金の斧、銀の斧、ときおり人面魚


 きこりが斧を泉に落とすと、現れるのは女神と相場が決まっている。

「あなたが落としたのはこの金の斧ですか?」

 そんな問いかけをぜひしてもらいたいものだ、金や銀の斧を持ってくるでなくとも、せめて選択肢くらいは与えてもらいたいものだ。
 ばしゃん、と派手な音を立てて不思議な泉へ落ちた間抜けなリーダが、全身をずぶ濡れにして這い上がってきたとき、その小さな頭を見下ろしてククールは思っていた。

「あ、兄貴?」

 エイト至上主義であるヤンガスが恐る恐る声をかけたのは、漆黒の髪を持つ少年。いつも巻いているバンダナを手にふるふると頭を振った彼は、顔を上げて眉を顰める。

「ヤンガス、か?」

 首を傾げたその声も表情も、どこからどう見てもエイトであるのに、どうしてだかいつもの彼とは違う雰囲気を全員が感じとっていた。

「ええと、エイトの兄貴、でがすよね?」

 首を傾げてそう言ったヤンガスの側を通り過ぎ、エイトへ近寄ったのは銀髪を揺らした赤い騎士。しゃがみ込んで少年の顎を掴む。驚いたように目を見開いたエイトの顔をまじまじと見つめ、ぽつり、言った。

「目の色も違うな」

 その言葉に心配そうな顔をしていたゼシカも歩み寄り、「あら、ほんと。綺麗な茶色ね」と呟く。
 彼らが日々迷惑を被りながらも従っていたリーダ、エイトは漆黒の瞳に茶色い髪の毛を持つ少年だ。ところが今彼らの前にいるのは、茶色い瞳に漆黒の髪の毛を持つエイトによく似た少年。

「ククールに、ゼシカ……?」

 泉から体を引き上げたエイトは、濡れた髪の毛を掻きあげて仲間たちをくるりと見回す。泉から少し離れた場所にはトロデ王とミーティア姫もおり、彼らへも視線を向けた後、少年は「違う」と呟いた。

「陛下の肌は緑じゃなくて青だ。姫殿下も、白馬ではなく黒馬。ゼシカの髪は金色だし、ヤンガスはもっと痩せてるし、ククールはもっと髪の毛が短い」

 僕が知ってるみんなと少しずつ違う、と。
 その言葉に「あ、理解した」とククールが小さく声を上げる。

「こいつ、オレらが知ってるエイトじゃねぇ」
「だな、明らかに違ぇ」
「あの子、自分のことを『僕』っていうときはもっと可愛く言うものね」

 あの少年ならば面白そうだから、という理由だけで突然演技を始めるくらいやってのけそうだったが、それならばそれと見破る自信は皆持っている。伊達にエイトと共に長い時間を過ごしてはいないのだ。
 顔を見合わせたメンバはそれぞれそう口にし、そのあと一斉にリーダが落ちた泉へと目を向けた。原因はどう考えてもこの泉としか思えない。

「質問。とりあえず、お前は今までオレらによく似た仲間と一緒にいたんだな?」

 小さく手を挙げて尋ねたククールへ視線を向け、少年はこくりと頷く。

「姫殿下に泉の水を飲ませてさしあげたくてここに来ていた。休憩をしてたら風が吹いて、バンダナが飛ばされてしまって」
「追いかけて泉に落ちたのね」

 言葉を引き継いでゼシカが言えば、「間抜けな話だが」とエイトは肩を竦める。

「いや、全然、間抜けでも何でもねぇぞ」
「そうね、こっちのエイトが泉に飛び込んだ理由に比べれば、全然マシね」
「……エイトの兄貴、ちゃんと人面魚、捕まえられたかなぁ」

 はぁ、と大きくため息をついてそう口にした三人を、黒髪のエイトはきょとんとした顔で見るしかなかった。
 泉から現れた少し違うエイトはこことは違う別の世界からやってきたらしい、というのがとりあえずの結論となる。暗黒神とかいるんだからそういう世界があってもいいんじゃねぇの、とどこか投げやりな言葉を放つククールへ、ロマンがあっていいじゃない、とゼシカが苦笑を浮かべて言った。別の世界のエイトがここにいるということは、おそらくは彼が元々いた世界にはこちらにいたエイトが行っているはずで。

