恋する勇気を下さい。


(TOV:レイカロ)


 恋だの愛だのに甘酸っぱい夢を抱く年齢はとうに過ぎた。そもそも一度失った命、誤魔化しの上に辛うじて立っているようなものが、人間的な感情に身を浸すなどただの喜劇でしかない。観客は誰もいない、誰も、己自身すら望んでいない、だから幕を開ける必要もない。真っ暗な劇場で、重たい緞帳の下がった舞台の闇は深い。だからこそ、不意に現れた小さな光がまぶしくて仕方ないのかもしれない。

「ねぇっ! レイヴン、聞いてる!?」

 どこをどう間違えたのか、どう勘違いしているのか。
 小さな手、細い腕で懸命に男の腕を引く少年、「健気」という言葉は彼のためにあるのではないかと思うほど、いつも真剣にこちらへ向かってくれている。

「あーはいはい、聞いてますよー? ユーリちゃんが今日も酷かったって話でしょ」
「そうなんだけど、なんか返事が適当っ!」

 だからさ、ほんと酷いんだってば、と言葉を続ける少年の頬は、興奮のためか怒りのためか赤く染まっており、なんとなく美味しそうだなとそう思った。

「……レイヴン?」
「ん? いや、少年が怒ってるなーって思って」

 ちゃんと話は聞いてるよ、と言いながらも、ふっくらと赤いその頬をつん、と指で突く。そうすればますます膨れるものだから、面白くなってつんつん、と更に指先を押し当てた。
 もうっ、と眉を吊り上げて睨まれても、子犬が威嚇しているようにしか見えず、これ以上怒らせないように笑いを堪える羽目になる。
 少年の話を半分もまともに聞かないような、ろくでもない大人でなく、もっときちんとした、せめて同年代の相手を見つければいいのに、とそう思うけれど、口にしたところで毎回返されるのだ、「ボクはレイヴンがいいの」と。その理由は問うたことがない。聞いても理解できないだろうし、そもそも答えが返ってくるかも分からない。
 けれど、今は少しばかり、聞いてみてもいいかもしれない、とそう思う。

「カロル少年はいっつも一生懸命だねぇ」

 偉い偉い、と話の筋からは大きく外れた言葉でも、頭を撫でてやればえへへ、と嬉しそうに笑う。そんな少年は「だってボク」と自信たっぷりに言うのだ。

「全力でレイヴンが好きだからね!」

 一生懸命にもなるよ、と衒いなく告げられた言葉。
 いつかそのうち、もしかしたら近いうちに、この真っ直ぐな少年に、どうしてこんなにも年の離れた同性を追いかけまわしているのか、尋ねてみようかと思う。
 その答えがどのようなものであっても、カロルの口から零れる言葉だというだけで。
 舞台を閉ざす重たい緞帳を上げ、渦巻く闇へ光を招き入れる勇気を貰えるのかもしれない。




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2012.03.10
















ユーリさんは何をしたの。

リク、ありがとうございました!