不変の真理


「……やっぱり辞める、んだね」

 少ない己の荷物を纏めていたユーリの背中に、静かな声が掛けられた。この部屋でそんなにも穏やかなフレンの声を聞いたのは初めてかもしれない。

「ああ」

 ここに赴任してきてほんのわずかしかたっていない。しかしその間に経験したことは、かなりの大きさ、重さとなってユーリの中に居座っている。
 理想はある、夢もある、けれど自分が本当に求めているものは、きっと騎士団の中にいては手に入らない。
 だから辞める。
 辞めて、もう一度己が行く道を、行きたい道を見つめ直す。
 その決意は固く、誰に止められても翻らないだろう。
 フレンもまたそれが分かっているらしく、「そうか」と一言だけ。
 できるなら、この男とももっと話をしてみたかった。お互いどうしても喧嘩腰になってしまっていたが、本心から彼を嫌っているわけではない。むしろきっと好きなほうだと思う。
 心根が真っ直ぐで純粋で、それでいて我慢づいよい。彼はきっと良い騎士になるだろう。自分が目指せなかった想いを押し付ける気はないが、彼の心が折れないことを祈るばかりだ。
 その手助けが自分にできるだろうか、ふとそう思ったところで、窓の外からどさり、と物音がした。夜も大分更け、そろそろ一般的な時間感覚を持っているものなら眠りにつこうという時間帯。一体何が起きているのか、軽くフレンと視線を合わせた後警戒しながら窓へ近寄った。
 ガチャリ、とそれを開いて目を凝らせば、暗闇の中もぞもぞと動く人の気配。

「誰だ」

 声を抑えて問えば、「んぁ? そっちこそ誰だ……つか、ここどこだ」と返ってきた。ふざけているのだろうか、眉を顰めてそちらを睨んだところで、ようやくその男の顔が判別できた。

「ッ!?」
「うぉっ!」

 ユーリも驚いたが、その男も驚いて声を上げる。黒髪をかきあげながら近づいてきた後、「フレン、見てみろよ」と男は背後へ向かって声を掛けた。

「オレがもう一人、いんぞ」

 現れた黒衣黒髪の男は、ユーリと瓜二つの顔。違う点を上げるとすれば、ユーリが騎士団服を着ているのに対し、男は私服(それもユーリが普段着ているものと同じデザインのもの)を着ているということ。

「お、中にお前もいんぞ」

 窓まで近寄ってきた男は、呆然とこちらを見やっているフレンに気付きそう声を上げた。

「…………何が、起こって……」

 ぽつり、呟いたユーリの言葉に、「僕たちも混乱してるから安心して」とまったく安心できないような言葉が返ってきた。フレンが口にしたのかと思い振り返るが、彼はふるふると首を横に振る。では誰が、と視線を正面に向ければ、そこに現れたのは白と青を基調にした騎士団服を纏う金髪碧眼の男。

「フレン……」

 思わず名を呟けば、「うん、僕もフレンだよ」と男はにっこりと笑って言った。

「もうさ、とりあえずエアルとリタのせいにしとけばいいんじゃね?」
「否定はしないけど、リタも悪気があるわけじゃないと思うよ」

 そのまま外にいては怪しまれるから、と無理やり室内に入り込んできた二人。始めは固辞しようとしていたユーリだが、「オレのくせに固いこと言うなよ」と押し切られてしまう。図太すぎるだろ、と突っ込みを入れたところで、その言葉がそのまま自分に返ってきそうだった。
 とりあえず互いが同じ名前であることを確認したのち、四人で顔を合わせて現状の把握に努める。

「名前が同じってのは分かったけど、お前、ちょっと若くね?」

 突然現れた『ユーリ』はじ、とフレンの方を見やって言った後、指を伸ばしてその頬に触れてくる。「十七、だけど」とたじろぎながらフレンが返せば、肌をつるりと撫でられ「やっぱりな」と頷かれた。

