腕の中で眠る恋人 (幻水:坊ルク) おそらく色々なことがあり過ぎて、感覚が麻痺してしまっているのだと思う。厚顔無恥、遠慮を知らない、謙遜しない、自信過剰、投げつけられる罵声は様々であったが、腹も立たず否定する気も起きない。それが事実であろうとなかろうと、もはやどうでもいいからだ。他人からの視線も言葉も、自身に対し何ら影響力を持たない。右手に眠る紋章がある限り、世界の理からすらも外れてしまっているのだから。 執着している振りをされても迷惑なだけなんだけど、と敏い風の魔術師はこちらの想いをばっさりと切り捨てる。 酷いよね、ほんと、という呟きはほとんど音になっていなかった。 見つめる先には、枕に頬を埋めて眠る愛しい風の子。昼間、日の光の下で見る時でさえ彼が生きているのかどうか疑問に思う瞬間があるというのに、こんな薄暗い中、しかも目を閉じて微動だにしていない姿を見ていれば、人形か何かなのではないかといつも思ってしまう。触れてその体温やあるいは吐息を確認すればいい、と思いはするが、いつもそれができないまま。もしそれらを感じることができなかったら、と恐れているのか、あるいは逆に、実際にそれらがあることに失望してしまうのを恐れているのかもしれない。 確かに、普段の言動を鑑みれば「演技」だの「振り」だの断じられても仕方がないとは思う、そうであるように仕向けているのは自分自身だ。けれど眠っているのか、はたまた死んでいるのか、分からない彼だからこそ、追いかけてこの腕に繋ぎとめようと必死になっていることだけは確かで、こればかりはきっと「振り」だとは言い切れないだろう。 単純に「好き」という言葉で表すことができる感情であればいいのだけれど、とどこか他人事のように思っていたところで、見つめ続けていた彼の顔に僅かな変化があった。きゅう、と眉が顰められたその表情はむずかる子供のようで、かわいいなぁ、と頬が緩む。何をどう感じ取ったのか、そのまま目を開けた彼はぼんやりとした視線をこちらへ寄越し、手を伸ばした。 「……君も、寝なよ」 少し掠れたその言葉の意味を理解する前に、捕えられた頭を胸元に抱き込まれる。突然のことに思考が追いつかず、「ル、ルック?」と彼の顔を見上げて恐る恐る名を呼ぶが、返事はない。代わりに額へ感じる小さな吐息。 寝ちゃったよこの子は、と呟いた後、腕を回して細い身体を抱きしめる。鼓動も体温もしっかりと感じることができる程に密着し、ようやくほぅ、と全身の力を抜くことができたような気がした。 触れられない、と恐れていた一瞬前の自分はもはやどこにも存在しない。 「……明日起きてから怒られないかなぁ」 きっと今自分がしたことを、目覚めた彼は覚えていないだろう。どんな反応をされるのか、楽しみに思いながらゆっくりと目を閉じた。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.03.30
仲が良いのか悪いのか微妙すぎるふたり。 リクエストありがとうございました! |