触れた手から伝わる「大好き」。 (青エク:雪燐) 任務が立て込んでいただとか、いつも以上に睡眠が足りていなかっただとか、そんな原因があったわけではない。強いて言うなら、春の暖かい日差しと昼食を食べたばかりだという満腹感が悪いのだと思う。 久しぶりによく晴れた土曜日だから、と双子の兄は昼食後張り切って布団を干しに屋上へ向かった。彼が性格に寄らず家事を楽しめるタイプで良かった、と心の底から思う。おかげで兄弟ふたりで生活しているにも関わらず、雪男は衣食住どれを挙げてもほぼ快適な環境を得ることができている。 食費を出しているから何もしなくていい、というのは何か違う気がして、そのうちちゃんと礼なりなんなりしたいと考えてはいたが、具体的に何をするべきか思いつかない。何かプレゼントをしたらよいのか、あるいはどこか遊びに連れていけばいいのか、と考え、どこの家庭の旦那だよ、とセルフツッコミを入れたところまでは覚えている。そもそも塾の授業資料を作成しているときにそんな余所事を考えていたこと自体、集中力が切れていた証拠だ。 ふわり、と頭を撫でられる感触に僅かばかり意識が浮上する。柔らかく髪を梳く指がそのまま耳朶を擽ったかと思えば、掛けたままだった眼鏡を抜き取られた。輪郭を辿るように頬を撫でられ、こめかみをそっと押えたあと、左目の下と口の左下を突かれる。たぶんホクロを辿ったのだろう。 悪魔の血故、兄は昔からひとより力が強かった。考えなしで短気ではあったが、彼がその力を振るうのは大抵弱きもののためだ。しかし不器用な彼の好意はなかなか周囲には理解されず、ただの暴力と捕えられることの方が多かった。乱暴だと思われているらしいこの手が、心まで満たしてくれる料理を作ることや、こうして優しく触れてくれることを知っているのはごく限られたものだけ。 指先が唇を掠めたところで不意に手を上げ、その細い腕を捕える。びくり、とその手が大きく震えたのが分かったが、反射的に身体が動いただけではっきりと覚醒したわけではない。目を開けても視界は歪んでおり(眼鏡がないのだから当然ではあろう)、燐の方を見上げてもどんな表情をしているのかちっとも分からなかった。 兄さんってさ、と紡ぐ言葉はまだ睡魔から抜け切れていないため、もそもそと自分でもよく聞き取れないくらいだったが、雪男にはどうでもいいことで。 「僕のこと、すごい、好きだよね」 好きで好きで仕方がないと、指先からこれでもかというほど伝わってくる。だからこそ兄の手に撫でられることが、こんなにも気持ちいいのだろう。 「僕も、好き、だよ」 兄のことも、宝物のように触れてくれるこの指も。 そんな気持ちが少しでも伝わったらいいのに、と思いながら捕えた手を口元へ引き、指先へちゅう、と吸い付いた。 「………………で、俺はどーしたらいいわけ、これ」 布団を干し終え部屋に戻ったら、弟が机に突っ伏して居眠りをしていた。珍しいこともあるものだ、と思いながら眼鏡を外してやり、昔と変わらない寝顔にほんわりとした気分になっていたところで突然目を開けた雪男に手首を捕まえられる。 「言いたいこと言いやがって」 その上燐の指を咥えたまま再び眠ってしまったのだから、お前は一体いくつの子供なのか、と聞いてやりたい。そう思いながらも自分の椅子を引き寄せてすぐ隣に腰を下ろし、指を弟に与えたまま自分も昼寝に突入しようとしているのだから、先ほど言われた言葉を否定することはたぶんできないのだろう。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.04.18
甘えっこ雪ちゃん。 リクエスト、ありがとうございました! |