言い訳だらけの馬鹿ップルに溜息。


(青エク:雪燐)


 せっかくの休日、部屋で好きなことをしようにも、酒がない。仕方なく買い出しにでかけ、ついでに少し歩き回ってみようと思ったのが、その日の彼女の運命をすべて決めてしまうことになる。

「ねぇ、あのひと、かっこ良くない?」
「え、どれ」
「ほら、ジェラート屋のとこの、眼鏡掛けてて背の高い」
「あー……まあ、ちょっと地味だけどイケメンっていえばそうね」
「だよねっ! うわ、普通にタイプかも」
「止めときなよ、どうせ彼女いるって」
「え、なんで?」
「だって、普通男がひとりでアイス買わないでしょ」
「えー……」
「ほら、二つ買った」

「な、あそこ座ってるの、ちょいレベル高くね?」
「あのベンチのとこの?」
「そうそう、黒髪の猫目の子」
「ばか、ありゃ男だろ」
「え、嘘っ」
「体つきが男じゃねぇか」
「えぇーだって、すげぇかわいい顔してるぞ?」
「そうかぁ?」
「そうだって! 如何にも『彼氏待ちしてます!』って顔じゃん」
「ああ……まあ確かに、そう言われれば……」
「お、見ろ、彼氏戻ってきた」

 背後で交わされるおそらくは別々のグループの会話に、若いね若いね、青春だね、と若干枯れた感想を抱きながら彼らが見ているであろう方向へ視線を向け、口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
 家へ戻る前に軽く何か飲んで行こうと適当に選んだカフェ、天気も良かったためオープンテラスの席を選んだのがまずかったのかもしれない。若者の声につられて視線を向けた先には、あまりにもよく知った顔があったのだ。

「おいおいおいおい」

 まじかよ、と彼女、霧隠シュラはひとり小さく呟く。少女たちが顔を寄せ合ってイケメンだのなんだの称していたのは、知人の息子、奥村雪男であった。背が高くて眼鏡という時点でなんとなくあの男を思い浮かべていたのだが、まさかビンゴだったとは。
 休日ということもあり、制服でも祓魔師のコートでもない私服姿の雪男は、確かに客観的に見て女に騒がれそうな容姿、であるような気もしなくもない。が、如何せん小さな頃から知っているためどうあっても「かっこいい」という形容詞が結びつかない。世間一般ではああいうのをイケメンと呼ぶのだ、という認識を抱く程度だ。
 黒のカーゴパンツにスニーカー、英字のプリントされた白いTシャツの上にカーキのジャケットを羽織っている。いつもきっちりと首元を締める服を着ているイメージしかなかったが、意外にラフな格好もできるらしい。

 うん? っつーことは、あれ、もしかして。

 雪男にばれないようにそちらへ視線を向けていたが、少女たちが囁いていたように彼はジェラート屋で買ったらしいジェラートを二つ手にしている。手渡す先にいるのはベンチに腰かけていた人物。いまいち顔が見えなかったというのもあるが、一見で誰だか判断できなかったのは雪男と同じように着ている服がいつもと全くイメージの違うものだったからかもしれない。

 あいつ、燐か!

 いつも髪の毛があちこちに跳ねている頭にはサンバイザーが乗り、白のタンクトップに黒のドレープカーディガンを羽織っている。ファッションにはあまり詳しくないためはっきりと言い切れなかったが、おそらく穿いているズボンはサルエルパンツといわれているようなものだ。ブーツタイプのスニーカーを合わせ、全体的に布が多くひらひらした印象を覚える。お洒落などとは無縁でありそうな少年からは想像もできない姿であったため、すぐに誰だか分からなかったのだ。確かに中性的なファッションであり、女性に見えなくもないのかもしれない。
 差し出された甘味を笑顔で受け取り、そのままぱくりと噛り付く。幸せそうな顔(シュラから見ればただのアホ面だ)をしている少年は、しかし世間一般の目から見れば「可愛い」と称されるらしい。

