勝敗はいずれこの手の中。 (TOV:フレユリ) 基本的なルールは一つ、「顔面はなし」というものだけ。さすがに目や耳を負傷すれば洒落にならない、というのもあるが、「だってユーリの顔に傷とか、信じられない」と頭の湧いた幼馴染は真剣な顔をして言う。そういえば、小さな頃からどんな喧嘩をしていても彼の拳は顔に飛んでくることはなかったな、と地面を蹴って後ろに飛びのきながら思った。対する男の方も一度距離を取るとしたらしく、とんとん、と軽やかな動作で移動する。 騎士などという役を負い、普段きっちりとした鎧を身に纏っているためか、あるいは単なる性格か、フレンの動きはどうにも直線的なものが多い。そんな男とずっと一緒にいたためユーリの動きが曲線的になりがちなのだと言えば、それは逆だ、と怒られた。 「君が変な動きばっかりだから、僕がこうなったんだ」 彼自身も自分の動きに些か柔らか味が欠けることに気づいているのだろう。少し悔しそうなセリフと共に放たれた魔神剣の斬撃を交わし、「ひとのせいにすんなよ!」と風の斬撃波を放つ。 「先に言ったの、ユーリだろ」 向かってきたそれを剣で叩き落として道を作るあたりフレンらしい思う。彼の言葉に「そういやそうか」と素直に納得すればひくり、と幼馴染の顔面が引きつった、ように見えた。ユーリのこういった、よく言えば柔軟性のある、悪く言えば適当な性格がフレンは我慢ならないらしい。無言のまま振り下ろされた剣を愛刀の腹で受け止める。あまりの重さに小さく舌打ちをして一度力を抜いて膝を曲げた。 「本気で殴りにくるこたねぇだろっ!?」 「生憎と融通の利かない性格してるらしいんでね!」 手を抜くなんて器用なことはできない、と言うフレンの下から抜け出し、身体を回転させるついでに得物を大きく振り回す。刃から逃れるようにフレンが飛びのき、ふたりの間に距離ができたのも一瞬のこと。今度はユーリの方から男の懐に飛び込んだ。くるん、と手の中で刀を回す攻撃はあまり威力は大きくない。けれど連続で繰り出されるそれを、この近距離ですべて避けることは不可能だ。剣を回すなんて、と幼馴染がこの技を見る度に眉を顰めている。 「僕はその技、嫌いだ」 「知っててやってますけど何か」 しれっとそう返せばますますフレンの顔が歪み、盾を構えた左腕でどん、と腹を殴られた。バックステップで避けようとしたが僅かに遅れ、げほ、と咳き込みながら距離を取る。 「盾ってのは殴るためのもんじゃねぇだろ」 軽く腹を庇いながらそう文句を言えば、「身を守るためのものだよね」と返された。攻撃は最大の防御、だなんて一体誰が考えた言葉なのだろう。 「つーか、剣と盾って卑怯じゃね!?」 「だったら君も盾持てば」 そもそも騎士団に入ってちゃんとした戦闘訓練を受けて以来、フレンは盾を装備した戦い方をしてきた。今になってそのようなことに文句をつけられても困る。戦闘スタイルは各個人の身体能力、性格に合ったものを選んでいるのだ、それに対して文句を言うなど「強いのは卑怯」と言っているようなものだ。 「オレに盾とか持てるわけねぇじゃん」 「だろうね。どうせ投げつけて終わるよ」 とにかく前線に出て攻撃を仕掛けることに重きを置くファイターであるため、ユーリには身を守るといった観念がさほどない。再三その点について注意を促していたが、自由な彼がフレンの言葉に耳を傾けたことは一度としてなかった。 「一回痛い目みればいいのに」 「おまっ、それが恋人に対する言葉か?」 ぼそりと呟かれたフレンの言葉にユーリが目を見開いてそう叫んだ。 「あんまりひでぇこと言ってると泣くぞ? 今この場で大泣きしてやるぞ?」 「あはは、面白いこと言うね?」 笑いながらそう言ったフレンが下から切り上げてきた斬撃を受け止めて横に流し、手首を返して愛刀を横に薙ぐ。ガキン、と鈍い金属音が響いたのは、フレンの剣の腹にその刃を止められたからだ。直線的な戦い方をする分、こうしたつばぜり合いになった場合はフレンの方に分が上がることが多い。腕力自体は変わらないはずなのだが、ユーリは若干崩れた姿勢で剣を繰り出すため踏ん張る力が足りないのだ。 力負けをする前に自ら引いて距離を取るのが通常のパターンだが、今日は違った。ユーリが力を抜くより先にフレンが剣を引いたのだ。どういうつもりだ、と考える前に愛刀を頭の上に掲げることができたのは、もはや身体に染みついた反射だろう。ガキン、と金属音が再び響き、両腕に痺れが走る。振り下ろした剣に力を込めながら、「ユーリの泣き顔は好きだけどね」とフレンは口を開く。 「できればベッドの上で見たいね」 少し低めの掠れた声音に一瞬肌がぞわり、と粟立った。見下ろしてくる真っ青な瞳を前に、わざとらしく口端を歪めてみせる。 「だったら、泣かせてみろよ」 ベッドの上で存分に。 本気で剣を交えている最中でもともと気が高ぶっていたところで、そんな声を聴かされてはますます興奮してしまうというもの。明らかに情欲の滲んだ声だ、と自分でも思ったが、彼氏には存外効果があったらしい。 ぐ、と眉間にしわが寄り唇を噛みしめたフレンへ、「エロい顔してんな」と言って腕を大きく振りかぶった。剣を弾き飛ばすほどまではいかなかったが、体勢を崩したフレンが素早く地面を蹴ってユーリから離れる。 「……エロい顔してるのは君だよ、ユーリ」 「そうかぁ? オレはもともとこんな顔」 「じゃあもともとエロいんだね」 「あぁ? ケンカ売ってんのかてめぇは」 性について奔放であることは認めなくもないが、正面からそう言われると腹立たしい。しかもそのユーリを普段良いようにしている男がしれっと、自分は関係ありませんというような顔で言うのが尚更腹が立つ。 いい度胸だボコボコにしてやる、と吼えるユーリへ、できるものならどうぞ、と返すフレン。金と黒の獣が牙を剥きあう光景を前に、「あれ、何やってるの」とパーティメンバである少年が呆れたように言い、「身体でお話してるんじゃないかしら」とクリティア族のアクティブ美女が答えた。「痴話げんかでしょ」と飄々とした雰囲気の中年男が肩を竦めた隣で、握りしめた拳を震わせている少女がひとり。 「何をやってるんですか、ふたりとも! 今すぐに止めなさいっ!」 滅多にないエステリーゼの怒鳴り声にびくり、と身体を竦ませた青年ふたりは、この後皇女の前に正座をさせられこんこんと説教を受ける羽目になる。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.05.09
エステル最強説。 リクエストありがとうございました! |