「ユーリ、僕が怯えてるから、苛めるのは止めて上げて」
「そう言うならお前もそっちのオレを解放してやれよ、可哀そうに、固まってんじゃねぇか」

 『ユーリ』の言葉に「でもだって」と『フレン』は言う。

「若いユーリが可愛くて」

 にこにこと、人畜無害そうな顔をしながら、ユーリを拘束する両腕の力は馬鹿みたいに強い。簡単に逃れられそうもないことを察し、また男に抱きつかれているというのに意外に嫌悪を抱かないためユーリは仕方なく『フレン』の腕の中におさまっていた。
 そんな『フレン』の言葉に『ユーリ』は「おう、今のオレが可愛くねぇってことか」と片眉を上げる。

「まさか、ユーリはいつでも可愛いよ」

 『フレン』の言葉に「ならよし」と『ユーリ』は満足げに頷いた。

(いいんだ)
(いいのかよ)

 どうやら自分たちより年上であるらしい男たちの会話に、遊ばれている感のある二人は同時に思ったが懸命にも口には出さない。とりあえずまともに話が出来ないから、とようやくそれぞれ意地の悪い大人たちから解放され、若者二人は部屋の隅へ逃げて距離を取った。

「なんだよ、んな逃げなくてもいいじゃん」

 つまんねぇ、と唇を尖らせる『ユーリ』の隣で、『フレン』はこの世界のユーリとフレンを見た後くるり、と室内を見回した。

「過去というより別次元、だよね」

 十七歳だという二人は、自分たちが十七の頃とは少し異なっているようで、そもそもこのような場所で任務に就いた覚えはない。微妙に異なる境遇に興味を抱き、簡単に確認してみたところ、主にフレンの方が『フレン』とは違う過去らしいということに気がついた。その上、こちらでのユーリとフレンはそんなに仲も良くないとか。

「だって、こいつすっげぇ怒るんだって。小さいことでぐちぐちさぁ」

 うんざりしたようにユーリが肩を竦めて言い、それにカチンときたらしいフレンが眉を吊り上げて「君がそんなだから!」と声を荒げる。

「大体ね、この部屋は二人で共同で使う場所で、君だけの部屋じゃないんだ。相部屋ならそれなりの礼儀や気遣いが必要なのは当然だろう?」
「だから風呂上りだって全裸じゃねぇし、ベッドの上で甘いもんも食ってねぇだろ?」
「君の気遣いや礼儀はそのレベルか!?」
「ああもう、うっせぇなぁ! いいだろ、どうせ明日にゃオレは出てくんだからっ!」

 ユーリの怒鳴り声に、二人ともがはっ、とした表情になり、同時に口を噤んだ。若者たちの口げんかを微笑ましく見守っていた異世界の二人は、顔を見合わせて肩を竦める。

「だと思ってた。ユーリにしてはやけに荷物が片付いているから」

 『フレン』が静かにそう口にし、「まあどこの世界のオレだろうと、騎士団は向かねぇってことだな」と『ユーリ』も苦笑を浮かべた。彼らの言葉から、突然現れた年上の『ユーリ』もまた騎士団を辞めた過去があるのだ、と窺い知れる。
 室内に流れる微妙な空気、気まずさの一歩手前のようなそれを破ったのは、『ユーリ』だった。「あれ?」と首を傾げた彼は、「お前らさ」と若い二人へ視線を向ける。

「ガキん頃一緒にいて、別れて、騎士団に入って再会した、とか言ってたよな」
「そう、だけど」

 それが何か、と『ユーリ』と同じようにユーリもまた首を傾げて答えた。同じ人物なのだから当たり前なのだが、そのきょとんとしたような顔がそっくりで、傍で見ていた『フレン』は懸命に吹き出しそうになるのを堪えている。

「で、こっち来てからもそんなに仲良くはねぇ、と。ってことさは、」
 お前ら、もしかしてまだヤってねぇの?