「大変だ、兄貴、探さねぇと!」

 きっと一人で寂しがってるでがす、と慌て始めたヤンガスへ、「僕も、元の世界へ戻らないと」とエイトが神妙な顔で頷く。違う世界とはいえ、彼らだっておそらくは似たような理由で旅をしているはずだ。こんなところで足止めを食らっている場合ではないのだろう。当然、こちらもこんなところで立ち止まっている場合ではない。
 泉からやって来たのなら、戻るべき道もまた泉にあると思うのがごく普通の思考回路だ。とりあえずもう一度飛び込んでみる、というのもまた一番手っ取り早く試すことのできる手段。

「…………冷たい」
「ダメ、みたいだな」

 大きな音を立てて先ほどと同じような場所へ飛び込んでみるが、ぶくぶくと泡を立てて沈んだのち、顔を上げたエイトはやはり黒い髪の毛のままだった。一度失敗しただけで諦めることはできず、そのあと二度、三度とエイトは試していたが、すべて無駄に終わる。

「タイミングかあるいは時間、ってのも考えられるな」
「二人のエイトが同時に飛び込んだ、とか、あの時間あの場所でだけ入れ替わりが起こるとかってことね」

 泉の縁へ上がってきたエイトは濡れた上着を脱いで無言のまま絞っている。その側で頭脳労働組二人が顔を突き合わせて相談していた。今はっきりと分かることは、このまま延々と飛び込み続けても進展はしないだろうことくらいである。

「竜神王に話を聞きに行くって手もあるしな」

 とりあえず今日のところは一旦引き揚げよう、という方向で話が纏まった。

「それがいい、このままじゃ兄貴が風邪引いちまう」

 この不思議な泉は森の奥にあり、さほど暖かい場所とは言えない。いくら丈夫なエイトとはいえ、そう何度も泉に入り、また濡れた体のままでいれば健康にも良くないだろう。

「すまない、迷惑掛ける」

 神妙な顔をして頭を下げたエイトを前に、仲間たちはどこか苦虫を噛み潰したかのような表情をした。頬を引きつらせる彼らを目にし、どうしてそんな顔をされるのかエイト自身はまったく理解ができない。

「……僕は、そんなに変なことを言ってるだろうか」

 少ししょげたような顔をしてそういうエイトへ、「や、全然! 全然そんなことはねぇでげすよ!」とヤンガスが慌ててフォローを入れる。彼の言葉は嘘偽りではなく、むしろこのエイトは常識的でごく普通のことを言っているのだ。

「だからこそ、なのよね……」

 呟いたゼシカの言葉にヤンガスとククールがこくり、と頷いて同意を示す。そして早く元に戻してやろう、と固く心に誓うのだ。

 こんな真面目でまともなエイトなど、気持ちが悪くて仕方がない。



**  **



 宿を求めて飛んだ先は大陸の端にあるサザンビーク。部屋の手配をいつもどおりゼシカが行い、二部屋取ったツインの鍵の片方をククールへと手渡す。

「部屋割り、は……」

 いつものエイトならばわざわざ説明せずとも分かっていることだが、このエイトは彼とは違う。これでもし泉から現れたものがエイトとはまったく別の容姿をしていたのなら少しは違ったのかもしれないが、たとえ性格や髪の色が異なっていたとしても、一見はエイトにそっくりであるため、違う存在なのだということをうっかり失念してしまうのだ。

