両手を振り回す影を見つけた。 (青エク:雪燐) 梅雨入りを間近に控えた季節にしてはからっと晴れた、いい天気の日だった。日中の気温はじりじりと上がり続け、衣替えを終えたばかりで半袖へと姿を変えた学生たちの肌を太陽が焼く。祓魔師の資格をとってからの何度目かの夏ではあるが、このコートの暑さに泣く日々がまたやってくるらしい。 教科書やノートの詰まったごく一般的な高校生としての荷物を肩から下げ、真っ青な空を見上げてため息。あつい、と誰に聞かせる訳でもない呟きを転がし、旧男子寮への道を急ぐ。午前中授業で今日は塾もない。空いた午後の時間を使って学校の課題をこなすか、塾の資料を作成するか、あるいは兄への個人補習を行うか。できれば全部やっておきたい、と思いながら寮へ戻っている途中で任務を知らせる電話があった。もちろん、一祓魔師としていつでも出られるように最低限のものは常に装備しているため、突然の要請にも問題なく対応できる。時間に余裕があれば寮へ戻って荷物を置いてからでも良かったのだが、現場が近かったこともありそのまま向かったのだ。いつもは持って行かない高校の教科書やらが詰まった鞄を仕事帰りにも提げているのはそんな訳がある。おもい、あつい、と呟き、せめて帰る前にコートを脱いでおけば良かった、と思った。 脱ぐことが面倒だった上、手にする荷物が増えるのが嫌だった。それならば不快感を我慢して着ていた方がましだと判断。双子の兄が聞けば「だったら今からでも脱げよ」と笑って言うだろう。彼はそうと思ったらすぐに行動に移ることができる性格をしているが雪男は違う。そうしてもいいものか、そうするべきなのか、つい深く考えてしまうのだ。瞬時の判断が必要な場ではもちろんぐだぐだと悩んだりはしないが、正直今のようなどうでもいい事柄だとなかなか行動に至るまでの結論を出せない。きっと考えているうちに寮へ辿りついてしまい、やっぱり途中ででも脱いでおけば良かった、とため息をつくことになるだろう。 自分のことをまるで他人のことのように分析しながら歩を進めていたところで、視界に入り込んできた一軒のコンビニエンスストア。旧男子寮から一番近い位置にあるため、兄弟そろってよく世話になっている店舗だ。何か買って帰るものがあっただろうか、と思っていれば不意に店の前で両手を振り回す影を見つけた。 兄さん、と口のなかで転がした言葉を聞くものはいない。けれど「おーい、ゆきおー!」とひとの名前を叫ぶ燐の声を耳にするものは大勢いたようだ。ちらちらと向けられる視線を兄は気にする様子もみせない。はぁ、と大きなため息がまた零れた。 恥ずかしいから止めてよ、と声をかける前にひゅ、と放り投げられたもの。空いた手で受け取れば、それは二つに分けることのできるアイス菓子の片割れだった。もう片方は当然とばかりに燐が咥えている。 「珍しいね、兄さんがゴリゴリくん以外を買うなんて」 肩を並べて戻る途中、ありがたくその恩恵に預かりながら思ったままを口にすれば、「溶けたら困るじゃん」と返ってきた。確かに容器に入ったこのタイプならば多少溶けたところで問題はなさそうだ。ちょっと溶けたくらいの方が食べやすいよねこれ、とまだしっかり固まっており、なかなか吸い上げられないシャーベットに苦戦しながら言った雪男へ、違ぇよ、と燐は否定を口にする。 「アイスじゃなくて、お前が」 溶けたら困るから。 だから、ふたりで一緒に食べられるアイスにしたのだ、と。 何でもないことのようにあっさりと告げられた言葉に「……溶けないよ、たぶん」と視線を逸らせて返す。ふわ、と体温が上昇したような気がしたが、それは黒いコートを着ているせいだ、きっとそうに違いない。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.05.07
パ○コ的な。 |