告白まで時間が掛かって御免ね。


(青エク:雪燐)


 気持ちだとか感情だとか、そういうものはきっと液体なのだと思う。そして身体あるいは脳、心といったものは、マグカップやグラスと同じようなもの。入れすぎると、溢れて零れて、表面を伝い、テーブルを濡らす。
 この場合、濡れたのは兄の頬、だけれど。


 言うつもりはなかった、一生、それこそ死ぬまで隠し通しておくつもりだった。けれど、ため込み過ぎたそれがふとした瞬間に溢れてしまい、気が付いたら口にしていたのだ、「ずっと好きだったんだ」と。その「好き」が家族として、兄弟としてではないものに彩られていることに、普段は鈍いはずの燐でさえ感じ取れるような声音だったのだろう。でなければ、真っ青な両目からほろほろと溢れる液体の意味が分からない。
 堪えきれずに零れるのなら、せめて燐が聞いていないところでそうするべきだった。後悔の念に押しつぶされる前にごめん何でもない今の忘れて、と捲し立てる。咄嗟に有効的な言い訳を思いつくわけもなく、一度体制を整えて誤魔化しを組み立ててから出直すべきだろう。
 視線を逸らせ背を向けて燐から離れようとすれば、くい、と後ろへ引かれる力を感じる。ちらりと背後を見やり、雪男の服を引く手を確認。

「……遅ぇよ、ばか」

 俯いて紡がれた言葉、どんな表情をしているのか分からなかったが、それでも裾を掴むその手が小さく震えていることに気が付く。そして兄が発した言葉の意味を、その涙のわけを唐突に、けれど正確に理解した。
 沸き起こった感情は変わらず後悔ではあったが、その背景の意味合いは先ほどとはまるで違う。ごめん、ともう一度小さな謝罪を口の中で転がして、手を伸ばした。腕の中に閉じ込めた愛しい存在。おずおずと背中に回された腕が、しがみ付いてくる手が、言葉よりも雄弁に燐の気持ちを語っている。
 言えるわけがなかったのだ。
 たとえどれほど同じような感情を抱いてくれていたのだとしても、悩むことが苦手で基本的に真っ向勝負ばかり仕掛ける性格であったとしても、燐がそれを口にできるはずがなかった。
 何せ彼はもう、ヒトではない。
 いやそもそも生まれたそのときから、ヒトではなかった。
 青い炎をその身に飼う悪魔は、悪魔らしからぬ優しさと遠慮を以て、弟の人間としての幸せを精一杯望んでくれている。だからその気持ちが溢れて零れないように、懸命に蓋をして閉じ込めていた。あるいはときどきグラスの中身を雪男の知らぬどこかへ捨てていたのかもしれない。
 だから遅い、とそう文句を口にする。
 告白が遅い、と。
 いつもならば苛立ちを覚えそうな燐の言葉を、身勝手だとか理不尽だとかはまったく思わなかった。ただひたすら愛おしくて愛おしくて、遅れてごめん、と言う代わりに口にする、「好きだよ。」


 気持ちだとか感情だとか、そういうものはきっと液体なのだと思う。だからこそ、その青い両目から零れるものが、こんなにも綺麗に見えるのだ。
 堪えきれず溢れ、頬を濡らすキモチをひたりと舐め、「これからは、」と額をすり寄せ乞う。

「零して捨てる前に、全部僕に頂戴」




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2012.03.07
















「代わりに僕のを全部あげる」

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