強引的日和見主義



「めーちゃんのばかぁっ!」

 キッチンの方から長兄の叫び声が聞こえ、続いてだだだっ、と廊下を駆け階段を上る足音、バタン、と乱暴に扉の締まる音が耳に届いた。

「……何かあったのかな、カイトにーちゃん。あ、そっち行ったよー」
「あったんじゃないかな。ねぇ、誰か閃光玉持ってる?」
「俺持ってる、け、どっ、ちょっ、ルカ姉さん、タンマ! スタンプ待、」
「ごめんなさい、止まりません」

 カチカチカチ、とボタン操作の響く中、小さな画面の中でルカの操作キャラが放ったハンマー振り下ろし攻撃によりレンの操作キャラが叫び声をあげて宙を舞う。

「あはは、レン、ざまあー」
「よく飛んだねー、レンくん!」
「一ゲームに一度は味方を吹っ飛ばすのがハンマー使いの鉄則だと伺いました」

 表情を変えず、淡々とそう告げるピンク色の髪の姉へ「聞いたことないよ、そんなルール!」とレンが声を荒げる。

「あれ、じゃあ弓使いは敵の前にいる味方を射るのが鉄則?」
「しなくていい、しなくていいからね、ミク姉さん!」

 首を傾げたツインテールの姉へ慌てて突っ込みを入れ、とにかくさっさとクエストを終わらせてしまおう、と画面の中のモンスタへと向かってキャラを走らせる。くだらない話をしながらも着々とダメージを与え続け、ようやくクエストクリアの文字が現れた。

「ありがとうございます、これで私も晴れてG級ハンターの道へ進めます」
「年末には3rdも出るからねー、それまでに目指せG級制覇だよ、ルカ姉ちゃん!」

 リンも手伝うからね、と明るく告げられた言葉に、ようやくルカの口元が柔らかく歪む。兄弟の中で一番遅い時期にこの家にやってきた彼女は、感情表現がやや苦手らしい。言葉づかいも平坦で喜怒哀楽が分かりづらいため、他の兄弟たちも始めは少し誤解していたくらいだ。しかし今ではこうしてPSPを持ち寄り、リビングで『ルカ姉ちゃんのハンターランクを上げようの会』に参加するほど打ち解けている。

「リンの場合は邪魔してるだけだと思うけどな」
「何よ、レンッ! リンだってG級なんだからね!」
「それ、ほとんど俺が手伝ってやってんじゃん」

 レンの言葉にいーっと歯をむき出したリンの隣で、「ミクもまだG級は全然進んでないから、一緒にクリアしようね」と兄弟で一番多忙な三女が笑みを浮かべた。生まれた順番でいけばミクは次女になるが、人間と同じように年齢で当てはめているため、ルカが家族として加わったときに彼女は三女ということになったのだ。
 次はどのクエストに行こうか、と話しながら四人ともがカチカチとボタン操作をしていたところで、ふとミクが「そういえば」と顔を上げた。

「さっき、カイトお兄ちゃん、どうしたんだろうね」
「…………ちょっとカイトが哀れになってきたわ」

 ミクの言葉に苦笑を浮かべてそう言ったのは、キッチンから姿を現した長女。先ほどカイトに馬鹿、と罵られていた相手だ。

「メイコさん、何かあったんですか?」

 首を傾げたルカへ「あっていえばあった、わね」とくすくすと笑う。

「カイトにーちゃん、帰ってきてから顔見てないけど、仕事でヤなことでもあったとか?」

 いつもの彼ならば帰宅したときには必ずリビングへ顔を出す。ただいま、という柔らかな長兄の声を今日は聞いていない。

「そうね、嫌なことでしょうね、あの子にとっては」

 私は思わず笑っちゃったけど、と再びメイコは笑いを零した。相当面白いことらしく、メイコの反応に兄弟たちは顔を見合わせて首を傾げる。

「で、狩りの最中に悪いんだけど、レン、ちょっと行って様子見て来てくれる?」

 名指しで頼まれ、レンは「なんで俺?」とメイコへ視線を向けた。

「あんたが男だから。たぶんね、妹には見られたくない、とか思ってる気がするのよね」

 もちろん、カイトがへこんでいるというのなら様子を見に行くくらいお安い御用だ。むしろ進んで行いたいくらいのことで、じゃあちょっと見てくる、とPSPをスリープモードにしてソファから腰を上げた。

「代わりに私があんたのキャラ、操作しておいてあげるから」
「ぜっったい触んないで! 前そう言ってメイコ姉さんに貸したら、アイテムボックスの中のハチミツ、全部渡した上にセーブしてただろ!」

 他のメンバにアイテムを譲渡することは構わないが、せめてセーブせずに電源を切って欲しかった。そうすればレンのアイテムボックスからごっそりハチミツがなくなったりはしなかっただろう。
 分かった分かった、とひらひらと手を振ったメイコに一抹の不安を覚えながらも、とりあえずレンは兄弟の部屋が並んでいる二階へと足を向けた。
 長男の部屋の扉の前に立ち、こんこん、と軽くノック。返事を待つが静寂しか返ってこず、仕方なくもう一度ノックをして「兄さん?」と呼びかけてみた。

