「好き」だけが頭を侵食していく。 (ボカロ:レンカイ) 歌うことこそが喜びであり、それを聞いてもらえるからこそ意味を見いだせる。何よりも歌ことが楽しくて、聞いてもらえることが嬉しいという気持ちはもちろん分かるし、そもそも「歌う」ということを他の何かと同列に語ることすらできないのだ。 何せ自分たちは歌うために創られた存在。歌も歌えない自分たちに価値などないだろう。 歌を歌っているときの兄が、聞いてもらえたと喜んでいるときの兄が、幸せそうに笑った兄がレンは好きなのだ。けれど、その歌声も笑顔も自分ひとりだけのものにしてしまいたい、という薄暗い感情をほんの少しばかり持っていることも自覚している。誰にも渡したくない、見せたくない、聞かせたくないと思うくらいには好きで好きで仕方なくて、そのふんわりとした笑顔を崩してぐちゃぐちゃに泣かせたいと思う程度には愛してしまっている。 ねぇ兄さん、とわざと幼い匂いを残した声音で兄を呼ぶ。ベッドヘッドに背を預けて座るカイトの脚の上に向かい合って腰を下ろし、ぎゅうと抱きつく様子は子供が甘えているように見えるだろう。けれど実際のところ、これは愛しいひとをどこにも逃がさないと拘束する檻だ。 「俺のこと、好き?」 ちらりと上目づかいで問いかける。少しだけ驚いたような顔、きょとりと丸くなった真っ青な目が可愛くて、舐めたいな、と頭の片隅で思う。 レンの背を支えていた手を動かし、髪を撫でながら兄は「もちろん好きだよ」と笑った。それが家族としての好きなのか、恋人としての好きなのか、表情からは読み取れなかったし、そもそもレンにとってはどうでもいいことだ。 「どうしたの? 急に」 普段のレンらしからぬ問いかけにカイトがそう尋ねてくるのも想定の内。だって、と用意していた言葉を紡ぐ。 「俺らっていろんな歌、歌うじゃん」 それこそ「好き」だの「愛している」だの、そんな言葉ばかり連なる歌を歌うこともあるわけで、そしてそれは決してレンだけに向けられる言葉ではないのだ。カイトは歌の世界に入り込んで歌うタイプであるため、特に強くそう思う。自分ではない誰かに「好き」と言っているように見えて、面白くない。 そんなレンの子供っぽい言葉に兄は「でも、あれは歌だから、」と苦笑を浮かべる。 「うん、分かってる」 歌は歌。たとえ歌うために創られたものであったとしても、歌がすべて自分たちの感情であるわけではなく、言葉であるわけでもない。そんなことは、レンだって分かっているのだ。 「でも、やっぱりちょっと悲しいからさ」 悲しい、という単語に優しい兄はぴくりと反応する。こうすれば彼が決して断らないということを分かった上での言葉の選択。 「俺だけに『好き』っていっぱい言って?」 そうしたらきっと悲しくなくなるから、と薄い胸に額をすり寄せて乞うてみる。頭上でくすり、と笑う気配。子どもの我儘だ、と思っているのだろう。いや、そう思わせているのだ。いいよ、とカイトが柔らかな声で言った。 「好きだよ、レン。大好き」 まるで歌を歌っているかのように、軽やかに、優しく、ゆっくりと紡がれる言葉。大切そうに舌の上で転がされたそれは、正真正銘レンだけに向けられた兄の感情だ。 「もっといっぱい、たくさん言って?」 そう言いながらカイトの首筋に腕を伸ばしてきゅうと抱きついた。指先で耳朶の裏を擽り、無防備に晒された肩口へ舌を伸ばす。突然仕掛けられた行為に兄が小さく跳ねたが、それを抑え込んで途切れた言葉を非難した。 でもレン、と言いかけたカイトの唇の端にちゅ、とキスを一つ。 「俺がいいよ、って言うまで、止めちゃだめだからね」 ほら兄さん、と促せば戸惑いながらも再び「好き」と言葉を紡ぎ始める。 心地よいリズムに頭が浸食されていく。 優しくて素直で温かい兄の身体を弄りながら、レンはひっそりと口元を歪めた。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.04.27
Sっぽさが出ていれば良いのですが。 リクエスト、ありがとうございました! |