「旅を始めたばかりのころは私たちも部屋割りの相談とかしてたわよね」

 懐かしそうにそう言ってゼシカは笑みを浮かべた。

「もう面倒くさいからエイトとククール、私とヤンガスで固定にしちゃったの」
「あ、もちろん、兄貴がククールの野郎と一緒は嫌だってんなら、いくらでも変わりやすよ?」

 ゼシカの横から口を出したヤンガスへ、「失礼なこと言ってんな」とククールが苦笑を浮かべて言う。

「いや、別に構わない。世話になる身だ、こちらに従うが道理だろう」
「……それって、遠まわしにオレと一緒は嫌だ、っつってねぇか?」

 少年の言葉にククールが思わずそう口を出し、それでもエイトは「そんなつもりはない」とにこりとも笑わずに答えた。どうもこのエイトはこちらのエイトに比べて表情が極端に乏しいようだ。これはこれで新鮮だ、と思いながら連れ立って階段を上り、「とりあえず明日の朝、宿の前に集合だからね」というゼシカの声に手を振って部屋へと入る。
 壁に頭を付けたベッドが二つ並んでおり、これもいつもなら何の相談もなくどちらがどちらを使うか決まっている。いつもの癖で窓側のベッドへ荷物を放り投げたところで、はたと気が付いた。

「オレ、こっち使って大丈夫か?」

 振り返って尋ねれば、大人しく入口側のベッドへ荷物(こちらのエイトの荷物だが)を置いていた少年は、「別に、どちらでも」と淡々と返してくる。もしかしたらこのエイトは、こちらの彼が苦手な空も平気なのだろうか。そう思って尋ねてみると、大げさなくらいにエイトは目を見開いてククールを凝視してきた。

「…………何故、知っている」
「そこは同じなのか」

 エイトの反応からして彼も同じように空が苦手だと知る。「こっちのお前に聞いただけだ」と答えれば、少年はどこか腑に落ちないような顔をしながらもそうか、と頷いた。

「つか、お前はさっさと風呂行って温まってこい」

 簡単に水を拭ってはいたが、彼は先ほどまで泉に飛び込んでいたのだ。エイトの荷物を勝手に漁り、着替えをぽい、と投げつけて言えば、受け止めた彼は驚いた顔をしたあと、「分かった」と備え付けのバスルームへと姿を消した。
 エイトと入れ違いにククールも浴室へ向かって汗を流し、髪を拭いながら戻れば、黒髪のエイトはベッドに腰かけたままじっとしている。普段の彼がそんなに大人しければ何かの病気じゃないかと心配になるだろう。今だって、違う存在だと分かっていてもかなり居心地が悪い。

「……暇ならその荷物の中から暇つぶし、探してもいいと思うぞ」

 こちらのエイトの荷物を指さして言えば、ちらりとカバンを見やった後少年は首を横に振る。

「いくら同じ僕とはいえ、ひとの荷物を勝手に漁るのは良くない」
「………………悪ぃ、先に謝っとく」
「何を」
「いや、たぶん、お前の荷物はこっちのエイトがひっくり返してるだろうから」

 普段バカだと罵ってはいるが、ああ見えてエイトは頭の回転は悪くない。戦闘中にしか発揮されていないが、状況を冷静に見極め合理的な判断を下す能力は有している。だからおそらくは向こうの世界へ行ってしまっただろうこちらのエイトも、自分が置かれた現状を把握はしているはずだ。周囲に自分たちと同じような仲間がいれば尚更で、だとすれば、今向こうでも似たような状況になっているだろうと想像できる。

「どうせ同じ俺だろ、とかっつって、好きに漁ってる姿がリアルに想像できる」
 ほんと、マジ、ごめん。

 どうしてエイトの行動をククールが謝罪しなければならないのか、口にしている本人でさえあまり分かっていなかったが、それでも謝りたくなるときだってある。
 窓際のベッドへ少年と向き合うように腰掛け深々と頭を下げれば、やや間を開けたのち、「こちらの僕は、」とエイトが口を開いた。

「僕とはずいぶんと、違う性格、みたいだな」

 その言葉に苦笑を浮かべてまあな、と答える。

「オレが許す、そいつのカバン、ひっくり返してみろ。どんな奴だか分かるぞ」

 ククールに指示され、エイトは躊躇いながらも自分に似た存在の荷物をベッドの上へ並べ始めた。

「…………」
「……あ! このガキ、まだ隠し持ってやがったか」

 全部捨てたと思ってたのに、と言いながらククールが手に取ったのは、パペット小僧が手にしているモンスタの指人形。そのほかに出てくるものは、小瓶に入った飴玉に、棒についた大きなキャンディ、ビスケットにクッキー。けん玉とヨーヨー。錬金用のメモがあるかと思えば、端に奇怪なイラストが入っており内容よりもそちらの方がインパクトが強かった。

