人知を超えた存在、現象の近くで生きており、また今現在は自分たち自身が人間とは異なる存在ではあるが、物質界で生まれ育ったふたりだ。基本的な感覚(何に恐怖を覚えるか、だとか、何をおぞましいと感じるか、だとか)は人間のそれによく似ている。つまり悪魔だからといって気持ち悪いものが平気になるというわけではないのだ。 そんな双子が、手を繋いだまま恐怖に絶叫した場合どうなるのか。考えるまでもない。 生み出された真っ青な炎が刃となり、触手の化け物へと飛んでいくのである。 何がよくなかったのかと言われたら、双子の兄弟が手を繋いだままであった点であろう。強大なちからを秘める青い炎をその身に飼う双子の悪魔であったが、彼らは身体の一部分を接触させることにより、より炎のちからを強くさせ、また正確に操ることができるようになるのである。 しかし得体の知れないものに対し、無策に突っ込んで行けるほど無謀なふたりではない。燐にはその嫌いも多少あったが、彼のその性格を押さえつけてしまえる程度には、触手の塊は異様な姿をしているのである。 「あああああっ、やばいやばいやばい!」 「ちょ、兄さん! なに攻撃してんの!?」 「俺だけのせいっ!? 手、繋いでんじゃん!」 「だってこれは炎出しちゃうでしょ、普通! なに、手、離してたほうが良かったの!?」 「ぜってーやだ! こわい!」 「僕だってヤダよ、怖いよ!」 パニックになった双子は言葉どおりぎゅうと手を繋いだまま、小声で言い争いをしていた。意図せず攻撃をしかけることになってしまった化け物から、目を離すことができない。青い炎は触手に直撃しており、ぶすぶすと焦げているのが見て取れた。効果がないわけではなさそうだ。これでまったく効いていないだとかであれば一目散に逃げ出すのだが、多少ダメージが通ってしまったことにより、化け物の反応が怖くて背を向けることができないのだ。緑色の目玉は、変わらず双子の姿をじっと見つめてきている。 「……反応、ないな」 「……どうする? このまま逃げる?」 「逃げられる、なら、逃げたい、けど」 しかしどうにもそう簡単に話は進まなさそうだ。燐の第六感がそのような空気を感じ取っている。悪魔のシックスセンスだ、馬鹿にできるものではない。もぞもぞと、触手の塊のどこかで何かが動いているような、そんな、気が。 「ッ!?」 「ぅぉわッ!」 ひゅ、と空を切ったそれを、正確に視認していたわけではない。それこそ第六感で感じ取り、ふたりは同士に地面を蹴って飛び退いた。止まることなく、とん、とん、とん、とさらに背後へとバックステップを繰り返す。たった今までふたりの立っていた地面がわずかにえぐれているのは、目玉お化けから伸ばされた触手が、鋭い勢いで振り下ろされているからだ。 「やっぱりな、やっぱりなぁああっ!」 「まあそうだよね、怒るよね、怒りますよね!」 突然炎で攻撃され、なんの反応もしない生物がいるのなら見てみたい。あの触手を『生物』の括りに入れることはできないだろうが、なんにしろめでたく、燐と雪男を敵と見定めてくれたようだった。びたんっ、びしんっ、と音を立てて襲ってくる触手を避けながら、「どうする?」「どうしよう」と双子は顔を見合わせる。会話だけ聞いていればずいぶん呑気であるようだが、足を止めれば触手にたたきつぶされるか絡め取られるかのどちらかが待っており、彼らの表情も焦りの色が浮かんでいるため余裕などない。ただ付け加えるとすれば、そもそも普通の人間であればこの状態で会話をすること事態が難しいであろうし、そもそも触手の攻撃を避ける(避け続ける)こともできないのだ。 びったん、と双子の間に振り下ろされた触手を、手を離し、左右に飛び別れて避ける。その間にそれぞれ携帯していた武器を構え、つぎつぎと伸びてくる触手を切り払い、撃ち落とし、周囲に空間を作ってから再び肩が触れあうほどの位置に集まって寄り添った。 「ここまできたらもうやるしかないだろ」 「だよねぇ……ぶっちゃけ相手したくないんだけど」 「俺だってそうだよ。見るだけでSAN値減るやつとか、相手にしたくねぇっつの」 「兄さん、狂気に陥ると洒落にならないからやめてね」 「ばか、そりゃおめーもだろ」 どちらかといえば、正気を失った際の危険度は弟のほうが高いと思っている燐である。普段理詰めで考えるタイプは、箍が外れるとどの方向に走るか予想も付かない。たぶん雪男が登場人物の物語があるとするなら、いろいろな意味で読者をはらはらさせているだろう。そんな気がする。 幸いにも現時点で燐も雪男もそこそこ正気を保ってはいる、はずだ。触手化け物を正面にして立っていると不安で今すぐこの場を逃げ出したくなるが、その気持ちもなんとか抑え込むことはできる。たぶん狂気ロールをギリギリ回避できるレベルでのSAN値減少で済んだのだろう。