未来の旦那さま フレンの幼馴染は、思わず目で追ってしまうほど綺麗な双子の兄妹だった。 男女での双子の場合基本的には二卵性双生児であるため外見が類似する、ということはあまりないだろう。しかし、彼らの場合は違った。類似どころではない、酷似、だ。違う点を挙げるとすれば、性別、それによる体格。普通ならば名前も違う、と言えるのだろうが、残念ながら彼ら双子は名前までもが同じ。さすがに同じ呼びかけでは混乱するため、兄の方をそのまま「ユーリ」と呼び、妹を「ユー」と略して呼ぶのが親しいものの間での決まりごとになっていた。 ユーリとユー、双子の兄妹は、綺麗な白い肌も艶やかな黒髪もひっそりと煌めく紫黒の瞳も、人をからかう様に笑う表情も、その仕草も更に性格に至るまで何もかもが本当によく似ていた。その上異性の兄妹ではありえないほどに仲がいい。それぞれ一人でいる姿を見るのは授業中だけではないか、と噂がたつほどだ。 ただでさえ整った容姿で人目につくというのに、それが二人揃っているものだから、学園内で彼ら双子を知らないものはいない。しかしだからといって本人たちがそれを気にしているかと言えばまったくそのようなことはなく、他人の視線などどこ吹く風、今日もまた彼らは気の向くまま好きなように行動している。 「なぁ、フレンって童貞?」 突如投げかけられた幼馴染からの質問に、思わずがくり、と肘が折れた。額をぶつける寸前で何とか体勢を整えて座りなおし、「何、いきなり」と右隣の席で暇そうに雑誌をめくっているユーリへ問い返す。 生徒会の作業が多少残っていたため放課後に残って終わらせる、とそう言ったフレンを、心優しい幼馴染たちは待つ、と申し出てくれた。双子の妹は喉が渇いた、と自販機へ飲み物を買いに出ており席を外している。生徒会室に残っているのは男二人だけだ。 だからユーリもそのようなことを口にしたのかもしれない。 「つか、そもそもお前、彼女とかいたことあるっけ?」 幼いころから誰よりも時間を共有し、もはや兄弟と言ってもいいほど親しい間柄であるため、隠し事をする方が難しい。フレン自身は隠すつもりもないため、「いや、ないよ、全然」と正直に答える。告白されたことはあるが、親しく付き合った相手はまだいない。 「だよなぁ。つーことは童貞か」 生真面目なところのあるフレンが、付き合ってもいない相手とどうこうなるなど考えられない、そうユーリは決めつけるが、間違いではないため否定も出来ない。しかし事実だからといって連呼されたいものでもなく、眉を顰めて「人のこと、言えるの」と返しておいた。 「や、言えないけど。オレはいいんだよ、お前がどうかってのが気になっただけ」 そうか童貞か、としみじみ呟かれ、さすがに腹が立ってくる。しかし相手にしたところで口で丸めこまれそうで、それよりもさっさと作業を終わらせてしまった方がいいだろう、と机の上に広げた資料へ視線を落とした。 どうやら会話を続ける気はなかったようで、ユーリは黙ったまま漫画雑誌のページをめくっている。しばらく室内に紙をめくる小さな音だけが響く時間が続いたところで、がらり、と教室のドアが開いた。 「ボタン押し間違えた」 入ってくるなりそう嘆いた彼女の手には紙パックのジュースが一つに缶が二つ。イチゴオレとメロンソーダ、それにコーヒー。前二つは甘党の極みにいる兄妹のもので、コーヒーがフレンのために買ってきてくれたものだろう、と想像つくが何を間違えたというのだろう。フレンが首を傾げたところで、「げ、これ、熱い」とコーヒーに触れたユーリが声を上げた。 「つーかさ、何で夏にホットのコーヒーを置いとくかな、あの自販機」 「押し間違えるバカがいるとは思ってなかったんじゃね?」 「うっせーよ、バカ」 そう言い返しながらも彼女はがっくりと肩を落とす。 「悪ぃ、フレン。これオレが飲むから、どっちか好きなの、選んで」 兄に影響されてなのか、彼女は可愛らしい容姿をしているにも関わらず一人称が「オレ」だ。直した方がいいんじゃないか、とそれとなく言ってみたことはあるが、「オレが『私』とか言ってるみたいでなんかキモイ」と彼女の兄に嫌がられる始末。声の高さが違うのだからそんなことはないと思うのだが、どうにも受け付けないらしい。 妹の不始末は兄の不始末とでもいうかのように、ユーリもまた先にフレンへ選ばせてくれるようだ。飲み物へ手を出さない双子を前に苦笑を浮かべ、「いいよ、温かいコーヒーで」と指をさす。 「や、でも……」 「今は甘いものよりコーヒーの方が飲みたい気分だし。これ、奢りね」 彼女は受け取らなかったかもしれないが、フレンは一応代金を渡すつもりでいた。たとえどれだけ親しくとも、そう言った点でフレンは律儀な性格をしている。