それぞれの苦労と、それぞれの幸せと。


「……ククールさん、俺の目、おかしくなってねぇよな?」
「お前がおかしいのは頭だけで、目は無事だろ、確か」

 不毛な会話を繰り広げている彼らは今、他の仲間たちとは一時的に別行動をしていた、というほど大それた状態でもなく、単純に今日一日休息日としたため、暇つぶしに、と適当にルーラで飛んで遊んでいたのだ。
 何の目的地も決めずにルーラを発動させればどこへ飛ぶか。ククールの場合はやはり色々と考えてしまうらしく、今まで訪れたことのある場所に行き、エイトの場合は町にたどり着くことの方が稀だったのだが。

「さすがエイト。お前の頭ん中、やっぱり異次元だったんだな」
「そんな。褒められたら照れるじゃん」

 えへへ、とわざとらしく笑って頭をかいたエイトの頭を加減なく殴っておいて、もう一度目の前に現れた得体のしれない建物を見やる。
 結界でも張ってあるのだろうか。どれだけ目を凝らして見ても目をこすって見ても、その建物の輪郭が上手く捕えられずぼやけて見える。だからこそエイトは自分の目がおかしくなったのかと思ったのだが、二人して同じように見えるなら、そのようなものなのだ、と納得するしかない。

「エイト、扉があるぞ」
「あるな」
「開けて入ってみれば?」
「さすがの俺でもここまで得体のしれない建物に入りたいとか、微塵も思ってたりしないんだから!」
「言いながら突進していくあたりさすがだよな。それなんてツンデレ?」

 唆してみたものの、彼が本当にまずいことになるような事態は避けたくて、ククールも仕方なく後を追う。恐る恐るドアノブへ手を伸ばし、ちょん、と指先で触れて一度手を引く。しげしげと己の手を眺め、何ともないことを確認したのち、「おっじゃましまーす」と今までの警戒さがうそのように、エイトはかちゃり、とドアノブを回した。

「どなたかいらっしゃいませんかー? あなたのエイトくんが、遊びにきましたよー」
「オレのもんを勝手に他人のものにすんなよ」

 言葉の意味が取れず、ん? と首を傾げたエイトの後ろから、建物の中を覗き込んでみる。一見ごく普通の民家であった。奥の方にキッチンが見え、手前側には寛げるようにソファとテーブル、暖炉のそばに薪が積んである。気になるのは、今ククール達が開けている扉の真向かいにももう一つ扉がある、ということ。更に奥の部屋があるのだろうか。
 とりあえず完全に室内に入る前に、エイトの体を押し込んでおく。何、ときょとんとした顔をしながらも素直に部屋の中へ入ったエイトを置いて、ククールの方は逆に外へ出た。扉から数歩離れて「エイト、おいで」と中にいる彼を呼ぶ。
 とたた、と素直に走り寄ってくる彼を見て、「出られるみたいだな」と呟いた。輪郭がぼやけるほどの結界の張ってある建物だ、一度入ったら出ることができなくなる、など王道すぎる。

「俺で実験すんなっ!」

 きしゃーっ、と毛を逆立てて怒るエイトを無視して、一応自分で出入り自由であることを確認したのち、室内へと入り込んだ。こつ、と木の床の鳴る音が耳に心地よい。

「ククール、ククール! こっちのドア、開けてもいい?」

 得体のしれない場所であるという認識はエイトも持っているらしく、殊勝に許可などを求めてくる。賢明な判断だ、と褒めて頭を撫でてやった後、エイトを残して扉から数歩離れた。

「どうぞ?」
「だからさ、そうやって俺を犠牲にしようとすんの、やめてくんねぇかな」

 呆れながらも、何が現われても大丈夫なように身構えつつ、エイトはガチャリと扉を開けた。

「わっ!」
「うおっ!?」

 同時に響いたのは、エイトの声と、知らないもう一人の声。

「わー、ずぶ濡れー」

 突然現れた長身の男を見上げ、エイトは呑気にそう呟いた。
 扉の向こうは雨だった。正確に言えば雨の降っている外、だった。もう一部屋続いていたわけではなく、外に続く扉が向かい合って設置されていたにすぎないようだ。

「あーっと、あんたら、この家の住人?」

 濡れてぺったりと額に張り付く黒髪をかきあげて男が尋ねてくる。それにエイトはふるふると首を横に振るだけで、何かを答えようとはしない。言葉を発しろ、と思いながら、「とりあえず入れば? 雨宿りくらいしてもいいと思うけど」とククールは声をかけた。

