複数選択可能


 むしろ今までパーティメンバに気付かれずにいたことの方が奇跡に近い。

 今日も今日とて求めた一夜の宿、経済事情と厳選なるくじ引きの結果、エイトとククールが同室となるのもまたよくあること。酒場へ顔を出して一、二杯あけ、バーテンと会話を交わし、好みの女性がいなかったためそのまま引き挙げてきた。たまにはこういう日もある、つまりは天におわす神が今日はゆっくりと休め、と言っているのだろう。
 そんなくだらない啓示を下すなど神にとっても不名誉極まりないことを考えながら、ククールはあてがわれていた宿の部屋に戻る。エイトの姿はなく、敬愛してやまない主君のもとにでも出かけているのだろう、そう思って何も考えずガチャリ、とバスルームの扉を開けた。

「わ」
「……あ、」

 どうやらシャワーを浴びた直後だったらしい。
 タオルを首からかけただけで一糸まとわぬ姿だったエイトが、着替えに手を伸ばしていたところだった。互いに視線を合わせたまま言葉を失っていたが、「きゃーえっちー」というエイトの棒読みな台詞にようやくククールは我に返る。

「ああ、悪ぃ」

 謝って扉を閉め、部屋へと戻る。手を洗いたかったのだが、どうせならエイトと交代でシャワーを浴びてしまってもいいかもしれない。

「つか、鍵ぐらいかけとけって」

 ぶつぶつと呟きながら着替えを漁る。そういえば、エイトの裸は初めて見たかもしれない。いや、それも当然だろう。共に旅しているとはいえ、入浴は宿で別々に済ませるため、肌を見る機会などまったくない。

(意外に丸い体してたなぁ……)

 普段大きめのチュニックを纏っているため、エイトの体のラインは非常に分かりにくい。元兵士であり、あれだけの怪力を誇るのだからもっと筋肉質かと思っていたが、初めて目にしたそれは思ったより白く、柔らかそうだった。

(なんつーか、腰も微妙にくびれてた? 足も、細いけど筋張ってなかったし、肩とか丸かったし、胸とか腹も……)

 そこまで考えて。

「…………あれ?」

 もう一度、先ほど見たエイトの身体を頭の中で思い起こし、首を傾げて三秒ほどまた考える。振り返れば丁度エイトがバスルームから出てきたところで、簡単な部屋着を纏った姿を頭の上からつま先までじっくりと見て、ようやく思い至った。

「って、お前、女かよっ!」
「反応が遅ぇっ!!」

 驚いて叫べば、エイトがそう怒鳴って手にしていたタオルをククールへ投げつけてくる。

「普通は気付くだろうが、一目見てっ! なんでスルーなの! むしろ俺んがびっくりだったわっ!」

 ものすごい剣幕でそう捲し立てられるも、いまだにククールの頭は現状についていけていない。呆然としたまま投げつけられたタオルを拾い、とさり、とベッドへと腰を下ろした。その様子がどうやら気に入らなかったらしい、エイトはだんだんだん、と足踏みをして更に声を荒げる。

「なんでそんな落ち着いてんの、お前っ! やっべーバレちゃった、エイトくん、一世一代の大ぴーんち! きゃはっ、どうしよう! とか思ってる俺が馬鹿みてぇじゃんよっ!」
「いや、みたいじゃなくて馬鹿そのものだとは思うが。つか、お前案外余裕だな」
「テンパってんだよ、これでもっ!」

 察して! と怒られ、彼、ではなく彼女の顔を見やれば、確かに興奮に頬を赤く上気させ、大きな目は動揺のせいかうっすらと涙ぐんでさえ見える。
 とりあえず、何を欠くにしてもまず第一に努めなければならないことは、状況の把握。

 一つ、今までずっと男だと思っていたリーダは実は女だった。
 一つ、バレて動揺するくらいには知られたくないことだったらしい。

 確かに、男にしては線が細く兵士にしては華奢だとは思っていた。ククール自身他人のことはあまり言えないが、幸いにも平均より高い背に恵まれたため女性と間違われることはない。しかしエイトは、その小柄な体格と幼い顔立ちにより、時たま女性として声を掛けられていたようだが、実は合っていた、ということだ。

「…………で、オレはこれを言いふらしていいわけ?」
「いいわけあるかぁっ!」

 ククールの言葉に、奪い返したタオルでべしん、と銀の頭を殴る。
 怒鳴りすぎてぜぇぜぇと肩で息をするエイトへとりあえず落ち着くよう促し、いいから座れ、と己の隣をぽんぽんと叩いた。

「知っちゃったからにはもうどうしようも出来ねぇだろ。まずは隠してた理由を吐け」

 見てしまったものを見なかったことにはできず、気づいてしまったことを気付かなかったことにはできない。そうなると気になるのは、どうして今までそのことを黙っていたのか、という理由。

「女だと兵士になれなかったから」

 女性で剣を振るものがいないわけではないが、男に比べれば圧倒的に数が少ない。城の兵士となるとやはり男性限定で受け入れる国が大多数、トロデーンもまたそうであったのだろう。

