことを思いながら、リウもまた、小腹を満たすためドーナツに齧りついたところで、「そういえばさっきの話だけどさ」とレッシンが突然リウを見て言った。 「さっきのって?」 「ほら、友達がどうのってやつ」 一度終わらせた話題を返され、リウはレッシンから視線を反らせて「いいよ、それは忘れて」と言う。彼相手に見栄を張る必要はまったくないが、さすがに気恥ずかしくなってきた。 しかし、そんなリウの気持ちなど一切お構いなしにレッシンは言葉を続ける。 「オレ、リウの友達とかより、どうせならあれになりたい、あれ」 まだ自分の考えを上手く言葉と繋げることができない彼は、指示語を使うことが多い。むしろ指示語を使うことができるほど人間に近いのだ、と考えることもでき、じっくりとレッシンが言葉を探すのを待っていれば、「あれだよ、ほら、」とようやく思い出したらしい。 「コイビト」 紡がれた言葉を耳にすると同時にぶはっ、と口の中のドーナツを吹き出したリウを責める人間はいないだろう。 「うわっ、何だよ、びっくりさせんなっ」 「そりゃこっちの言葉だ! なんでイキナリ恋人っ!?」 テーブルに突っ伏してげほごほと咽ているリウを眺めながら、「だってさ」と元凶は呑気にドーナツを齧りながら言う。 「恋人だったら結婚して家族になって、ずっと一緒にいられるだろ?」 オレはそっちのほうがいいな、と良い笑顔で続けられた言葉に赤面しながら、とりあえず中途半端な一般常識を真っ当に教え直すことから始めよう、とリウは思った。 ブラウザバックでお戻りください。 2010.09.04
「男同士は結婚できないし、そもそもお前ロボットだろ」 「そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろ?」 ていうか、このリク、一覧表から抜けてたみたいです。 アップするときに気付いた。びっくりした。 リクエスト下さった方はもっとびっくりしてるかもしれない。申し訳ない。 リクエスト、ありがとうございました! |