常に全力!


 ギルド『凛々の明星』の首領カロルが子供を四人、拾ってきた。
 子供といってもカロルより三つか四つは年上だろう。しかし世間一般からすれば子供と分類される年齢。せいぜいがリタと同じ年くらいの彼らは所属できるギルドを探してダングレストを歩いていた、ということだった。

「大体ね、あんたが考えなしにずかずか物をいうから、みんな怒って追い出されちゃんでしょう!?」

 眉を吊り上げて怒る彼女は四人の中の紅一点、茶色がかった灰色の長い髪を二つに結った少女。マリカ、という名前らしい。

「考えなくて物が言えるわけねぇじゃん。考えた上で言ったんだろ。怒るってことは図星だってことじゃねぇか」

 そんなギルドこっちから願い下げだ、と言い切る少年は、意志の強そうな瞳を持っている。マリカと同じような色の髪の毛で、レッシンと言うらしい。

「確かに、今までのギルドはろくでもなさそうだったな」

 こくりと頷き静かに言葉を発したのは、綺麗な長髪を頭の後ろで一つに束ねたジェイルという少年。会話をきく限りでは、率先して口を開くタイプではないらしく、頷いて同意を示しながら、それでもはっきりと自分の意見は言っているようだった。

「まぁなー、そもそもオレらみたいな子供を本気で雇おうってとこは怪しんだ方がいい。ありゃあ、変な仕事を回すつもりだったのか、捨て駒にするつもりだったのか、どっちかだったな」

 尖った耳に触覚を有するクリティア族の少年、リウ。肩を竦めてあっさりと恐ろしいことを口にする彼へ、「嫌なこと言わないでよ」とマリカが眉を寄せた。

「……で、ボス。こいつら、どうすんだ?」

 つい先ほど依頼をこなして戻ってきたばかりで、ユーリはどちらかと言わずとも疲れていた。できればさっさと汗を流して自室で休みたいところなのだが。多少の不機嫌さを含んだ言葉に首領はすまなそうに眉を下げ、「うちに置いてあげようかな、って」と口にする。

「困ってたみたいだし、ギルド探してるっていうし、うちでいいならどうかなって」
「まあカロルが決めたことならオレは口出す気はねぇけど。あんたら、何ができんだ?」

 別に戦えずともギルドでできることは多いが、それでも何もできないものを養ってやる義務はない。多少でもできることがあるのか、と問えば、顔を見合わせた少年少女は順番に口を開いた。

「斬る」
「射る」
「殴る」
「……焼く?」

 レッシンは剣、マリカは弓、ジェイルは拳を武器としているということだろう。端的すぎる答えを口にした子供たちを順番に見やり、一人だけ疑問形であったクリティア族のところで視線を止める。どういう意味だ、という意味を込めて目を細めれば、「あー、えーっと……」と彼は視線を泳がせた。

「オレはあんま、戦うの、得意じゃなくて、術を少し使えるだけっていうか……」

 魔核のほぼすべてを精霊化してしまったため、現存している魔導器で使えるものはほとんどないといってもいい。しかしクリティア族は武醒魔導器なくしても武能を使えたはずで、それならば魔術も可能なのかもしれない。

「あと、リウ、すげぇ頭いいぞ」
「そうそう、こう見えてもね。リウの作戦に従って失敗したこと、ないもんね」
「記憶力もいいしな」

 言葉を濁した友人をフォローするかのように、他三人が口を開く。つまりは司令塔のような役割を持っているらしい、と推測できた。それぞれどれほどの腕があるのかは分からないが、ただギルドに憧れているだけの子供ではないらしい。

「で、ね。ほんとは断ろうかと思ってた魔物討伐の依頼がね、あるんだけど」

 そう言ってカロルが取りだしたのは依頼書だった。今日届けられたらしいが、あいにくと皆それぞれの仕事で出払っており、カロル自身も明後日からノードポリカ方面へ向かう予定になっていた。時間がとれそうもないし、と断りを伝えようかと思っていたところで、ふらり、と現れた四人。

「場所近いし、この人たちがどれだけ強いのか見たいから、ちょっとこれから出かけてこようかな、って」

 カロルの言葉に、レッシンとジェイルは「魔物退治?」「得意分野だな」と頷き合っている。彼らも満更ではない様子で、ふぅ、とユーリは溜息をついた。新しいメンバの能力を試す場とくれば、ユーリ自身もこの目で見ておきたい。それに首領が出かけるというのに、付き添わないわけにはいかないだろう。カロルは大丈夫だよ、と言うが、かりかりと頭をかいて「バカ」とその額をつついた。

「カロル先生になにかあってみろ。オレがレイヴンに殺されるだろ」

 この少年を誰よりも大事にしている男は、現在ユニオントップと騎士団トップからの要請により、騎士団、ギルドの合同演習に顔を出しているはずだ。おそらく数日は身体があかないだろう。

