くどく、あまく、


 ローズグレイの瞳を持つその少年は、協会軍に属する司書の一人、のはずだった。始めは年若い彼に違和感を覚え、次にその目を見てぞっとした。
 あいつは、あの男は何かが違う。
 少なくとも他の司書とは同列に語れない。
 要注意人物どころではない、かなり危険な人物で相対することは避けるべき種類のタイプ。
 直感的にそう思った。

 あれはヤバイ、あれはマズイ、
 あの少年は、人の皮を被った、
 バケモノ、だ。

 ひとつの道の協会の目的、繰り返される平凡な世界。

「くだらねぇな」

 その少年はくつり、と喉の奥を震わせて一言でそう切って捨てる。それならばなぜひとつの道の協会に属しているのか。総長である男に従っているのか。

「そんなの、あのおっさんの持ってる本を奪うために決まってんだろ」

 なかなかガードが固くてな。
 くつくつと、楽しそうに少年は笑う。
 総長が持つもの、それはこの世界そのものを表すもの、真正なる一書。唯一なる書。そんなものを手に入れてどうするつもりだ、という問いに少年は答えなかった。
 ただ笑う。
 楽しそうにくつくつと、笑って、言う。

「お前の持つ書を寄こせ」

 かつん、と少年が足を進め、石畳が硬い音を立てた。
 彼が求めるものは真正なる一書であり、肌を纏う線刻の書ではないのではないか。

「それも、欲しい」

 この世のありとあらゆるものを、自分の支配下に置きたい。
 子供のように単純な強欲さであるが故に、彼が本気で口にしていると分かる言葉。そのためならばどんな手段でも取るだろう。
 少年は躊躇わない。
 己が欲しいもののためならば、血で手を汚すことなどどうということもない。むしろそれを汚れだとすら思わない。
 子供、だから。
 手に入れて何がしたいだとか、成長した思考を有する者ならばその裏に様々な思惑が見え隠れする。それを見破り引きだし、付け込むことで会話が成り立つ。
 しかし、少年相手にはそれが通じない。
 欲しい、と口にする彼の裏側には何も、ない。
 ただ、欲しい。
 それだけだ。
 純粋に、ひた向きに。
 本来ならば目を細め、眩しく思うだろうその一途な心を前に、ぞ、と湧きおこる、
 恐怖。

「早く、寄こせ」

 ほら、早く。

 手を差し出し、ちょうだい、と求める。
 きつく睨みつけ、拒否の言葉。求めればもらえる、と思っていたわけではないだろうが、それでも少年は拒絶されたことに驚いたかのように目を見開いた。
 くるり、とした目でこちらを凝視した後。

「ふっ」

 歪む、口元、凶悪なまでに、にたり、と。
 くつくつくつくつ、喉の奥を震わせ、楽しそうに、笑う。
 お前の持つそれ他のとは違ぇよな、と唐突に変わる話題、ころころと思考する対象が変わるのか、掴みきれない。
 得体のしれないものに対する、本能的な恐れ。

「本とか、剣とか杖とか。持ってるヤツを殺したらその場に残ったけど」

 それは本や剣や杖が音を立てて地面に落ちることのできる物体だから、だろう。

「お前を殺したらその書はどうなる?」

 そんなことは所持しているこちらでも知らない。生きているうちに次のものへ継承させ続けてきた。ふわりと消えてなくなることはないだろうから、きっと死体に宿ったままだと思うが、それをどうやって奪い取るか。
 気になるなら試してみればいい、どこか投げやりな言葉。
 生を、この線刻を放棄するつもりはない、しかし避けるべき相手だと判断した少年に一人で相対し、まずい、と思うことすらもうできなかった。
 再び驚いたように目を見開く少年、よく表情の変わるヤツだ、と冷めた目で見やれば、「お前、いいなぁ」と。
 嬉しそうな笑み。
 この顔は知っている、子供が浮かべる表情。
 面白そうな玩具を見つけた。
 そう言っている。
 無邪気すぎて逆に禍々しくさえ見える笑顔を張りつけたまま。

「お前、オレのもんになれ」

 線刻の書ごと寄こせよ、と伸びてきた手、いつの間にか触れるほど近くまで来ていた少年、さらり、と緑の髪の毛を指先で流し、頬へ手を当て、顎を捉えて引き寄せられた。
 真っ直ぐに、たとえ正面に何があろうともただひたすら、前だけを見つめる、残酷なほどに一途な瞳。
 少年の吐息を感じる、くらり、脳が揺れた。
 腰に手を回され、身体ごと更に引き寄せられ、今まさに唇が触れ合う、その瞬間。


「断る」


 一言、しかし少年は何故か今度は驚きを表さず、くつり、喉を震わせた。だったらやっぱ殺してやる、言葉と共に震えた唇が軽く触れ合う。それは舌を絡めた深い口づけとは比べ物にならないほど、
 諄く、甘く、




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2010.10.06
















雰囲気小説その二。
この形式、楽しくて好き。

蜂蜜さま、リクエストありがとうございました!