「ほら、笑った顔、可愛くね?」
「八重歯はポイント高いな」

「ね、あれ、男の子かな、友達じゃない?」
「あー、確かに男っぽいけど、フインキが友達じゃないよ、あれ」

 右斜め後ろの男ふたりと左斜め後ろの女ふたりが交わす会話がそれぞれ耳に届き、シュラは再びコーヒーを吹き出しそうになった。しばらくは飲み物を口に含まない方が良いかもしれない。
 けふ、と小さくせき込んで息を整え、どうしたものかと思いながら双子の様子を見やる。そもそも彼らふたりを師の養子、からかい甲斐のある弟弟子、頭の痛い問題弟子という認識しかしておらず、もしかしたらこのように客観的に眺めるのは初めてかもしれない。双子が普段どのような生活をしているのか、まったく興味がないのだ。

 なんか面白いことでもしてくれりゃ、あとでネタにできるかもな。

 そんなことを思い、ふたりがその場から移動するまでひとまず観察してみることにした。
 休日に兄弟で買い物にきた、といったところか。双子の知り合いが彼らしかいないため一般的にどうなのかは分からないが、男兄弟で一緒に遊ぶというのはよくあることなのだろうか。考えるが、もともとあのふたりは一般の枠からはみ出ているため、考えるだけ無駄なのかもしれないと思い直す。
 手にしたアイスクリームを食べながら、会話を交わしているようだ。身振りを交えて燐が話し、それに頷き相づちを打ちながら、時々雪男が口を開いている。シュラが知る彼らはあまり仲睦まじく話しているようには見えなかったが、兄弟仲は思っていたより良好らしい。

 いや、仲がいいっつーか、あれ……

 先ほど飲み物はもう飲まない方がいいかもしれない、と思ったことなど忘れ、手にしたカップへ口をつけながら思う。そもそもぴったりと身体が密着するほど隣り合って座っているのもどうだろうか。取り出した携帯の画面を弟へ示し、よく見えないのか雪男が顔を寄せ、燐もまた覗き込みながら何やら話をしているが。

 顔が近ぇよ、顔が!

 心の中のツッコミは彼らには届かない。
 一体どんなおもしろいものが写っているのか、けらけらと笑う燐に、珍しく雪男も笑いを零しているようだった。ひとしきりふたりで笑ったあと、弟が兄のもつソフトクリームを指さす。一口ちょうだい、とでも言ったのだろうか、と想像すればその通りで、ほら、と燐が手にしていたアイスを雪男へ差し出した。

 ああああ、待て待て、お前ら待て!

 心の中のツッコミは、残念ながら彼らには届かない。
 燐の手にあるアイスクリームへそのまま口をつけ、今度はお返しにと雪男が差し出す。当然そのままぱくりと食いついた燐は、美味い、と笑っているようだった。

「うわ、超仲良いな」
「つか、ありゃやっぱ彼女だろ、男同士であり得ん」
「なんかもう性別どうでも良くなってきたわ」
「あたしもああいうのやりたい」

 シュラと同じ距離から双子を見ている二組の会話がそれぞれ耳に届き、頭が痛くなってきた。公共の迷惑だから止めろ、と言ってやった方がいいのかもしれないが、しかし彼らの間に入り込みたくない。
 はぁ、とため息をついてまだ半分以上残っているコーヒーへ口をつけた。この場を去ってしまえばいいと分かっているが、それはそれで逃げだしたみたいで気に入らず、何が何でも彼らがいなくなるまで見続けてやろう、と決意を新たに再び視線を戻してみるが、三秒でその決意が打ち砕かれそうになった。
 シュラが見る前で、アイスクリームを食べ終えた雪男が燐の頬に手を伸ばしている。指先で拭うは兄の口の横。そもそも高校生がジェラートを食べるのに、口の周りを汚すというのもどうかと思う。もしかしてわざとやっているのではないかと勘繰りたくなるが、あの少年にそんな頭がないことも良く知っているため本当に天然なのだろう。
 汚れた指先をぺろりと舐めて苦笑する弟を見上げ、少しだけ不服そうに頬を膨らませる。
 やだ可愛い、くそっリア充め、と両隣から紡がれた声を聞きながら、ずずず、と残っていたコーヒーを流し込んだところで。

「ッ!?」

 思わず立ち上がりかけた自分をよく押しとどめたと本気で思う。一体どんな会話をしていたのか、どんな出来事があったというのか。こちらからの視線を塞ぐように雪男が燐の顔を覗き込んでいるのだ。雪男の後頭部しか見えない状態ではあるが、徐々に燐に近づいているように見える。それはあたかも、ふたりがキスをしているかのようで。

 やめっ、ちょっ、ここはお前らの家じゃねぇっつーのっ!