これ以上正気を失う前に、元凶をさっさと消滅させてしまうにかぎる。 襲い来る触手たちはなんど切り払おうと、撃ち抜こうと、次から次に新しいものが伸びてきていた。再生しているのかあるいは百本や二百本など気にする必要もないレベルで生えているのか。いずれにしろこのままでは、触手相手に体力や精神力を削られて終わりだろう。 「これ、全身を燃やすしかないんじゃない!?」 雪男の言葉に、「やっぱりそうかー」と燐は気乗りしない様子だ。青い炎は双子の使える最大の武器ではあるが、最終的に全部燃やして終わらせました、という戦い方ばかりというのも芸がない気がして仕方がない。雪男などはときおり「めんどくさいから全部燃やしちゃおう」と言っているが、たぶん基本的な性格の差だろう。変なところで神経質な我が弟だが、根底は大ざっぱな面倒くさがりだ。 伸びてくる触手を避け、払い、切り捨てて燃やし、少し離れた位置にいる弟も同じように撃ち抜いて化け物の魔の手から逃れている。腐っても悪魔であるためもう数時間は持つだろうが、大きな行動を起こすのなら余力の残っているうちのほうが良い。 なんの合図もなく再び背中を触れあわせる位置に集まった双子は、軽く手を握ったあと、また左右に分かれて触手の叩きつけを避けた。何度か軽い触れ合いを繰り返したのち、指を絡めて手を繋ぎ、ついでに背後で揺れていた黒い尾もくるくると絡めておく。(もちろん雪男も悪魔であるため、燐と同様の黒い尾を持っているのだ。) そうして高めたちからを炎へと変換し、最初の刃よりも大きく、強大な獣を産みだした。地面を蹴って進む青い獣は、大きく開いたくちでがぶり、と触手玉へと牙を立てる。もちろんその程度でダメージを与えられるとは思っていない。獣が噛みついた箇所からぶわり、と青い炎が広がり、三十秒も経たないうちに怪物の全身を包み込んだ。 「……やった、か……?」 思わずといったように呟かれた兄の台詞を耳にとめ、弟はぎくりと身体を強ばらせる。 「兄さん、それ、どう考えても、フラグ……」 大抵どの物語でも激しい戦闘後の『やったか?』という台詞は、倒し切れていなかったという展開に続けるためのものなのだ。しまった、とくちを塞ぐ燐だったがもう遅い。青い炎をまとってパワーアップした触手が一斉に双子の兄弟へと向かってきた。 「心底! 気持ち悪ぃっ!」 うぞうぞと蠢くそれに叫び声をあげた双子の兄は、弟から手を離し愛刀の柄をきつく握りしめる。手は繋げていないが、尾は絡み合ったままであるため炎を使う分に問題はない。 大きく振りかぶった刀を燐がざん、と振り下ろした圧で、こちらに向かって伸びてきていた触手がすべてぶちん、と切り落とされた。おそらく無限に沸いてくるだろう触手であるため、この攻撃は一時しのぎでしかない。しかし、切り落とされ、次が伸びてくるまでのわずかな時間を見逃さない男がひとり。銃を構えた双子の弟は、兄が作り出したそのわずかな時間をくぐり抜けるかのように、青い炎をまとわせた弾丸をまとめて化け物へと撃ち込んだ。場所はもちろん、緑色の目玉のど真ん中、だ。 「……最初からそうやって倒していれば良かったのでは?」 よく分からない世界から化け物を倒して今戻ってきたのだ、と語る双子の兄弟の話に耳を傾けていた悪魔、ちからの繋がり的にふたりの兄にあたる時の王サマエルは、燐の入れてくれた紅茶を啜りながらそんな感想を零す。しかし呑気(であるように聞こえたのだ双子には)なその言葉に、「いやいやいや、無理無理無理!」「何も分かってないですね、フェレス卿は」と全力で否定を返した。そこから彼らの前に現れたものがいかにおぞましく、いかに気持ちが悪く、いかに生理的に受け入れることができないものだったのかを説明されたが、そもそも双子とは異なりサマエルは生まれも育ちも虚無界である。人間基準のふたりの言葉を聞いてもぴんとくるはずもない。 しかしそんなことよりもむしろ、彼らを捕らえ、彼らが倒したという化け物。直接相対したわけではないため想像することしかできないが、一種の神性存在ではないだろうか、という気がしてならない。それもおそらくこの世界、この次元のものではない。違うどこかにいるのかもしれない何か。 双子の炎は神の炎。たとえ違う世界線であろうと、神を殺すことのできるもの。その事実と、実際に神を殺してしまっているという事実に正直頭痛を覚えてくるが、今さら双子の兄弟について脅威を覚えたり悲嘆したりするだけの神経は備わっていない。面倒くさいことになりそうな気配がぷんぷんするため、サマエルは彼らの冒険譚は最初からすべて聞かなかったことにしておいた。 おわり
2019.04.01
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