「そうさせてもらえっとありがたい。おい、フレン、フレンっ!」

 くしゃり、と笑みを浮かべた男は、振り返ると声を上げて誰かの名を呼ぶ。どうやら連れがいたらしい。現れたのは目の前の黒髪とは対照的に金色の髪を持つ、これまた背の高い男だった。

「ユーリ、他人様の家に勝手に……」
「つか、この家どう見ても普通じゃねぇだろ。いいからほら、このままだと本気で風邪引く」

 眉を寄せて渋る男の手を取り、二人は家の中へと入りこんできた。

「あ、この家の方ですか? ええと、僕たち……」
「いや、オレら、たまたまこの家を見つけただけの旅人」

 律儀に挨拶をしてくる男へ苦笑を浮かべ、ククールは端的に説明をする。

「ではこの家の方は」
「知らない。俺らが来たときから誰もいなかったよん」

 そう言いながら、エイトは暖炉の側へ近寄った。積まれた薪はきちんと乾いており、暖炉も飾りではなく使うことができそうなものである。からからと音を立てて暖炉の中に薪を重ね、火種を突っ込んで手際よく火を起こした。

「着るものはさすがにねぇけど、体拭くくらいはできるだろ」

 そう言ってククールが持ってきたものは白いシーツの束だった。この家の住人でもないのに好き勝手に行動する二人を前に、首を傾げていた金髪の男はそれでも隣に立つ友人(だろう)が小さくくしゃみをしたことに気づいて、慌ててシーツを広げて彼へとかぶせる。

「服脱いでしばらく暖炉の前に置いとけば乾くと思うよ」

 背の低い小さな少年に邪気のない顔でそう気遣われ、従うほかないだろう。
 ぱちぱちと薪の爆ぜる音に揺らめく炎の影。暖炉の前に持ってきた椅子にかけてある濡れた衣服、テーブルの上には湯気の立つカップが四つ。

「そんじゃま、自己紹介とでもいきますか?」

 ククールが入れたカップを手に取ってにやり、と笑った黒髪の男は、床にぺたりと座りこんでいる。そんな彼の後ろにあるソファに腰掛け、もう一人の男は丁寧に雨に濡れた友人の髪を乾かしてやっていた。

「あ、はいはい! じゃあ俺から!
 みんなのアイドル、エイトくんです! 年は推定十八とかそれくらい、トロデーンで近衛兵やってます。実は竜神族と人間のハーフなので、怒ると火を吹けたらいいなとか思います!」
「…………あいつはいつもあんな感じなのか?」
「基本頭の仕様が残念なんだ。そっとしておいてやってくれ」

 呆れたように首を振る二人を置いて、「ご丁寧にどうも、僕はフレンです」と頭を下げた天然もいる。

「帝国騎士団に所属してます。こっちはユーリ」
「オレはギルドの人間だ」
「オレはククール。元聖堂騎士団員」

 とりあえず諸々の疑問を棚上げした上での自己紹介を終え、互いの名前だけは一致させておく。そして始まる質問の応酬。

「帝国? どこの国?」
「少なくともオレは知らねぇ」
「ククールが知らないってことは、俺が知ってるわけがねぇな」

「竜神族ってのはなんだ? クリティア族の仲間か?」
「いや、そんな一族がいるなんて聞いたことないけど」
「聖堂騎士団っつーのもな。おいそれと騎士団なんて名乗ったら、帝国が黙っちゃいなさそうだ」

 それぞれの持つ知識を相手へ伝え、大まかに把握できたところで、「エイト」とククールが隣の少年を呼んだ。

「お前、ちょっとあっちのドアから出てみ?」

 あっち、と指さしたのは、ユーリたちがやってきた扉である。首を傾げながらも素直に立ち上がり、エイトはかちゃり、とドアを開けた。

「……雨、すごいけど」
「怒んねぇから駆け回って来い」

 ただの雨ならばそうでもないが、雷や豪雨になるとどうしてもわくわくしてしまうのが子供というものだ。雨に濡れても怒られないというのだから、ここは思う存分走ってみたいと思うのがエイトという少年で。
 やりぃ、と指を鳴らしたあと、意気揚々とドアをくぐろうとしたところで。

「いってぇええっ!!」

 ばちっ、と大きな静電気が発生したかのような音がした後、エイトの悲鳴が室内に響いた。衝撃に数歩扉から離れた彼は、驚いた野生動物のように、全身で警戒を示している。その背中を見やりながら、「やっぱりな」とククールは呟いた。

