デートの約束


(青エク:雪燐)


 双子の弟は十五歳という年齢の割に非常に忙しい日々を送っている。何もせずにぼぅとすることが苦手な性格だということは知っているが、それにしても働きすぎだ。しかし燐がどれだけ心配しようと素直に聞き入れてもらえることはなく、大丈夫、気にしないで、放っておいての答えしか返ってこない。大丈夫であるようには見えないし、気にしないこともできないし、放っておけないから声を掛けているというのがどうして分からないのだろうか。
 しつこく言ったところで口論になり、結局互いの体力と精神力を削るだけ。せめてちゃんと休む時間を設けるだとか、気分転換をするだとかをしてくれたら良いのだけれど、一度集中すると気が済むまでやろうとしてしまうのは雪男の悪い癖だと思う。
 半分ほど眠りに落ちかけた意識のまま視線を向ける先には、机に向かっている弟の背中。明日は休日なのだから適当に切り上げて明日に回せばいいものの、明日は明日でやりたいことがあるらしい。悪魔薬学の研究だかレポートだかは分からないが、折角の休みにまで頭を使うことをしようとする気持ちが燐には分からない。
 どうにも弟に比べ頭の出来のよろしくない燐には分からないことが多すぎる。
 けれど、馬鹿は馬鹿なりに分かることはあるし、馬鹿にでも察することができるものもあるのだ。

「なぁ、雪男」

 布団の中から声を掛ければ、びくりと弟が身体を竦ませた。「びっくりした、まだ起きてたの」と言いながら視線を向けてくる。確かに時間的には燐はどっぷり夢の中に入っている頃で、眠さのあまり正直雪男の顔ははっきりと見て取れないくらいだ。
 けれどどうしても言っておきたいことがあって、言っておかなければいけない気がして、「お前さ」と上手く回らない舌で言葉を綴る。

「明日、俺と遊ぼうぜ」
「は? いきなり何」

 大体僕、明日はやることが、と続けられそうになった言葉を、「二時間でいいから」と遮る。

「昼の二時間でいいから空けろ」

 言いながら明日は朝から弁当を作ろうと決める。時間が勿体ないから、と食事ですら億劫がる弟を引っ張りだして、どこかでゆっくり昼食を取ろう。なんならもうこの部屋でもいい。行楽弁当を広げて、きっとぶちぶちと文句を言うだろう雪男をなだめながら、ピクニック気分を味わうのだ。

「デートしようぜ、デート」

 兄貴命令だからな、と言葉を続けたかったのだが、結局襲いくる睡魔には勝てずはっきりと言葉になったかどうか、燐には分からなかった。



 一方的な言葉、それを約束だと言っていいものか分からない。そもそも兄として命じるなら「デート」という言葉は如何なものか。文句を言いたいけれど、好き勝手言って満足したらしい相手は既に眠りに落ちている。はぁ、とため息をひとつ。
 至極単純な思考回路を持つ燐が、何を思って突然そんなことを言い出したのか、想像できないわけではない。おそらくというより十中八九、雪男のためを思ってのことだろう。手先は器用なのにその生き方が不器用だと思うけれど、その点については雪男もひとのことを笑えない。きっとこんな誘われ方でなければまた意地を張って突っぱねていただろう。

「……デート、ね」

 モニタに浮かぶ文字の羅列へ視線を戻して小さくそう呟く。言質は取った、それならばせいぜい、明日の昼二時間は、どれだけ燐が嫌がろうが照れようが、それらしく振舞ってやろうではないか。




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2012.03.16
















雪ちゃん、それきっと、諸刃の剣。