 あっさりと、尋ねるのが当たり前のことであるかのように口にされた言葉に、今度こそ『フレン』はぶはっ、と吹き出した。若い二人は『ユーリ』の言葉の意味が取れなかったらしく、何を、と首を傾げていたが、「何って、そりゃこれに決まってんじゃん」と『ユーリ』は握った拳を掲げて見せる。人差し指と中指の間に親指を突き入れたその握りこぶしが何を暗喩しているのか。

「なっ!?」

 顔を赤らめて目を見開いたフレンは理解しているようだったが、相変わらずユーリの方は「なんだ、それ?」と首を傾げていた。

「……ねぇ、ユーリ、この子、本当にユーリ? 反応が可愛すぎるんだけど」
「いや、オレもびっくりしてる。つか、むしろお前がいなけりゃオレはこんな風に育ってたってことだな」
「諸悪の根源は僕、みたいな言い方しないでくれないかな」

 む、と眉を顰めて唇を尖らせる『フレン』だったが、そう言うのなら、若いユーリを離してやってほしい、と『ユーリ』は思う。確かに自分とは思えぬほど初な反応ではあるが、だからこそ男に抱き締められて話されない状態は理解できないはずだ。
 未だ赤い顔のまま「なっ、な、なに、を……っ!」と言葉を詰まらせているフレンと、さっぱり分かっていないユーリを見やり、「しょうがねぇなぁ」と『ユーリ』はがさごそと自分の服のポケットを漁る。

「前途有望な若者たちのために、ここはおにーさんが一肌脱いでやろう」
「ユーリはそれ以上脱いだらだめ」
「そういう意味じゃねぇ」

 至極真面目な顔をして口を開く『フレン』へ、どうでも良さそうにツッコミを返した後、『ユーリ』はフレンを呼び寄せてその手に何かを握らせた。手のひらサイズのそれは、中に透明の液体が入っているらしいボトル。

「無理やり突っ込むなよ、これ使ってよく解してからにしろ」

 じゃないと辛いのはこっちのオレだからな、とそう言われてもフレンに言葉は返せない。別の世界の自分たちがそういう関係なのだろう、ということは何んとなく察した、それと知っても嫌な気にはならない自分に驚いてもいる。
 しかし、だからといって自分たちまでもそういう関係になるとは思えない。
 動揺したままたどたどしくそう口にすれば、『フレン』と『ユーリ』は顔を見合わせた。

「なるよ、普通に考えて」
「なるだろ、ふつーに考えたら」

 どうやら彼らにとってはごく当たり前の、普遍的で不変的な真理らしい。

「それじゃあ僕からはこれをあげるね」

 そう言って『フレン』が取りだしたものは、びろろろろ、と連なるコンドームの数々。さすがにそれが何かは知っているようで、ここで初めてユーリの顔色が変わった。

「始めはやっぱり受け入れる側に負担が掛かるから、中出しは慣れてきた頃からの方がいいよ」

 にっこりと、爽やかな笑みで口にする言葉とは思えない。脳が理解することを拒否しているかのように、両手にコンドームの山を持ったままユーリは唖然と『フレン』を見つめるしかできなかった。

「じゃあ邪魔なオレらはさっさと退散することにしようぜ」
「そうだね、初めての夜なんだから、ゆっくり時間を掛けたいだろうし」

 もうすでに二人の中ではこれからフレンとユーリがセックスをするのだ、ということが事実として固まっているらしい。

「明日にはオレはもうここを出るんだろ? しばらく会えないんだ、男を見せとけよ」

 そう言って笑った『ユーリ』はフレンの頬へ唇を寄せ、「僕を忘れないように、しっかり覚えさせてもらってね」と『フレン』はユーリの頬へキスを落とした。
 そうして、来た時と同じように窓から颯爽と飛び出ていった四歳年上の自分たち。本当に同じ人物なのか、未だに疑問は消えず、そもそも彼らはどこからどうやって現れたのか、どうやって帰るつもりなのか、気になる点は多くあるが。

(何でこんなもの、持ち歩いてるんだろ……)
(つかこれ、一回で使うには多すぎじゃね?)

 手渡されたというより、押し付けられた手の中のいかがわしいものへ目を落とし、顔を見合わせた二人は同時に口を開いた。

「どうしようか、これ」
「どうするよ、これ」




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2010.10.23
















【お前に言われる】余計なお世話だと思ったこと【筋はねぇ】

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