「良かった、地図は入ってた」

 あまりにもひどいカバンの中身に眉をひそめていたエイトは、奥底から出てきた地図に僅かに表情を和ませる。本来ならばすぐに取り出せる位置になければならないはずのそれが、いろいろな荷物に押しつぶされていたことはこの際考えないでいるのだろう。

「まあそういう奴なんだよ」

 だからあまり気を張らなくていいぞ、と言えば、エイトはなんとも言えないような顔をした。自分の置かれている状態に戸惑っているのか、あるいはククールの態度に戸惑っているのか。突然今まで自分がいた世界と似ているだけで全く違う場所に飛ばされ、戸惑わない方がおかしいだろうが、それにしても、とククールは思う。

「あのさ、向こうのオレってどんな奴?」

 髪や目の色だけでなく、ここまでエイトの性格も異なっているのだ。髪の毛が短いという向こうの自分も、こちらの自分とは違う性格をしているのだろう。そう思い尋ねれば、「少なくとも君みたいではない」と返ってきた。エイトの顔でエイトの声で「君」と呼びかけられる気持ち悪さに耐えながら「は?」と首を傾げる。

「でもオレなんだろう?」
「容姿は。だが、僕はこんな風に君から話しかけられたことはない」

 なんとなく、その言葉で先ほどからエイトが妙に居心地が悪そうな態度を取っている理由が分かった。

「もしかしてお前ら、仲、悪い?」

 端的に問えば、「悪くなるほどの仲すら成立していない」とエイトは言った。どうやら、ゼシカやヤンガスはともかく、向こうのエイトとククールはプライベートな会話はほとんどしないらしい。
 人間関係など第三者が口を出しても仕方がないし、そもそもククール自身他人をとやかく言うタイプではない。しかしどうしてだろうか、彼がエイトの容姿を持っているからかもしれない。なんとなく口を出したくなってしまう。「それはそれで気の毒だな」と思わず言えば、何故、と首を傾げられた。

「だって一緒に旅はしてんだろ? だったら少しは親しくなっといた方が、精神的に楽そうだけど」

 仮にククールの出会ったエイトが彼のようなタイプであった場合、もしかしたら自分も同じように余所余所しいままだったかもしれない、とふと思う。ククール自身、あまり人と慣れ合うことを得意とせず、どこか一線を引いた付き合いばかり重ねてきた。その線が崩れたのはリーダであるエイトのせいだろう。おかげ、と言うべきか。

「ヤンガスとエイトの愚痴を言いながら飲んでみたり、ゼシカに買物の荷物持ちを無理やりやらされたり、エイトの無茶ぶりに付き合ったり、いろいろめんどくせぇことは多いけど、とりあえずオレは今の関係が気に入ってるし、まったく苦でもねぇよ」

 このエイトの性格が悪い、というつもりは毛頭ないし、彼らの世界ではその方がいいのかもしれない。しかし、自分たちと同じような顔をしたものが、別の世界でぎくしゃくした関係だと聞いてしまえばなんとなく良い気はしないのだ。

「大きな世話かもしれないけどな」

 苦笑して言えば、エイトは生真面目な顔をしていや、と首を振る。

「貴重な意見をありがとう。今までそういったことを気にしたことがなかったが、そうかもしれないな」

 顎に手を当ててしたり顔で頷いている、その顔はエイトそのものなのに、本当に言動が違うだけでこうも発する雰囲気が変わるというのも面白い。正面に座っている少年を見やって、ふとククールはベッドの上に広げたままだった彼の荷物へ目をやった。

「食うか?」

 無造作に広げられたそれらの中からからり、と音の鳴る小瓶を手に取る。いつだったかエイトに強請られて買った飴玉だ。直前の状況がどんなものであれ、たとえ口の中に別の飴玉が入っていたとしても、そう尋ねられたらあの少年は顔全体で喜びを表して「食う!」と手を差し出してくる。もしこのエイトも同じような反応だったら面白いだろうに、というちょっとした好奇心だったのだが。