「…………レン?」
「そ。俺だよ。ね、入ってもいい?」

 一応兄弟の部屋にはそれぞれ内側からかけられる鍵が付いているが、どの兄弟もまともにかけたことはないだろう。ノブに手をかけて押してみれば案の定、あっさりと扉は開いた。

「カイト兄さん」

 もう一度名を呼んでみるが、入室を拒否する声はない。止められなければ入ってもいいのだろう、と解釈しするり、と兄の部屋へと入り込んだ。
 カーテンを引いた上に明かりをつけることもせず、薄暗い室内に目が慣れない。壁を探って「つけるよ」と明かりのスイッチを押せば、びくん、とベッドの上の塊が大きく跳ねた。

「……何をやってるの」

 布団の中にもぐりこんだまま出てこようとしない物体こそが兄なのだろう。呆れたように呟いてベッドへと近寄り、枕元にぽふん、と腰をおろした。布団の端をめくろうとすれば「だめっ!」と今度こそ拒絶の言葉が投げつけられる。

「んー、じゃあ出てこなくてもいいから、何があったのか話してくれない?」

 状況が把握できないことには言葉もまともにかけられない。ね、と布団の上から優しく撫でれば、あーだとかうーだとか、くぐもった唸り声が響いた後、「わ、笑わない、でね?」と彼は言った。

「OK、絶対笑わない。でもせめて顔だけは出してよ。声が聞き取りにくいから」

 レンの言葉に、カイトもまた布団の中では話しづらいと思ったのだろう。ようやくはふ、と顔だけ布団の外へと出した。そのままレンを見上げ、「ほんと、笑わないでよ」と念を押す。きっと先ほど長女が罵られたのも、説明を受けて笑ったせいだったのだろう。

 もう一度OK、と頷いたレンへ、ぽつぽつとカイトが語ったことは俄かには信じられないことだった。

「……いや、っていうか、それ、可能なの?」
「おれも始めは冗談だと、思ってたんだ……」

 ぐすん、と鼻をすすりあげた兄は、若干目を潤ませてそう呟く。確かにレンが彼の立場に置かれたとしても冗談だ、と笑い飛ばすだろう。

「きっとたぶん、またネタとか、そういうの、かな、って。川野さんも、止めなかった、し」

 川野というのは、彼が歌を歌う活動をサポートしてくれる女性だ。いわゆるマネージャー的な存在である彼女がストップをかけなかったため、カイトもまた疑問を抱かなかったのだろう。

「でも、だからって、『今日は女の子になってもらいます』って言われて、ほんとにそんな身体になる、とか、思わないじゃんっ」

 もうやだ、と叫んでカイトは再び布団の中へ顔を引っ込めてしまった。嘆きたくなる気持ちも分かるが、やはりレンにはまだ信じられないままだ。
 レンを含めたこの家で暮らす兄弟は皆、歌を歌うために生み出されたボーカロイドである。人間とほぼ同じように生活し生きているとはいえ、やはり根幹は作りだされた存在だ。学んだ覚えのないことがあらかじめ知識としてインプットされていたり、あるいは知識として持っているが体験していないことが多かったり、と人間とは異なる部分もある。生命活動の源として疑似心臓を持ち、人間と同じ身体機能を有してはいるが、あくまでも彼らの身体は作りだされたものだった、ということなのだろう。

「……ごめん、兄さん。ぜんっぜん信じられない」

 眉を寄せたままそう声を落とせば、「ほんとだもんっ!」とカイトががばり、と跳ね起きて言った。

「ほん、ほんと、にっ、女の子の身体に、されちゃったんだもんっ」

 レンよりも年上(として作られているはず)なのに、唇を尖らせて口にする台詞に違和感がないから困る。
 かわいすぎるよ兄さん、と心の中でシャウトしながら、表面上は平静を保って「確認させて」と手を伸ばした。

「……え?」
「見てもよく分からないし、ほら、兄さん、手、どけてね」
「え? あ、の、れ、レン?」

 にっこりと、以前カイトが照れながら「天使みたい」と評した笑顔を浮かべながら、自身の身体を抱くように回っていた腕を取り上げ、その胸へぺたり、と右手を置いてみた。

「…………」
「レン……」

 手のひらにあたる柔らかな感覚。確かに、今までの彼にはなかったもの。
 思わずそのままふにふにと揉んでみれば、カイトは顔を真っ赤にしてレンの腕を掴んだ。

「やっ、れん、なに、して……っ」
「いや、ごめん。つい」

 だって兄さんの胸が膨らんでるんだもん、と言いながら、左手も伸ばす。体格はカイトより小柄だが、作られた時期が後であるため細かな性能はレンの方が上だ。運動能力や腕力もそうであり、その上カイトは兄弟にはとことんまで甘い。そんな彼がレンの腕を振り払えるわけもなく、止めようとその手首を掴んだまま、結局はされるがまま胸を揉まれることになる。

