攻防、宵闇に消ゆ。


「ぅわあぁあっ!」

 リュウジュ団、ニルバーナ城の朝は、悲痛な軍師の悲鳴から始まる。

「レ、レ、レッ、」
「の、おじさん?」
「違ぇっ! レッシン! なんでお前、またオレんとこで寝てんのっ!?」

 目覚めたら隣にすやすやと団の団長が眠っていることに驚き悲鳴を上げる。ほぼ毎朝といっていいほど繰り返しているのだから、いい加減慣れればいいのに、と思いながらレッシンは上体を起こしてくわ、と欠伸をした。

「一緒に寝ようってのに、お前いやだっつーから仕方なく潜り込んでんだろ」
「いやいやいや、だから潜り込むなよ! 潜り込まれたらオレが拒否った意味、ねーじゃんっ!」

 このやり取りももう何度繰り返しただろうか。ここは四階角にある団長部屋の手前にあるリウに与えられた(というよりも自分で自室と定めた)部屋だ。ほんの数歩離れた先に自分の部屋があるのだからそちらで眠ればいいものの、どうしてだかこの団長は参謀の部屋に訪れたがるのだ。
 はぁ、と大きくため息をついて頭を押さえる。首を振れば、いつもはバンダナで抑え込んでおく前髪がはらり、と落ちてきた。胡坐を組んで座るリウの前に、同じように胡坐を組んで笑っているレッシンの姿。寝間着がわりに、と短パンにタンクトップを着ているが、その肩ひもがずり落ちて左肩が露わになっていた。手を伸ばしてそれを整えてやりながら、「あのさ、レッシン」とこれまた何度目かも分からない忠告を口にする。

「そう簡単に男のベッドに入ってくんなって」
 お前、オンナノコでしょ。

 色々と堪えて静かに事実を口にしてみたが、「知ってる」と悪びれなく笑みを浮かべて答えられ、「オレもよぉく知ってんよっ!」と思わず怒鳴り返してしまった。


 リュウジュ団という団体をまとめ上げ、その中心にいる人物が実は少女である、という事実はあまり知られていないことだったりする。別段隠しているわけではなく、近しいものは皆知っているのだが、如何せん本人が全く女らしくない。
 ベリーショートの髪の毛にさばさばとした性格、一人称がオレとくれば、ぱっと見て彼女を女だと認識する方が難しいだろう。ともに育ったはずのマリカとは違い、まだ女らしい体つきを手に入れる前だから尚更で、あまりにも男らしい言動に慌てて幼馴染がフォローを入れて初めて気付かれる、というパターンが通例と化していた。

 毎朝レッシンがベッドに潜り込んでくるんだよ、とシトロ組に泣きついてみれば、ひどく気の毒そうな顔をされた。がんばれ、とでも言うかのように左右それぞれの肩をぽん、と叩かれるがなんの慰めにも解決にもならない。それは彼ら二人が悪いのではなく、もう既に打てる手をすべて打ちつくしてしまったが故の諦念だった。
 それでもまだレッシンはリウと一緒に寝たがる。村にいたころは四人で雑魚寝をすることなど当たり前で、二人きりで寝たことがないわけではない。一人だと寂しいじゃん、と笑って言える彼女は子供っぽいのか、ある意味大人なのか、いまいち判断ができなかった。
 そうして極め付けに放たれる言葉は、「だってオレ、リウ、好きだし」というあっさりとした告白。

「あー、はいはい、オレもレッシンが好きだよ。好きだから、ベッドに入ってこないでな」

 微妙に繋がっていない文章を口にしながら、リウは手にした書類から目を離そうとしない。レッシンのことは嫌いではないが、むしろだからこそ、まともに取り合うだけ時間の無駄だ、とそう思う。
 そんなリウの反応を前に、レッシンは背後に座っていたマリカを振り返って、「これって両想いってことでいいのか?」と尋ねている。

「ああ、いいんじゃないの、もうどうでも」
「良かったな、レッシン」

 マリカとジェイルの言葉を耳にし、意味を理解していたら、「無責任なこと言わないで」と声を上げていただろう。しかし幸か不幸か、その時のリウは報告書に連ねてあった協会兵の動きを把握することに手いっぱいで、周囲で語られる幼馴染たちの会話を理解するところまで頭が回っていなかった。
 せめて、誰か止める人間が側にいてくれたら、こんなことにはならなかったのではないか、とリウは横たわった自分に乗り上げて座るレッシンを見上げて口元を引きつらせる。一緒に寝る寝ない、オレの部屋に来い行かないの攻防を毎夜のごとく繰り広げ、自分たちくらいの年頃の男女にしては色気も欠片もないとリウが嘆いていたかどうかは分からないが、やはりこの状況下においても色気などどこを探しても見つかりそうもなかった。