「……すまない、僕は甘いものが苦手なんだ」

 そう謝罪され、がっくりと肩が落ちた。

「なんかさ、お前、好きなもんとかねぇの? 目の前にあったらテンションが上がるような何か」
「テンション……不思議なタンバリンを鳴らしてもらえれば」
「いやいや、そういう意味じゃなくてな? そういう意味でのテンションじゃなくて!」
「他にどういう上がり方があるんだ? ハリキリチーズか?」
「いや、だからさぁ……」

 本気で首を傾げているらしいエイトを前に、ククールは訥々とこちらのエイトのことを語ってみせた。彼がいかにぶっ飛んだ性格をし、パーティ内をひっかきまわしているのか、を。
 そして最後に付け加えるのだ。

「あんな風になる必要は全然ねぇし、むしろ絶対なるなよと言うけど、でもお前はもうちょっと笑ってもいいんじゃね?」



**  **



 翌日、再び不思議な泉までやってきた一行は、さほど待たずして泉の異変に気が付いた。何かがそこにいるのかあるのか、昨日エイトが落ちたあたりにぽこぽこと泡が立っているのだ。顔を見合わせたあと、とりあえず、とリーダエイトがそちらへ近寄る。岩の上から覗きこみ、何か棒でも刺してみようか、と立ち上がったところで。

「ぶはぁあっ! 苦しかったぁ!」

 ざばん、と水しぶきを立てて姿を現したのは、茶色い髪の毛の少年、こちらの世界のエイトだった。ぜぇぜぇと肩を上下させて息をし、顔の水滴をぬぐった彼は、自分とよく似た人物を目の前に見つけ、「あーっ!」と指さして声を上げた。

「お前、俺だろっ! 向こうの世界の俺っ!」
「……そう、だと思うが」
「もーお前らさぁっお前らさっ! なんなんだよっ!」
「……ちょっとエイト、落ち着きなさいよ」
「兄貴、とりあえず泉から上がってきたらどうでげすか?」

 突然脈絡のないことを叫び出したリーダに安心するやら呆れるやら、呆然としている向こうのエイトを救うため、ゼシカとヤンガスが助け船を出す。くるり、と振り返って仲間たちを見つけたエイトは本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ゼシカだっ、ヤンガスだっ! 俺見てもキスしてこないゼシカだっ! 健康に気を使ってない人情家のヤンガスだっ!」
「……向こうの私ってそんな感じなのね」
「兄貴、なんか、ひでぇ言われような気がするでげす……」
「……悪い、向こうのエイト、ちょっとさすがに、そのパーティをまとめろっつーのは難しいかもしんねぇ」

 ククールが黒髪のエイトへそう謝ったところで、「ククールッ!」とこちらのエイトが目を輝かせる。

「もー、聞いてよっ! 向こうのククール、超つめてーのっ! 俺が何やっても鼻で笑うっつーの? あったまきたから、寝てる間に髪の毛にちっちゃい三つ網一杯作ってやったらすげぇ怒るし!」
「そりゃ怒る。オレでも怒る」
「もぉ、お前らさ、どーいう関係なわけっ? もっと仲良くしとけよ、ばかっ!」

 だんだん、と地団太を踏んでエイトは癇癪を起こす。相当向こうの環境が辛かったのだろう、「俺こっちがいいー」としくしくと泣き真似まで始める始末。

「あー、もう分かった、分かったから、泣かないの」

 そんなエイトの濡れた頭をヤンガスが拭いている間にゼシカが荷物から飴玉取りだして口の中へ突っ込み、ようやくリーダは大人しくなった。もごもごと口を動かしながら、「カバンのなかに飴玉ないしさぁ……」としょげる。