「だ、大丈夫かい?」
「お前、やっぱりってどういうことだ! つか、俺で実験すんなって、何回言えばいいんだよっ!」

 心配そうなフレンの声に重なるように、エイトが怒鳴り声をあげた。うるさいうるさい、と片耳を押さえてエイトの言葉を無視し、黙らせるために彼の口の中へ大きなミルクの飴玉を突っ込んだところで、ばちっ、ともう一度同じ音が響く。

「ユーリッ!」
「なるほど、こっちも、ってわけか」

 いつの間にか立ち上がって反対方向の扉へ近づいていた彼が、エイトと同じように手を伸ばして拒否を食らったところだった。赤くなった右手をひらひらと振りながら振り返ったユーリへ、フレンが慌てて駆け寄る。

「どうして君はいつもいつも」
「あー、もう、うっせぇって。向こうが駄目ならこっちも、って考えるのが普通だろ」
「そうだけど、でも」

 せめて一声かけてくれ、と言いながら、フレンはユーリの右手へ手を添えた。ふわり、と取り巻く魔力の流れに、ファーストエイドが掛けられたことに気づく。

「大げさな」
「無茶しないで大人しくしてくれるのなら、いちいち回復したりしないけどね」

 ユーリの行動は読めない部分が多すぎて、少しの傷でも回復しておかないと心配なのだ、とフレンはのたまった。

「……いーなー、俺、あそこまで心配されたことない」
「してやってんだろうが、いつもいつも」
「そうか?」
「お前の頭ん中の心配を、これでもかってほどに」
「あ、そりゃするだけ無駄だ」

 からころと口の中で飴玉を転がしながら言ったエイトの頭を、「自分で言うな」と叩いておく。そんな二人へ、「じゃあオレら、この家から出られねぇってことか?」とユーリが視線を向けた。

「いや、オレとエイトはそっちのドアから出入りできることは確認した。あんたら、入ってきた方のドアから手を出してみろよ」

 ククールの言葉に先に動いたのはやはりユーリの方である。つかつかと扉に歩み寄り開けると、雨の中へ右手を差し出した。

「なんともねぇな」
「どういうこと?」

 ユーリに続いてフレンも同じように手を差し出し、何の拒絶もないことを身を以て確認する。まだ服の乾いていない二人は、素肌にシーツを纏ったままで、さすがに雨の気配を身近に感じて寒いのだろう、扉を閉めてすぐにソファへと戻ってきた。

「これはオレの想像。たぶん、オレらの世界はこっちで、あんたらの世界の人間じゃないからそっちからは出られない。で、あんたらの世界はあっちで、こっちの世界の人間じゃないから、オレらが入ってきたドアからは出られない」

 そんなとこじゃね? と。
 長い足を組んでソファに背を預け、優雅に紅茶を飲みながら説明する男をじ、と見やり、「あんた、軽薄そうな顔の割に頭の回転が速そうだな」とユーリがぼそりと呟いた。

「ユーリ、失礼だよ」
「でも遊んでそうじゃん、この顔。つか、色々上手そうだよな、あんた」
「あんたじゃなくてククール。そう言うそっちも、色々慣れてそうだけどな?」
「ククールこそ。ユーリって呼べよ」

 そんなことを言いながら立ち上がったユーリは、ククールの隣へ腰掛けるとふわり、と笑みを浮かべてみせる。色気の溢れたその表情を、ククールは目を細めて受け流した。そういう流れに慣れ過ぎている二人であるため、今更うろたえたりなどしない。普段ならユーリのそんな行動を咎めるはずのフレンは、今は小さな台風に囚われていて身動きが取れないらしい。

「ええと、僕の顔に何か?」

 ソファの上に乗り上げ、じ、とこちらを見てくる少年になんとなく居心地が悪いものを覚えながら尋ねれば、「目」とエイトは更に顔を近づけてくる。

「青い。すごい綺麗だな」
「そ、そう? ありがとう」

 明らかに年下である少年ににじり寄られ、なんと返せば良いかが分からずとりあえず笑みを浮かべてみた。

「いいなぁ、青いの。俺も青い目が良かった」
「君の目も綺麗な漆黒だと思うけど。夜空みたいだね」
「ククールもそう言ってくれる。けど、あいつの目も青いんだよ」
「ああ。男性にこういうのはおかしいかもしれないけど、綺麗な人だね」
「顔だけはな。つか、ユーリってのもずいぶん綺麗だと思うぞ。なんつったらいいのかな、えーっと」

 むにゅむにゅと言葉を探して唇を動かしていたエイトは、「ぶっちゃけエロくさい」とぶっちゃけすぎる単語を口にした。あまりに分かりやすい表現に思わず吹きだしてしまったフレンを見ながら、「ごめん、俺馬鹿だから、あんま言葉知らねぇんだ」とエイトも苦笑を浮かべる。

