原因と帰結 「圭一、帰るよ」 「おー。あ、じゃあな、また明日!」 ひょこりと教室の入り口から覗きこんできた悟史の言葉に、机の上に放置していたカバンを手にとって立ち上がる。特に用もなく残っていたらしいクラスメイトへ片手をあげて挨拶すると、圭一はぱたぱたと悟史の方へと走り寄った。 「あいつら、仲良いよな。毎日一緒に帰ってね?」 圭一を見送ったクラスメイトの一人が、しみじみとそう口にする。「そりゃあれだ、二人とも雛見沢から来てるからだろ」という答えが返ってきたが、そうなのかなぁ、と彼はどこか納得していないようだった。 雛見沢という集落は、山間の小さな村だ。もともと子供の数自体が少なく、そこから通ってくるものがほとんどいないのは事実。帰り道も同じとなれば共に帰宅するのもおかしなことではない。 「でもだからって、あいつらほんと、まいっっにちだぞ」 彼が記憶する限り、二人が並んで登下校をしていない状況を見たことがないのだ。そうだっけ、と首を傾げる友人たちへ、彼はそうなんだよ、と力説していた。 前原圭一という少年は、明るく賑やかで活発な少年だった。若干軽い雰囲気のある男で萌えがどうのだとか、ニーソがどうのだとかを口走ることもあるが、その割に頭の出来は良く常に学年トップを取っているようだ。クラスの中で浮いているわけでもなく、昼食を共にしたりする仲の良い友人もいる。しかし。 「前原ぁ、これからちょっとたこやき食いに行こうってなってるけど、お前も来ねぇ?」 放課後の寄り道の誘いを、「あー、俺はいいよ」と彼は必ず断った。 「んだよ、お前、こないだもそう言ってたじゃん。何、用事でもあんの?」 眉を顰めて尋ねれば、「用事はねぇ、けど」と圭一は苦笑を浮かべる。 「ほら、俺ん家、ちょっと遠いし、あんまり遅くなったら暗くて怖ぇんだよ」 「あー、雛見沢か。あそこって街灯、そんなになくね?」 「そう、日が沈むともう真っ暗。村の中ならいいけど、興宮との間の山道とか超怖ぇぞ」 そんな圭一の言葉に皆がそれは確かに、と納得しかけたところで、「圭一」と教室の入り口から彼を呼ぶ声。覗きこんできたのはいつもの顔。 「悪いな、ほんと。じゃあまた明日!」 すまなそうに顔の前に片手を上げ、カバンを手に取った圭一は悟史の方へと走って行った。 北条悟史という少年は、少し控え目で大人しい性格をしている、というのが彼の周辺にいる人物の見解だった。しかし気弱かと思えば自分の意思表示ははっきりとするため、そのギャップに驚く人間もいる。病気で一年ほど学校に通えなかった時期があるため、実年齢は皆より一つ上で、そのせいか同学年の少年少女より落ち着いた面がありどことなく近寄りがたさもあった。にっこりとほほ笑まれては、それ以上何かを言いづらい雰囲気を持った少年なのだ。 静かな悟史と賑やかな圭一、対照的だからこそ仲がいいのかもしれない。 「あれ? 前原じゃん。どしたの、一人で」 お前帰宅部じゃん、と言いながら教室へきたのは、野球部のクラスメイト。そろそろ日暮れも近く、校庭で活動をしていた運動部の生徒たちも集まっては解散を繰り返していた。彼も部活動を終えた後、戻ってきたのだろう。 忘れ物か、と尋ねれば、「数学の参考書」と返ってきた。今まさに圭一が机の上に広げているものがそれで、今日出された宿題をするために持って帰るのだろう。 「げ、前原もしかして全部終わった?」 「あー、うん。暇だったから」 時間をつぶすものが手元に何もなかったため、仕方なく課題を進めていた。 「って、あれ? こんなとこまで範囲だっけ?」 「いや、それは違う。……暇だったから」 そうして繰り返す同じ言葉。 「何、誰か待ってんの?」 圭一の机の上を覗きこんでいたクラスメイトが顔を上げて尋ねる。彼もまた、圭一が誰を待っているかなど何となく察していただろう。名前を口にすれば、やっぱり、といった顔をした。 何の部活動もせず、委員会にも入っていない圭一とは異なり、悟史はクラス委員を引きうけている。その集まりが放課後にあり、体育祭や文化祭が近いためかいつもよりも長引いているようだった。委員なんてなるもんじゃないよな、という会話をしたあと、クラスメイトは、「お前も変わってるよな」と腕を組んでしみじみと口にする。 「だって、こんな遅くまで待ってる必要なくね? さっさと帰りゃいいじゃん」 別に子供でもあるまいし、一人で家に帰れないというわけでもないだろう。 「今日だけじゃなくてもさ、たまには別々に帰ったりとか、クラスのダチと遊んで帰ろうとか、思わねぇの?」 帰路を共にすることが悪い、と言っているわけではない。たまには自分たちと遊んで欲しいという気持ちがないわけでもないが、駄々をこねるほど子供でもないし、それで友達を止めるほど心が狭いわけでもない。ただ単に不思議なだけだ、と彼は言った。 「うーん、思わなくもねぇけどさ」 そういうの悟史、嫌がるから、と口にする彼が浮かべる笑みはどこか諦めの色を湛えている。 雛見沢という小さな集落の中で共に過ごし、育ってきた相手だ、きっと他の誰とも違う想いがあるのだろう。もしかしたら兄弟に近いのかもしれない。しかし、だからといって全てがすべて望まれるがまま行動しなくてもいいのではないか、と思う。 「ちょこっとでも聞いてみれば? 何なら北条も一緒に、今度はたい焼き、食いに行こうぜ」 そう誘えば圭一は、「お、いいね。俺、甘いもん好き」と笑った。 ちゃんと聞いとけよ、と念を押して教室で一人悟史を待つ圭一と別れる。気にしていたわけではないが、それでもやはり毎回遊びの誘いを断られると嫌われているのではないか、と不安は抱く。どうやらそうではなかったようだ、とそのことに安堵しながら、カバンを背負いなおし、彼は昇降口へと階段を下りた。 翌日から一週間。 前原圭一は学校にこなかった。 風邪をこじらせた、と担任は説明をしており、また本人もそう口にしていたが。 あの日からどこか。 北条悟史から向けらる視線に何か嫌な。 そう、それこそ悪意、憎悪、殺気のようなマイナスの何かが混ざっているような。 そんな気がしてならない。 ブラウザバックでお戻りください。 2010.10.11
分校ではなく、普通の大きな学校に通う二人。 ……あんまり変わってない。 リクエスト、ありがとうございました! |