「……な? こういう奴なんだよ」
「理解した。ものすごく理解した」

 エイトの剣幕についていけず、とにかく眺めているしかできなかった向こうのエイトの側まで近寄りククールがそう言えば、黒髪の少年は深々と二度、頷いた。

「ああなれとは言わないし絶対なるなって逆に言うが、まあ、あんなでもやっていけてるってことだけは知っといていいと思うぞ」
「……そう、だな。さすがにあれは無理だけど……ッ?」

 昨夜と同じ言葉を口にしたククールへそう黒髪エイトが相槌を打ったところで、突然少年の言葉が途切れた。眉を寄せて彼を見やれば、どこかその体がぼんやりとして見え、今にも消えてしまいそうな様子だ。

「同じ世界に俺が二人だと都合悪いんだろ」

 先ほどまでの駄々っ子具合はどこへなりを顰めたのか、至極真面目な顔をしてエイトはそう言う。なるほど、と皆が頷いたところで、「世話になった」と黒髪エイトが一同を見渡した。

「色々ありがとう。良い体験をさせてもらった」

 たった一日ではあったが、大人しいエイトというものを知った仲間たちも同じように頷いて笑みを浮かべる。

「なんか大変そうだけど頑張ってね」
「兄貴、どんなアッシでも兄貴の味方でげすからね!」
「あんまり無理、すんなよ」

 それぞれの言葉にゆっくりと頷いて見せ、黒髪のエイトは最後に自分自身と目を合わせる。同じ顔が二つあるというのも妙な気分だ。

「嫌な思いさせたみたいで悪かったな」

 首からタオルを下げている自分へそう言えば、「別に、あれはあれで面白かったからいいけどな」と返ってきた。

「そっちのククールに伝えといてくれ」

 まるで子供のような言葉をエイトが吐き出すと同時に、黒髪エイトの姿は泉の縁から綺麗さっぱりに消えうせてしまっていた。嵐のように現れて去って行った別の世界の存在に、揃って夢をみていたかのような奇妙な感覚だけが残っている。
 しばらく皆で静かに泉を眺めていたところで、リーダが「あ」と小さく声を上げた。

「人面魚、みっけ!」
「少しは学習しろぉおおっ!!」




 ぐに、と体が何かに引っ張られるような感覚が続き、いい加減に息苦しさを覚えたところで唐突に冷たい何かに放り出されたような気がした。光を目指してもがき顔を上げれば、泉の水面が見える。

「ッ、はぁ……どうあっても泉の中なんだな……」

 またずぶ濡れになってしまった体を見下ろして呟き顔を上げれば、こちらの世界の仲間たちの姿が見える。

「お帰り」
「お帰りなせぇでがす、兄貴」

 差しのべられた手を握り、渡されたタオルで水気を拭う。彼らに向こうの自分と過ごした時間の感想を是非とも聞きたかったが、それよりもまず、言わなければならないことがあった。
 木の幹に背を預け、興味なさそうにしていた銀髪の男へ視線を向けると、エイトは口を開いた。

「ばーか、はーげ」
「ッ!? な、んなんだ、いきなりっ!」

 自分に対して向けられた言葉だ、と認識したらしいククールは、目を見開いた後エイトへと歩み寄ってくる。

「いや、向こうの僕からの伝言」

 確かに伝えたからな、と言えば、額を押さえて彼ははぁ、とため息をついた。

「……あのくそガキ」

 向こうのククールはそうでもなかったが、こちらのククールはあまりそのような汚い言葉使いをしない。しかしやはり素は同じなのだろう、思わずといったように零れた言葉にエイトはくすり、と笑みを浮かべた。

「面白い奴だったな」
「……どこが。あいつに比べたらあんたの方が数百倍以上マシだ」

 そうやって笑ってりゃ、もっとマシになる。

 続けられた言葉にエイトはますます笑みを深めた。



「ククール、ちょっと髪の毛がふわふわしてるな」
「……うるさい」




ブラウザバックでお戻りください。
2010.07.14
















これがきっかけで、彼らはちょっとずつ仲良くなれていったんだとか。
黒髪エイトさんの頭の良さをもうちょっと出してあげられたら良かったのですが。
で、エイトさん、人面魚、捕まえられた?
リクエスト、ありがとうございました。