双子もそれと分かっているため、フレンの方からの申し出に「サンキュ」と礼を口にした。 兄はイチゴオレを、妹はメロンソーダをそれぞれ手に取る。どちらにするか、という相談が双子の間でなされることがないのはいつものこと。まるで尋ねずとも分かっているかのように彼らは行動する。おそらく、第三者には分からない何らかの通信手段があるのだ、とフレンは勝手に思っていた。 ユーリが開いている漫画を覗き込みながら隣へ座った妹へ、「そういえばさ、」と兄が口を開く。 「フレン、童貞だってさ。良かったな、ユー」 「へぇ、そうなんだ。まあ彼女とかいた様子ねぇしな。だろうとは思ってたけど」 突如ぶり返された話題に再び額を机にぶつけそうになる。さすがに異性にその話題を振るのはどうだろう、しかも「良かったな」とはどういう意味だ。 「ちょっと、ユーリ!」 若干顔を赤らめて声を荒げるが、双子の兄妹は聞く耳を持つつもりはないようだ。 「さっさと押し倒して既成事実作っちまえばこっちのもんじゃね?」 「そうしていいなら、すぐにでもやるけどさぁ」 兄の言葉に、妹がメロンソーダの缶へ口をつけながら答える。彼らが一体何を言っているのか、理解したくもないフレンは会話を中断することをさっさと諦め、自分の作業に没頭することにした。 「なんだよ、フレンじゃ不満か、お前。つか、オレはフレン以外は認めねぇぞ」 互いにべったりな双子の兄妹は、同じくらいにまた幼馴染であるフレンにもべったりだ。彼氏彼女をそれぞれに作る様子も見せず、幼いころから一緒にいた三人で固まってばかりいた。 「いや、不満どころか、オレだってフレンがいいけど、でもなぁ、ユーリ、考えてもみろよ」 言いながら彼女は、兄の持つイチゴオレのパックへ手を伸ばす。手渡すわけではなく、そのままストローの向きを変えて差し出されたそれを咥え、ずるずると吸い上げた後、「オレがフレンとくっついたらさ」と彼女は言った。 「ユーリ、一人になるじゃん。それは絶対に嫌だ」 「はあ? いやそこは気にするとこじゃなくね?」 「気にするだろ、普通。ユーリがオレを変な男にやりたくないように、オレだってユーリを変な女にはやりたくねぇの」 「じゃあどんな女ならいいんだよ」 妹の持つメロンソーダの缶へ口を寄せ、兄が飲みやすいように缶を傾けてやっている彼女へそう尋ねれば、「……いねぇから困ってんだろ」と返ってきた。 「つか、オレもフレン以外は認めたくねぇ……」 でも男同士だしなぁ、と眉を寄せた妹へ、兄はははっ、と声を上げて笑う。 「じゃあオレら揃ってフレンの世話になるか」 「ぶっちゃけそれでいいんじゃね、とか思う。ほら、オレら、顔一緒だし。ユーリなら女役でもいけるって」 「オレがつっこまれる側かよ。あれ、でもしたらオレ、一生童貞じゃね?」 「大丈夫、三十過ぎたら魔法が使えるようになるらしいから」 「何がどう大丈夫なんだ、それ」 双子の兄妹がくだらなすぎる下ネタを応酬している間、黙々と作業をこなして終わらせたフレンは、付き合っていられない、とばかりに帰り支度を始める。筆記用具やら何やらをしまって鞄を用意し、立ち上がって資料を棚へ戻せば、それと察した双子もまた鞄を手に立ち上がった。 三人揃って教室を出て、施錠をしているフレンの背中で、「ってことになったから」とユーリが脈絡のない言葉を放つ。何のことだ、と思えば、続けられた言葉ですぐに理解した。 「オレら二人揃ってフレンの嫁になるわ」 「美人な嫁さんが二人もできるんだ、ラッキーだな、フレン」 兄の台詞に続けて妹がからかう様にそう口にした。いや、実際にただからかっているだけなのだろう、そうは思うが、はあ、と溜息をついた後、「あのね、二人とも、なんか誤解してるみたいだから言っておくけど」と双子に向き直る。 「僕は昔からそのつもりだったよ。ユーリもユーも、誰にも渡すつもりはないから」 それだけは覚えておいて、とあっさり告げられた言葉に、双子の表情が固まった。 目を見開いて驚いている二人を置いて、フレンはさっさと廊下を歩きだしてしまう。その背中を見やりながら、「おい」と先に口を開いたのは妹の方。 「今の……どこまで本気だと思う?」 「……あいつの場合、100パーマジだろ」 どう考えても、と呆然とした口調で兄が答えれば、「だよな、やっぱり」と妹も頬を引きつらせた。顔を見合わせて、同時に溜息。 「まあ、いっか……」 「だな。相手、フレンだし」 あの幼馴染がそう簡単にこちらを逃がしてくれるとも思えない、そう意見の一致をみた双子は、とりあえず未来の旦那を追いかけることにした。 ブラウザバックでお戻りください。 2010.09.03
双子ネタ。 フリーダムなユーリさんズと、相変わらずなフレンさん。 リクエスト、ありがとうございました! |