「ッ、ぁ……」 そうして義眼で己の姿を捕らえた瞬間、レオナルドはがくん、と身体を支えてくれているはずの足場が消滅してしまったかのような、そんな錯覚に襲われた。 自分は確かにここにいる。よく分からない場所ではあるけれども、空と雲に挟まれた空間に突然招き入れられ、どうにかしてここから脱出できないかと足掻いている。神々の義眼を保有しており、それ以外には取り立ててなんの特徴のない、ごくごく普通の一般的な人類。それがレオナルド・ウォッチという男だと思っていた。 しかしそうではない。 そうではないのだ、と。 なぜならば、レオナルドの持つ、いやレオナルドだと思っていたこの存在が持っていると思い込んでいる眼にははっきりと、自分の身体が雲に覆われた床から生えている何かだと映ってしまっているのだ。 自分はレオナルドではない。 レオナルドという名前の人類ではない。けれど、この身体、この名前を持つものとしてここに現れている。それは正面で心配そうにこちらに声をかけてくれている男のせいだ。彼の持つ記憶から生み出されたものなのだ。 レオナルド・ウォッチという存在は、スティーブンという男が大切にしているもの。お互いに愛を囁く関係。スティーブンはレオナルドのことを愛し、そしてレオナルドもスティーブンのことを愛している。そう知っている。 自分はレオナルドという人類ではないが、スティーブンの記憶から生み出されたレオナルドという存在であり、つまりはスティーブンのことを愛し、スティーブンのことを欲するもの。 欲しい。 どくり、と胸の内側であるはずのない心臓が大きく跳ねた。 欲しい、欲しい、欲しい、欲しい。 「レオ? レオナルド、どうした?」 気遣うように名前を呼び、手を伸ばし、肩に触れてくるこの男が。 「……ほしい」 「ッ!?」 しゅるん、と『レオナルド』の背後から這い出たものは、灰色の触手のようなもの。しゅる、しゅるる、と幾本もの触手を呼び出し、伸ばし、愛しい男の身体を捕らえる。警戒はしていたようで多少の攻撃をくらいはしたが、落とされた触手の代わりなどいくらでも生み出せる。 ぎちぎちと、触手に全身を絡め取られ、苦しそうにもがいている男は、もうレオナルドのものだ。 誰にも、渡さない。 おわり
2019.04.01
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