「でも、ユーリ帰ってきたばっかりで疲れてるでしょ?」
「ああ。だからオレは見るだけな。お前らでなんとかしろよ」

 ソファに腰掛ける子供四人は、もちろんそのつもりだ、とこくこくと頷いた。



**  **



 その魔物は森の奥に現れるらしく、向かう道中で「オレ、ついてこなくても良かったなぁ……」とユーリは小さくぼやいた。聞きとめたカロルがあはは、と笑い、事前に口にしていた通り戦闘を避けて一歩引いているリウが、「まあ、見てもらった方が分かりやすいから」と苦笑を浮かべている。しかしそれでも彼の目は先を歩く友人たちから離れることはなく、自分たちを取り囲む森全体の気配を読んでいるかのように神経を研ぎ澄ませているようだった。

「……レッシン、左斜め前から何か来る」

 そうして時折魔物の出現を予測し、声をかけては仲間たちに注意を促している。気配を感じているのか、と問えば、木や風の動きを見ているのだ、と返ってきた。ほんの少しでも不自然さを感じれば、そこに何かがいる、あるいは何かがあるということに違いない、と。
 リウの言葉に返事をすることもなく、腰に佩いた剣を構え、レッシンはとん、と地面を蹴った。ほぼ同時にジェイルも同じ魔物へ突進していき、一人だけ振り返ったマリカは、後ろを歩いていた三人へ向かって弓を構える。マリカの射た矢はカロルの頭上をかすめて、背後から襲いかかろうとしていた魔物の眉間へ突き刺さった。彼らの実力を測るために余計な手出しはしないでおこう、と思っていたが、むしろこれは余計な手を出す隙間などない、と言った方が正しい。
 ジェイルが殴って怯ませた魔物相手にレッシンが斬撃を繰り出し、取りこぼしがないようにマリカが弓を構える。的確なリウの指示とアイテムによる回復支援という彼らのチームワークは見事の一言に尽きた。
 そうして対面したターゲットであるモンスタ。

「でっけぇー……」

 口を開けてそれを見上げていたため、後ろに倒れそうになったレッシンをジェイルが無言のまま支える。とりあえず弓矢を構えるマリカに、若干目を鋭くさせて冷静に魔物を分析するリウ、その彼も一応は使えるのだろう、細身の刀を握っている。本当にまずくなった場合に指を咥えているわけにもいかず、とりあえずフォローのため、ユーリとカロルもそれぞれの武器を構えて待機。
 巨大な植物の姿をしたそのモンスタは、蔓と思われるものを幾本も本体から伸ばし、うねうねと蠢かせていた。あまり健全ではない駄目な大人であるユーリは、思わずいかがわしい方向へ思考を走らせそうになったが慌ててそれを振り払う。とりあえず現段階で自分の周囲にいるのは変態騎士団員ではなく、年端もいかない子供たちなのだ。と、思っていたが、先頭にいたレッシンが蠢く蔓を指さして、「あの動き、エロくね?」と口にし、マリカに殴られていた。

「……とりあえず、蔓に捕まらないように本体叩け。多分切り落としてもまた生えてくるぞ、それ」

 頭痛を堪えるかのように額を抑えリウがそう言い、「なんで分かる」とジェイルが淡々と尋ねた。

「お決まりだから。何なら試してみれば?」

 そうでなければラッキーだ、と言うリウの言葉を合図にしたかのように、レッシンとジェイルが同時に地面を蹴った。

「リウ、本体ってどこよっ!」
「あー、植物だしね。とりあえず蔓と茎は無視。可能性が高いのは蕾の中、あるいは根!」
「根っこぉっ!? どうやったら攻撃できんのよ!」
「だからとりあえず蕾な。中心、雄しべ、狙えるか?」

 魔物と化してしまっているため、それだって確実だというわけではない。しかし、植物に酷似した形をとっていることを考えれば、そのあたりが弱点である可能性は高い。闇雲に攻撃を仕掛けるよりも効率のいい戦闘方法だ。

「……あのリウっての、ほんとに頭の回転が速いな」

 口笛を吹いてそう呟けば、「しかも良く全体を見てるよね」とカロルも感心したように言った。二人はこうして一歩引いているため四人が良く見えるが、リウはもう少し近づいた場所で、自身も蔓と戦いながら指示を出しているのだ。

「やっぱり切り落としても生えてくるな」
「蕾も根も、蔓が邪魔して近づけない」
「ごめん、リウ、あたしの矢も届かない!」

 とりあえず、それぞれ魔物から距離を取った上で声を上げる。

「ユーリならごり押ししてるよね」
「だな。カロルだったらどうする?」
「んー、ボクだったらとりあえず地面に毒でも流す」
「物騒すぎんだろ、そりゃ」

 まず考えなければならないことはあの蔓の動きを止めること、だ。それができないのならばユーリがするであろうように力にものをいわせ、蔓のなかを掻い潜って本体を叩くしかない。