「陛下と姫殿下に恩返ししなきゃいけなかったし、でも俺なんも持ってねぇし。そもそも一国の王と姫に金や物を渡しても仕方ねぇし、だとしたらあとは体使ってお守りするくらいしか思いつかなかった」

 恩返しをしなければいけない、という言葉の使い方自体が間違っている気もするが、その点をエイトに突っ込んだところであまり意味はないだろう。とにかく彼女がそう思い、そうするべきだと行動した結果なのだということは分かった。つまりは、トロデーンにいたころから性別を隠して来ていたということらしい。

「もちろん陛下と姫殿下はご存じでいらっしゃる。昔は俺を世話してくれてたばーちゃんも知ってたけど、今はいない」

 エイト自身を除けばこの世で三人しか知らない事実、らしい。

「必要ねぇんだ、俺が女だっつー事実は」
「じゃあこれからも隠して生きるのか、お前」

 ククールの問いにエイトは当然、と頷いた。

「……それって結構、キツくね?」

 性別を隠すということは、当然行動に様々な制限が出てくる。やりたくてもできないこと、望めなことも多いだろう。誰かと親しく付き合うなどもってのほかで、死ぬまで孤独を貫き通す、と宣言しているようなものだ。
 そんなククールの言葉に、「いいんだよ、それで」とエイトは笑った。おそらくそれらすべて覚悟の上での選択なのだろう。

「でもだって、やっぱ男と女じゃいろいろ違うだろ。体つきだってそうだし……」

 いくら隠そうとしてもそのうちバレてしまうのではないか。エイトの場合、男にも引けを取らない腕力はあるが、やはり見た目はどうしても中性的に見えてしまうのだから。
 そこまで言って隣に座るリーダへ視線を向けた。先ほど見た裸体の彼女を思い出し、胸のあたりで目を止め、「お前、年、いくつだっけ」と尋ねる。

「……たぶん、十七とか、八とか、それくらい」

 そういえば彼女は記憶と過去がないのだ。正確な年齢は分からないのだろう。推測で口にされてそのことを思い出したが、それよりもまず気になること。

「十八でそれか……これから先成長しそうもねぇな」

 思わず呟けば、「余計な世話だ、馬鹿野郎」と拳が飛んできた。ククールが何を危惧し嘆いているのか、エイトもまた視線から正確に読み取ったようだ。殴られた腹を庇いながら、「だってお前それ!」とククールは口を開く。

「いくらなんでも寂しすぎるだろう!」
「うるせぇ、ほっとけっ! こんくらいでちょうどいいんだ、俺はっ!」

 隠しやすいし、と言いながら両腕をクロスさせてエイトが庇ったものは、己の胸、だった。真っ平らなわけではなかったが、平均よりはどう考えても小さなそれ。確かに性別を隠したい、という彼女の希望からすれば、慎ましやかなサイズだと都合はいいだろう。
 しかしとはいえ、女だと分かった相手の、寂しすぎる両胸を目にしてしまった男としては。

「…………揉めばでかくなるらしいぞ」

 にやりと笑ってそう提案せざるを得ない。

「はっ? お前人の話聞いてた? 俺はこれくらいでいいって……ッ!」

 隣に座る小柄な体を押し倒し、閉じ込めるように両手をついて見下ろす。驚いて目を見開いたエイトは、しかしすぐに眉を寄せ、「女と分かった途端これかよ」と吐き捨てた。確かに、彼女がそう言いたくなるのも分かるが、くつくつと笑いながら、「遠慮しなくて良くなったからな」と口にする。どういう意味だ、と眉を顰められ、「さすがに男に迫るにはオレも二の足を踏んでたってこと」と返した。その言葉を彼女が理解する前に上体を屈め、左の頬へキスを一つ。

「言いふらされたくなかったら大人しく抱かれとけ、っていうのと、これから先お前が望む限り性別を隠す手伝いをしてやるから大人しくオレのものになっとけ、ってのと、ゼシカ並みとはいかずとも平均サイズには育ててやるから大人しくヤらせろ、っての。どれがいい?」

 結局求めることは同じである。にっこり笑って見下ろせば、見上げてくる呆れたような視線とぶつかった。
 もちろんククールとしても無理強いをするつもりはないし、本当に彼女が嫌がるならば冗談として引く心づもりはある。しかし、普段あれだけの怪力を誇る彼女が腕力に訴えることもせず、こうして大人しく組み敷かれ、「どれも却下だ、バカリスマ」と唇を尖らせるのだから、これは都合よく解釈してもいいはずだ。
 それこそ却下だな、と今度は唇へキスを落とせば、頬を赤らめて睨みあげてきたエイトは、すぐに大きくため息をつく。彼女自身、本気で嫌がっていない自分にきっと気付いているのだろう。

「じゃあ、全部」

 諦めたようにそんな言葉を紡ぐ唇へ、「よくできました」ともう一度柔らかなキスを落としておいた。




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2010.09.01
















隠していた性別がバレるエイトさん。
勢いのあるものが書きたくなった結果。

リクエスト、ありがとうございました!