「いや、たぶん、みんなそう思ってるらしいからいいんじゃないかな。無駄に色っぽいからね、ユーリは」
「ああ、それだそれ、色っぽい! そう言いたかったの!」

 フレンの言葉に、エイトがそう手を叩く。

「でもユーリはそれを分かった上で利用しつつ楽しんでるっぽいな」

 ちらりとユーリの方へ目を向けてそう言ったエイトを、フレンはほんの少しばかり見直した。単純に明るいだけの少年ではないらしく、人を見る目はあるようだ。

「ユーリの悪い癖だよ。ああやって人をからかうのは」
「あー、でも相手がククールじゃあんま意味ねぇと思うよ」
「彼もそういうのに慣れていそうだね」
「慣れてるなんてもんじゃねぇよ、あれ。なんつーの、もう性質? みたいな。歩けば女引っかけてくる」

 迷惑この上ない、と肩を竦めれば、「君たちは友達、になるのかな?」とフレンが首を傾げた。

「友達? 俺とククールが?」
「あれ? 違うのかい?」

 遠慮のない彼らの関係を見て親しいのだろうとは思ったのだが、どうしてだかエイトは首を傾げる。

「友達、あー、うん、そう、なのかな? えっと、ごめん、俺そういうの、よく分かんねぇんだ。とりあえず目的が同じだから一緒に旅はしてる」

 味気ないものの言い方であるが、単にそれだけの関係だとは思えない。しかし彼らにも何らかの事情があるのだろう、それ以上突っ込んで聞くことはせず、「じゃあ旅仲間だ」と相槌を打っておいた。

「フレンとユーリは? 友達?」

 逆に尋ねられ、「そうでもある、かな」とフレンは答える。

「親友だし、悪友だし、ライバルでもあるし、仲間でもあるし、家族でもある」

 ついでに恋人でもあるのだが、さすがに男同士でそれと口にするには憚られるため、伏せて言えば、うーんと唸ったエイトは、「とりあえず大事な人だってことは分かった」と神妙な顔をして頷いた。

「そうだね、すごく大事な人だよ」

 一言で表すとそうなるのかもしれない。他の誰も代わりになどならない、自分よりも大事な愛しい人。

「で、その大事な人が、ああなってるけど、止めなくていいの?」

 エイトの言葉に視線をそちらへ向ければ、何がどうなってそうなっているのか、ククールの手がユーリの頬に添えられ、今まさに二人の唇が重なろうとしているところだった。

「ユーリッ!?」
「あ、バレた」
「バカ、エイト。もうちょっとフレンの気、反らせとけよ」

 驚いて上がったフレンの声に、悪びれないユーリの言葉が重なり、軽く舌打ちしてククールがエイトを睨む。

「一体君たちは何をしてるんだ!?」
「や、だって、こいつがキス上手いっつーから」
「ユーリ、美人だしな。据膳は食っとかねぇと」

 あっさりとそう口にするククールを前に、「こういう奴なんだよ、これ」と隣の少年が呆れたように首を振った。

「もうちょっと節操持てば? 脳みそ桃色僧侶」
「そりゃ、お前の脳みそに皺を増やせっつってるようなもんだぜ、アホ勇者」
「ユーリも、どうして僕の前でそういうことが平気で出来るのかな、君は」
「や、まだやってない。未遂未遂」
「そこが問題なんじゃないっ!」

 本気で怒りを覚えているらしいフレンを目にし、「あ、やっぱりそういう関係?」とククールが目を細めて呟いた。

「だろうと思ってたけど。じゃあまあ、キスしなくて正解か」
「なんだよ、オレ、こいつしか知らねぇから、他のはどんなだか知りてぇのに」

 あんたなら顔もいいし上手そうだからちょうど良いと思ったんだけど、とユーリは唇を尖らせて拗ねる。

「そりゃ嬉しい誘いだけどな、さすがに本命彼氏の前で堂々とキスするほど、オレも腐っちゃいねぇよ」

 悪かったな、とフレンに向けてククールは謝罪を口にした。

「いや、思いとどまってくれて助かった。もしされてたら、僕は君に何をするかが分からないから」

 もちろんユーリ、君にもね、とにっこりと笑ってそう言った男の後ろで、「フレン、怖ぇ」とエイトがぼそりと呟いた。

「エイト、お前こっち座れ」

 両手を上げて降参を示したククールは、立ち上がってエイトと場所を変わる。フレンの隣に座り込んだ男は、青い目を細め、「悪かった、もうしねぇよ」と再度謝罪を口にする。どうやら、軽い容姿や態度とは裏腹に、根は意外に真面目な男らしい。それに気づいたフレンは「いや」と態度を改めて首を振った。

