勧誘と告白と うちの村のやつら、人間が嫌いなんだよねー、と不健康そうな肌に紫色のイレズミを纏った少年は悪びれなくそう言って笑った。その無邪気さの裏に見え隠れする感情、それが諦めなのか寂しさなのか、あるいは悔み、なのか。いずれにせよマイナスな色を湛えている、なんとなくそう思った時にはもう、その少年から視線を外すことができなくなっていた。 「あんた、うちの団に来いよ」 書というものがどんなものなのか、世界にどういった影響を与えるのか、レッシンたちの持つ書を協会が偽書と呼ぶわけ、そして真正なる一書の存在。それらの説明を懇切丁寧にしてくれてはいたが、レッシンの耳はほぼ素通りしていた。興味がなかった、というよりも、それは自分が聞き覚え、理解する必要のないことだと思ったのだ。それを知っている誰かを側に置いておけば問題はない。 「だから、あんた」 びしっと指を指して、説明をしてくれていた長を指さす。リウ・シエンと名乗った彼は驚きに目を丸くしてレッシンを見た後、盛大に眉を顰めて「なに言ってんの」と口を開いた。 「一応ね、一族のやつらにゃ認められてはねーけど、前の長からこいつも渡されてるし、今はオレが長なの。長のオレがここを離れるなんてできるわけねーだろ」 ぽん、とイレズミの這う腕を叩いて彼は言う。 「でもあんた、ここでやることなんてないんだろ?」 先ほど話した中で、長は書を守ることが唯一の役目だ、というようなことを言っていた。だからこそ集落からも少し離れ、奥まった場所に隠れるように住んでいるのだ、と。 「この場所自体、協会に知られちまったし、さっきみたいに司書が襲ってくるようになる。今はオレらがいるからいいけど、帰った後あんた、どうすんだ? あんたや村のやつらだけであいつらを追い返せるのか?」 矢継ぎ早にぽんぽんと言葉を繰り出され、リウ・シエンはう、と呻いてレッシンを見つめる。 彼らスクライブ一族は生物学的に人間とは異なる位置にいる種族であり、書に対する深い知識と造詣を持つ。人間に比べ体力が劣る代わりに記憶力と洞察力に優れているという話で、その中でもこの長は年若い割に非常に頭の回転が速い、と昨日案内してくれた青年に聞いた。そんな彼が今レッシンが口にしたことに気付いていないはずもない。 「痛いとこ突くねー」と苦笑を浮かべて言ったリウ・シエンへ、「あんた、頭いいんだろ?」とレッシンは更に言葉を続ける。 「書のことだけじゃなくて他にもすげぇ色々知ってるって聞いた」 「……誰だ、そんなこと言う奴」 「あのルオ・タウ、つったっけ? 外で待ってるレン・リインってのも同じようなこと言ってたぞ」 その二人は村の中で唯一とも言えるリウ・シエンの理解者だ。そりゃ身内びいきだろ、と肩を竦めた所で、だから、とレッシンは一歩踏み出して長へと近づいた。 「あんた、うちの団に来い。うちの団、基本力で突っ走るやつらばっかりだからな。今は何とかなってっけど、多分これからはそれじゃあどうしようもできなくなる。あんたみたいな、頭で考えられるヤツが要るんだ」 ただ彼がスクライブの長で、書を持っているからこんな提案をしているわけではない。先ほど司書の一人が襲撃に来た際、彼はそれを予測していたように的確な指示を出していた。きっとこの少年は動かすひとの数が増えたとしても、同じように上手く配置するだろう、そう思ったのだ。 「良いから来いよ」 そう言って長の腕を取る。一度書に触れさせて貰っているため体温を感じるのは初めてではないが、それでもその腕の細さに僅かに驚いてしまう。こんなに頼りない体で滅んだ世界の記憶を背負い、レッシンたちを世界の狭間から引きもどし、襲撃してきた司書を撃退したのだ。そう思うと益々逃したくない。 「ちょっ、強引、すぎんだろっ!」 ぐい、と腕を引かれよろけそうになった長は、慌てて足に力を入れてその場に踏みとどまる。渾身の力でレッシンから腕を奪い返そうとしているようだが、残念ながら一切効果はないようだった。 「オレのこと、人さらいだって思ってもいい! 文句ならあとで聞いてやる!」 「いやいやいやっ! 今聞いて、今っ! ていうかその台詞、オレに対して言う台詞じゃないよねっ!?」 腕を掴まれたままぶんぶんと上下に振る。勢いでようやく取り戻せた腕をさすりながら、リウ・シエンははあ、と大きくため息をついた。 「つかさ、あんた、」 「あんたじゃねぇ、レッシン、だ」 訂正すれば呆れたような視線を向けられた後もう一度ため息をついて、「レッシン」と呼び直される。どうでも良さそうに吐き出された言葉だったが、それでも彼の口から名を呼ばれたのだと思うと思わず笑みが浮かんでしまった。 「…………なんで、オレなの。そりゃまあ線刻の書は持ってるけど、知識だけならそれこそルオ・タウでも全然深いぞ。他の一族の連中だって似たようなもんだし」 だから別に自分でなくてもいいだろう、そんなことを言う長へ「そりゃ違う」とレッシンは首を横に振る。 「オレはあんたがいいんだ」 言いきれば、顔を反らせたリウ・シエンが「オレだって『あんた』なんて名前じゃねーっつの」とぼそりと呟く。 「じゃあ、リウ。オレはリウがいいんだ」 なんとなく呼びにくそうだったため、名前の始めだけを口にすれば、何故だか彼は驚いたように目を見開いた後頬を赤く染めた。何か言いかけて口を開き、しかしすぐに諦めてはぁ、と息を吐き出す。 「だから、なんでオレなの」 もう一度同じ問いを繰り返され、レッシンは「そりゃあ、」と首を傾げる。 「惚れたから?」 「………………はぁっ?」 いやていうか、なんで疑問形なの、と続けられた言葉を聞き流しながら、リウの肌を這う線刻を眺め、手を伸ばした。 「ッ!」 するり、と白い肌を撫で指で紫色の線を辿る。ああうん、と何やら一人納得して頷いたレッシンは、顔を上げてリウを見つめた。 「一緒に来い」 オレはリウが欲しい。 後日聞いたところによると、スクライブ一族の中で名前を省略して呼ぶのは基本的には無礼に当たるのだ、と言う。小さな子供同士かあるいは、恋人同士でしか使わない、という話。 「じゃあ別にリウ、って呼んでもいいよな」 ブラウザバックでお戻りください。 2010.09.25
団長の前に続く道は常に一本。 リクエスト、ありがとうございました! |