夫婦漫才にならない! (DQ8:クク主) 大して重要なことでもなかった、ふと思い出したことがあり、気になってきたため、どうせ隣のふたりも暇を持て余しているだろう、と軽い気持ちでノックをしたのだ。 「ククール、いる? ちょっと聞きたいことが、」 カチャリ、とドアを開けて中の光景を目にして、ふむ、と一息。とりあえずそっとドアを閉めたすぐあとに、今度は向こうから開かれた。 「一応言っておくけど、オレがそうしろつったわけじゃねぇからな?」 誤解しないように、と釘を刺され、「あらそうなの」と肩を竦めて答える。 「新しいプレイかと思ったわ」 招き入れられた室内の様子(というよりそこにいる人物の状態)を前にさらりと言ったゼシカへ、銀髪の僧侶は勘弁してくれと額を押さえてため息をついた。 「で、プレイじゃないとしたら何してるの、あの子」 ククールの向こう側、部屋の奥にいるのはパーティを纏めるリーダである兵士だ。彼の戦闘能力については正直文句を付ける部分はなく、リーダとしてかなり頼りにしている。しかし、一歩日常生活へ足を踏み入れると途端に彼の脳味噌はまともに物事を考えられなくなってしまうのだ。どこかに切り替えスイッチでもついているのではないかと疑いたくなるほどに。 その残念すぎるリーダの少年は今、ブーツを脱いで正座をし両手を前に投げ出して額を床に擦りつけている。いわゆる、という言葉を添える必要もないほどに、土下座である。どこからどう見ても、立派な土下座である。 一番空間と時間をともにしているためか、少年のはた迷惑な言動に振り回される機会がもっとも多いのはククールだ。僧侶を怒らせ盛大に説教され、「ごめんなさい、もうしません」と謝っている姿を見ることも少なくない。しかしここまで低姿勢なエイトは見たことがなく、だからこそ最初に見たときには新しい遊びでもしているのかと思った。 何かされたのあんた、と件の僧侶に問うてみるが、彼は面倒くさそうに顔を顰めて「別になにも」と言葉を放つ。エイトには視線を向けることなく、背を向けたままだ。何もないならそんな態度でもないだろうに、ともうひとりの当事者へ期待をせずに目を向けてみれば、顔を上げたエイトはククールが自分を見ていないことを確認して音もなくぴょこんと立ち上がった。軽やかな動作は彼の身体が柔らかく、しっかりと筋肉がついているからこそできるものだ。 そんなすばらしい身体能力を有する身体を使って、エイトはククールの背後でぴこぴことなにやら奇妙な動きを始めた。切れのあるその動作はやはり、それなりに素早さと体力があるが故のもので、どう考えても才能の無駄遣いでしかない。どうやら彼は、彼とククールの間に起こった出来事をジェスチャーで伝えようとしているらしい。しゃべるな、とでも怒られたのかもしれない。 「部屋の? ベッド?」 さわさわと、服のこすれる音や腕を振り回す音が聞こえているため、ククールもエイトが何かをしていることに気がついているだろう。けれど決して振り返ろうとはせず、仕方なくエイトのジェスチャーを解読しようと試みてみた。 「猫と? カエルが? しっぽ振って腹踊りしてぴーひゃらら?」 なにそれ。 「いやそれこっちの台詞」 「ごめ、さすがにそれには俺もツッコミ入れさせてくれ」 どこをどうやったらそう見えたの、今のが。 思ったままを口にしてみれば、ククールどころかエイトにまで呆れられてしまった。そもそもカエルが腹踊りしているような動作をするエイトが悪いと思う。 唇を尖らせて文句を言えば、「いや、そうじゃないんだよ、そーじゃなくてね、」とエイトはたしたしと床を踏みならして不満を口にした。 「俺はただ、エイトくんのすばらしいボケを全力でスルーするこのエロ僧侶をどうにかしてもらいたかったんだってば」 「わー、聞くんじゃなかったー」 思った以上にくだらないー、と素直な感情が思わず口からこぼれ、「オレ以上に容赦ないな」と若干口元をひきつらせてククールが言う。仕方がない、本当にそう思ったのだから。 言われた本人はといえばやはりショックを受けているようで、よよよよ、とベッドへ泣き崩れている。だって、だって、とリーダは子供のように鼻をすすり上げながら言った。 「そうしないと夫婦漫才にならないじゃんっ!」 「誰が夫婦だ、誰と、誰がっ!」 エイトの悲痛な叫びに、相方と目されているらしい僧侶が怒声を重ねる。確かに夫婦というより彼らの場合は親子だ。あるいは飼い主とペット。その場合なに漫才と言えばいいのかしらね、と思いながら、「エイト」とその肩へ手を伸ばす。 「ぜ、ゼシカ、さん?」 「いい、エイト」 にっこりと笑いながら少年の肩をつかんだ手にぎりぎりと力を込めた。 「漫才っていうのはね、ただ闇雲にボケてればいいわけじゃないの。いいツッコミっていうのは、計算されたボケにこそ適用されるもの、言葉、タイミング、声量、発音、すべて計算されたボケがあってこそ漫才は漫才になるの。漫才のボケ役はねあんたみたいに『笑われて』るんじゃないの、『笑わせて』るの、」 漫才舐めてんじゃないわよ、と吐き捨てた言葉に言葉をなくしたエイトは、両手をあげて降参を示しながらこくこくと頷く。 「ゼシカ、怖ぇよ……」 ぼそり、後ろで呟かれた僧侶の声はにらみつけて黙らせておいた。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.05.19
ふたりを立派な漫才師にするために敢えて厳しいことを言っているそうです。 リクエスト、ありがとうございました! |