「やだっ、やっ……レン……ッ」
「気持ち、よくない?」

 服の上から両胸を揉みしだけば、カイトは頬を赤く染めて首を横に振った。

「でも手のひらになんかこりこりしたのが当たってるけど」

 乳首が勃ってきたんじゃないかな、とさらりと口にした台詞に、兄はますます眉を顰めて泣きそうな顔をする。仕事に向かったさきで突然女の身体を与えられ、当然服など用意しているわけもなく男の時に身に着けていたものをそのまま着て帰ってきたのだ。下着をつけていないため、突起が硬くなってきたことがレンにもしっかりと伝わってくる。
 男であるときもカイトは胸を揉めば可愛らしく声をあげてくれた。小さな突起をこりこりと指先で弄り、含んで吸い上げればいやらしく光りながらぷっくりと勃ち上がる。その様を思いだし、レンはいてもたってもいられず、そのままがばり、とカイトのTシャツをめくり上げた。

「――――――ッ!」

 突然晒された肌に、カイトは絶句して固まってしまう。そしてそんなカイトの前でレンもまた、言葉を失って固まってしまった。
 両胸で揺れている柔らかな乳房、もちろん知識として知ってはいるし画像を見たことも実はある。その手のきわどい雑誌をマスターのうちの一人と笑いながら広げたことだってあるし、大きくなくても形がよければ、などと猥談を繰り広げたこともある。しかし、こうして実物を前にするのは初めてのことで。しかもそれが、誰よりも大事で堪らない、大好きな兄のものだというのだから。

「……この場合は姉になるのかな」

 どうでもいいことを呟きながら、レンは自らの欲望にしたがってそっと顔を寄せた。弟の行動に慌てたのはカイトの方である。

「れ、れれれれんっ! なっなにっ、なにして、ッ!」
「何って、やっぱり吸っとかないと」
「やっぱりって何!? 分かんないっ、イミ、分かんないっ!」

 レンの両肩に手を置いて引き離そうとするカイトと、何とかしてカイトの胸を愛撫したレン。力比べは当然のごとくレンに軍配が上がり、カイトは胸を晒したままベッドへと押し倒された。

「やっ、やだ、よ、れんっ」

 弱々しく言葉を紡ぎ、首を振るカイトを見下ろして、レンはしょぼん、と眉を下げた。

「そんなに嫌なの?」

 落ち込んだような声は半分ほどわざと。しかし残り半分は正直な気持ちで、好きなひとに拒否をされて楽しいはずがない。レンのそんな気持ちを読み取ったのか、「ッ、で、も、だってっ」とカイトは慌てたように口を開く。

「お、おれ、今、こんな、体だしっ」
「だから、なんだけど?」

 男である兄を押し倒し、既に彼のハジメテはレンが奪ってしまっている。もちろん他の女兄弟たちには内緒にしているが、互いに兄弟以上の愛情を抱いていることも確認しており、いわゆる恋人同士、でもあるのだ。

「あのね、兄さん。兄さんから見たら子供だろうけどやっぱり俺もね、男なんだよね」

 横たわる兄(あるいは姉)を閉じ込めるようにベッドへ両腕を付き、見下ろして口元を歪める。

「男としては、女の身体に興味を持つのは当然だし、じっくり観察したり、弄ってみたりしたいわけ」

 分かる? と尋ねれば、眉を寄せたまま彼は緩く首を振った。本当に分からないのか、分かりたくないのか、あるいは認めたくないのか。レンにとってはどれでもいいことで、くつくつと笑いながら「俺はしたいんだよ」と告げた。

「でも男の兄さん相手だとそういうのできないし、その内『してみたい』って気持ちが爆発したら、誰か別の女の人相手にそういうことしちゃうかもしれないだろ?」

 年上で、しかも同性である彼を相手に行動を起こし、半ば無理やり体を繋げたのはレンの方からだ。彼以外とそういう関係になるつもりなど更々ないにも関わらず、レンはそんなことを嘯いた。
 具体的にその光景を想像したのだろうか、カイトの目にゆるゆると涙が溜まり始める。

「ね? 泣くくらい嫌なんでしょう? だったらさ、ほら」

 折角今は女の身体を持っているのだから、と。
 従順で一途でいじらしい兄の耳元で、レンは甘ったるい声で唆す。

「じっくり、見せて、弄らせて?」
 兄さんのオンナノコの部分。

 直接鼓膜へ息を吹きかけるように囁けば、小さく震えたカイトはそのままこくり、と頷いた。




ブラウザバックでお戻りください。
2010.09.24





















…………騙されてるよ!

リクエスト、ありがとうございました。