「あーの、レッシンさん?」
 ナニをやってらっしゃるのデショウカ。

 思わず片言で尋ねてみれば、「リウを襲ってる」と返ってきた。

(ええそうですね、まぎれもなく襲われております、そうでしょうとも、襲ってらっしゃるんでしょうとも)

 深々と二度、頷いたのち、「なんか違うよね」と泣きそうな声で言ってみた。

「なんで。だってオレはリウが好きで、リウはオレが好き。両想いがやることつったら一つだろ?」
「やることって」
「エッチ」

 あっさりと吐き出された言葉より、むしろレッシンがそういう意味を込めて「好き」と言っていたことに驚いた。友達としての好き、家族としての好きの域を出ていないと思っていたのだ。逆にリウ側が若干その枠からはみ出た好意を抱いていたため、彼女の言葉をまともに取り合わず、執拗なまでに外へ追い出そうとしていたのだが。

「……いやまあ確かにね、恋人同士なら将来的にはそういう流れになる関係でしょーけどね、」

 そもそも自分たちはそういう関係ではないだろう、とか。たとえそうであったとしても女に押し倒されのしかかられている自分はどうなのだろう、とか。
 くるくると考えていたところで「いいんだよ、別に」とレッシンの声が耳に届いた。

「どーせリウは友達とかその程度にしか思ってねぇっての知ってるから」

 いやそれは違う、と否定しかけて、否定をしていいものか、悩んだ。もし否定すれば、「だったら問題ねぇじゃん」とさらに迫られるのは目に見えている。確かに問題はないよな、と思ったところで、ずい、とレッシンが膝を進めてリウの腰へとまたがってきた。

(……ッ!? ま、ずい、まずいまずい、レッシン、その位置、まずいってっ!)

 驚きに目を見開いて口を開くも、咄嗟に言葉が出てこない。顔を赤くすればいいのか青くすればいいのかも分からず、とにかくどいてもらえないものか、とレッシンの足を叩いてみたが、彼女が引く様子はない。むしろ上体を倒してリウに覆いかぶさってくる始末。

「でも、オレはリウが欲しいんだよ」
 どうやっても、欲しいんだ。

 きっぱりと言い切られた言葉と同時に、その唇が降ってきた。

「――――ッ、れ、っし、ん……」

 ただ重ねられただけの唇。少女らしさのかけらもない見た目からは反して、レッシンのそれはひどく柔らかくて。
 息を呑んだリウを見下ろしたレッシンは、鼻の頭が触れあうほどの距離でにやり、と笑みを浮かべる。

「リウ、ヘタレだし、既成事実さえ作っちまえばこっちのもんだと思って」

 だから、と言いながら、レッシンはぐり、と尻を押し付けてきた。そこでようやく、彼女は狙ってその位置に座り込んだのだ、と気付く。
 同時にぷつり、とリウの中で何かが切れた。堪忍袋の緒だったのか、あるいは理性だったのか。
 いいように彼女に乗せられているような気もするが、そんなことはこの際どうでもいい。たとえどれほど上手い策を練ることのできる軍師であったとしても、リウだって一人の男なのだ。そういう意味で好きだと思える女にこうしてのしかかられ、あまつさえ股間に尻を押し付けられ、平静でいられるはずがない。

「う、わっ!」

 足のバネと腹筋を駆使して身体を起こしたリウは、レッシンから反撃を受ける前にその身体をベッドへと押し倒す。種族の違いにより、単純な力だけをみればリウの方が分が悪いが、それでも組み敷き、押さえつけたその手首は普段大きな剣を振り回しているとは思えないほど細く、頼りなかった。

「リウ? ――ッ、んっ」

 突然体勢を反転させられ、きょとんとした顔のままレッシンが名前を呼ぶ。その唇を己のもので塞ぎ、舌を突き入れた。

「ん、ふぅ、う、ん……っ」

 ぐちゃぐちゃと口内をかき混ぜ、柔らかな舌を追いかけて吸う。状況に頭を追いつかせたレッシンもまた、積極的に舌を絡めてくるものだから、唇を離したときには互いに肩を上下させるほどに息が上がってしまっていた。

「もー、知らねぇかんな」

 どーなっても、と掠れた声を落としてレッシンの首筋に顔を埋めれば、その緑色の髪の毛へ指を差し入れ、リウの頭を抱えて彼女は囁いた。

「望むところだ」




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2010.08.09
















団長→→→→←リウみたいな感じ。

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