「たぶん、というか確実にユーリから、誘ったんだろうから」
「あー……まあ、否定はしねぇ。あんたも苦労すんな、あれが相手じゃ」

 ククールも自分の容姿の良さを自覚し、それを利用して楽しんできた口ではあるが、本命がいてなおああいう態度の取れる彼は、心底自由に生きているのだろう、と思う。

「でも一言言い訳させてもらえれば、やるつもりがなさそうだから乗ったんだからな、オレは」
「どういう……?」
「ユーリ、自分から寄ってくるくせに、絶対こっちからは近寄らせねぇんだよ。で、あんたの方を気にしてるから、途中で止められることが分かっててやってたな、あれは」

 ククールの言葉に、フレンは苦虫をかみつぶしたかのような表情をした。

「喜んでいいのか、微妙すぎる」
「だろうよ。だったら始めっからすんなって話だ」

 けど、あれがユーリなりの甘え方なんじゃねぇの、と言われれば、なんとなく分かっているだけに違うとも言えず、フレンははぁ、とため息をつくしかない。 

「できれば、もっとこう、素直に、甘えてくれた方が……」
「そういって、ユーリがにゃんにゃん言いながら甘えてきたらどうすんだ、フレン」
「…………とりあえずそのまま押し倒す、かな」
「……お前、顔に似合わず欲望に忠実だな」

 呆れたように言われ、そうかな、と首を傾げつつ、「ククールは違うのか?」と尋ね返した。

「エイトが可愛く甘えてきたら?」

 フレンとユーリがそういう関係であるのだろう、とククールが察していたのと同じように、フレンも(おそらくはユーリも)ククールとエイトが似たような関係であることに気づいていたらしい。あっさりと尋ねられ、やはりあっさりと「とりあえず殴る」と答えた。

「で、何やったか吐かす。そのあとだな、押し倒すのは」

 ただ単に可愛く甘えてくるのはありえない、と断言すれば、「君たちの関係は複雑すぎてよく分からない」と言われてしまった。

「エイト自体が複雑だからな、単純にはなりえねぇんだ」

 そう口にする綺麗な男はどこか諦めの混ざったような笑みを浮かべており、やはり何らかの事情があるのだろうと察することができた。

「苦労するね、君も」
「まあな」

 青い目を持つ美形二人が苦笑を浮かべてそんな会話を交わしたところで、「むー」というくぐもったうめき声が聞こえてきた。何事か、と今まで意識外に置いていたユーリたちの方を見やれば。

「もう一個入るか?」
「うー、んー、むー!」

 どこぞより取り出したのか、飴玉の詰まった袋を片手に、エイトの口の中にいくつ詰め込めるか、ユーリが遊んでいるところだった。

「ちょ、おまっ! うちの子、頭弱いんだから、あんまり変なことさせないでっ!?」

 慌てて立ち上がったククールへ視線を向けたエイトは、両頬を飴玉でぱんぱんに膨らませたまま、ぐっと親指を立てた。

「まだ行ける、みたいな、顔すんな! なんで誇らしげなんだよ、お前はっ!」
「んーんんっ、んんんっ!」
「何言ってるかぜんっぜん分かんねぇっ! ああもう、何で一個ずつ食べるってこともできないかな! ぺっしなさい、ぺっ!」
「んーんーっ!」
「やだじゃねぇよ、やだじゃっ!」

 頭を殴りたいが、口の中の大量の飴玉が、何かの拍子で喉に詰まったらと思うとそれもできないらしい。両手をわきわきと震わせたままなんとか飴を吐き出させようと試みているククールと、必死に口の中の宝物を守ろうとしているエイトを眺めながら「ククールって、綺麗な顔してんのに、母親みたいだな」とユーリが指さして笑う。

「君が発端なんだけどね、これ……」

 ユーリのあまりにも自由な行動に頭を抱え、そう呟いたフレンの唇へ白くて丸いものが押し付けられる。どうやら残りの飴玉らしい。自分ももごもごと口を動かしながら、食えば、と片目を眇める半身を見やり、飴玉を支えている指ごと口に咥えた。

「いってぇっ!」

 がり、とユーリの指に歯を立てれば、声を上げて彼は慌てて手を引く。

「さっきのお仕置きだよ」

 ククールがいい人で良かったね、としれっと言いながら、口の中の飴をから、と転がした。




ブラウザバックでお戻りください。
2010.07.06
















頭の弱いエイトさん+フリーダムユーリさん=非常に傍迷惑
リクエスト、ありがとうございました!