 心の中のツッコミは、以下省略。
 「うわっ」「見えない!」という悲鳴が両隣から起こった。
 若干大きめな声量であったためシュラ以外の客たちの視線も集めてしまっている。しかし彼らが悪いとは決して言い切れない、仕方がないだろう、あのバカ双子の繰り広げる光景が衝撃的すぎた。この際本当にキスしていたかどうかは問題ではない、さすがにそこまではしていないだろうが、とにかく公共の場で必要以上にいちゃつくのは大変に迷惑だ。

 獅郎、てめぇ、どんな教育したんだ。

 亡き師を心の中で罵倒し、手にしていたカップをだん、とテーブルへ力強く戻したところで。

 あ、やば。

 ふと、顔を戻したホクロメガネと目が合った。少しだけ驚いて目を丸くした彼は、隣の兄の腕を叩く。同時に燐もまたこちらへ視線を向け、「あ」と表情を明るくさせた。彼にそこまで懐かれているとは思っていないが、どうやら外で知り合いにあうだけでも楽しめる性格らしい。
 ぴょこん、とベンチから立ち上がった少年は、カーディガンの裾をひらひらと舞わせながらこちらへ走り寄ってくる。

「わ、こっちくる」
「ちょ、近づいてくんだけど」

 先ほど悲鳴を上げてしまった二組がそれぞれ慌てたように小声で囁いているが、安心してもらいたい、彼の目的はただひとつ。

「シュラ!」

 テーブルの側まで走り寄ってきた彼は、何が楽しいのか、にこにこと笑っている。その身体にどんな血が流れているのか理解していたとしても、思わず「無邪気な」という形容詞を使いたくなるような顔だ。

「にゃほー、バカツインズ」

 ひらひらと手を振って若干脱力気味な言葉を口にする。バカツインズってなんだよ、と唇を尖らせた燐へ、「往来でいちゃいちゃするやつらをバカ以外に言いようがねぇだろ」と返しておいた。

「いちゃいちゃ……」

 してたか? と燐は後から追いついてきた弟を見上げて首を傾げる。雪男は雪男でどこまで本気かは分からないが、「さあ?」と首を傾げるものだから、コーヒーを全部飲み干しておいて良かったと心底思った。でなければ、ふざけんな、と彼らへ向かってぶちまけていたかもしれない。

「ただ座ってんのに距離が近すぎんだよ、お前ら」
「だって、くっついてた方が、他のひともベンチに座れるって雪男が」
「アイスの食わせっことか」
「兄さんが食べてるのがおいしそうだったのでつい」
「あと、燐の口、指で拭いてた」
「子供じゃないんだからって怒るけど、優しいよな、雪男!」

 うん、言うだけ無駄な気がしてきた。

「……あと、こっちから見てるとお前ら、キスしてるように見えたんだよ」

 それでも最後の悪あがきとばかりにそう指摘してみれば、途端ぼん、と燐の顔が真っ赤に染まった。
 若干涙目になったままあくあくと口を開閉させてシュラを見た後、弟を見上げてまた視線を戻す。ようするに指摘されるまで気づいていなかったということ、そしてそのように見られて恥ずかしいという感覚は残っているということらしい。
 「ちっ、ちがっ、そんな……っ!」と慌てている兄に比べ神経が太いのか、面の顔が厚いのか。おそらくは両方だろう弟の方は「ははっ、まさか」と笑っている。

「ひとの目の多い場所でそんなことするはずないでしょう?」

 その顔を見て確信した、確実にこの男はすべて分かった上で行動しているのだ、と。
 ひくりと口の端が引きつったが、もはや何を言えばいいのか分からない。とりあえず大きくため息をついて、頑張れお兄ちゃん、と何も分かっていないらしい(頭の中身も含めて)可哀そうな双子の兄を白々しく応援しておいた。
 心の中でだけだったため、もちろんその気持ちは届かない。




ブラウザバックでお戻りください。
2012.05.11
















被害者:シュラさん。と、燐兄ちゃん。

リクエスト、ありがとうございました!