「マリカ、オレの刀、一本貸す。とりあえず、オレらで蔓を端から切って道を作る」

 人数がいるのだから役割を分担することにしたらしい。機動力とパワーのある男三人で蔓を相手にし、蕾、あるいは根に攻撃を加える役をマリカへと託す。いくら次から次に生えてくるとはいえ、さすがに三人がかりで切り落とされてはその再生も間に合わない。ようやく道が開けたその瞬間を逃さずマリカが魔物へ向かって走り、そのタイミングを見極める力、判断力、度胸にユーリが口笛を吹いて感心したのもつかの間。

「ッ! だめっ! リウ、蕾、ものすっごい硬いっ!」

 ガキン、とまるで鉱物を殴ったかのような鋭い音が鼓膜を震わせ、彼女の言葉が事実であることを皆へ伝える。

「マリカ、無理するな!」
「戻れ!」

 ジェイルとレッシンが声を上げ、素直に引いて戻ってきた彼女は、相当力強く切りかかったのか、赤くなった手をひらひらとさせてその熱を冷ました。

「硬いってことはつまり、守らなきゃならないものがあるってことだろ」

 そう判断できただけでも収穫はあった。そして次なる手を考えなければならないのだが、とリウはちらりと背後を振り返った。
 視線の合ったユーリはこちらへ助力の要請が来る、と思ったが、リウは何を言うでもなくすぐに前を向いてしまう。請われればもちろん手助けはするし、だからといって彼らの力不足だと言うつもりは毛頭ない。むしろ、ここは進んで手を貸すべきか、と身体を動かしかけたところで、「レッシン、ジェイル!」とリウが声を上げた。

「蔓を一掃する、引け!」

 彼の言葉にそれぞれが地面を蹴って魔物から距離を取る。

「そのあとで本体が残っているようであれば、三人で飛びかかる、OK?」

 マリカ一人では無理な硬さでも、三人がそれぞれに攻撃を加えればなんとかなるかもしれない。そのリウの言葉に無言のまま三人は頷いた。

「……どうするつもりだ?」
「さあ……」

 そうして魔物の正面にリウだけを残し、三人はそれぞれ左右と後ろへと移動する。その間武器も構えずにただ立っていたリウの回りに、不意に懐かしい波動を覚えた。以前の旅のおり、天才魔道少女がよく操っていたものだ。
 生み出された炎は魔導器を介していないにもかかわらず巨大であり、少年の術力が高いことがうかがえた。

「散っ!」

 生み出したそれを増やしてまるで雨のように魔物へ向かって降らせる。蔓に燃え移って次々と炭になる中、その炎は中心にある茎や蕾へも移っていった。

「なんで始めから魔法、使わなかったんだろう」

 ぽつりと落ちたカロルの疑問に、「オレらがいたからだろ」と答える。術を発動させる前にこちらを伺ったのもそのためだろう。クリティア族とはいえ、皆が術を使えるわけではない。現にユーリたちの知る彼女も、武能は使えても魔術は使えなかったはずだ。魔導器のない今、術を使えるものは非常に限られており、その点で何らかのトラブルにでも巻き込まれたことがあるのだろう。だから何ができるのか、というユーリの問いにも答えを濁していた。
 なるほどね、とカロルが頷いている間も、炎の勢いはとどまる様子を見せない。しかし蔓は焼き落とされているが、蕾や茎にはあまりダメージを与えているようには見えず、ちっ、とユーリが舌打ちをしたところで、不意にすべての炎が消えうせた。

「あ! 蕾が開いてる!」

 カロルがそれに気付いて声を上げると同時に、左右後ろからレッシン、ジェイル、マリカの三人が飛びかかる。レッシンとマリカの剣撃にジェイルの拳撃。一度に受けた蕾がぐらり、と傾いた。

「ユーリ、あれ、こっちに倒れてきてない?」
「……来てるな」
「ここにいたらボクたち……」
「世の女たちが羨むスリムボディになれるんじゃねぇか?」
「スリムっていうより、フラットだよね、多分」
「……まあな」

 そんな無駄口を交わしながら倒れ来る魔物から逃げ、ここまで離れたら大丈夫だろう、と足を止めて振り返れば、花の根元にレッシンが刀を突き立てて切り落としたところだった。どさり、と落ちた花弁の間から雄しべが覗いている。その根元にマリカが刀を振るい、さらに切り離された雄しべへジェイルが拳を繰り出した。そんな三人の後ろでは、残った茎以下をリウが丁寧に燃やしている。

「……容赦ねぇな、お前ら」

 追撃の追撃の追撃を重ねる少年少女を前に多少呆れを含めて言えば、「でもだって、」と四人が同時にこちらを見た。

「普通じゃね?」
「手加減はしない」
「これくらいした方が気持ちいいじゃない」
「復活してこられたらこえーもん」

 それぞれ違う理由が耳に届き、ぶはっ、とユーリは吹き出した。
 もちろん、彼らが凛々の明星へ所属することに異論などあるはずがない。




ブラウザバックでお戻りください。
2010.08.10
















TOVのED後、シトロ組四人が凛々の明星に入る、というものでした。
あんまりほのぼのしてない上に、リウに夢を見すぎだと思います。

リクエスト、ありがとうございました!