悲しき相席。


(青エク:雪燐)


 何が悪かったのかと聞かれたら、おそらく天気が悪かったと答えるのが一番正しいだろう。あとはタイミングと、運が悪かった。あいにくの雨で外での昼食が叶わず、どこぞの教室でも行くか、と相談していたところで通りかかった学食。覗き込めばやはり皆がここへ集まっているようでかなりの混雑具合だった。
 諦めてほか探しましょうか、と幼なじみたちへ言ったところで、あ、と小柄な彼がある方向を見やって声を上げる。

「どないした、子猫丸」

 勝呂の問いかけに、「いや、あれ、ほら、あそこ」と三輪が指さした先。

「お。若先生に奥村くんやないの」

 祓魔塾でよく顔を合わせる双子の兄弟が、向かい合って昼食を取っているところだった。普段の高校生活で顔を合わせることの少ない組み合わせで、思わずそちらへ足が向いてしまう。

「偶然やね、こんなところで」

 ひらひらと手を振って声をかければ、箸を咥えたまま顔を上げた兄の方がにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべる。直情型で頭よりも先に身体が動くタイプの彼は、年齢に対しその心が少し幼い部分が見える。今まであまり友達というものがいなかったらしく、その影響もあるのかもしれない。

「お前らも飯食いに来たのか?」

 双子の前には入れ物も内容物も全く同じな弁当が広げられている。手作りであることは明白で若干羨ましく思いながら「正確に言うたら食う場所探しに、やな」と答える。ここの学食は通う生徒の質に合わせてか、庶民からすれば若干高めなのだ。金銭的にそれほど余裕があるわけでもない三人は、基本的に購買で買うパンを昼食としている。

「お天気が悪いでしょう、屋根のある場所、探してたんですよ」

 にこにこと人当たりの良い笑みを浮かべて答える三輪へ、「ああ、僕たちも似たようなものです」と眼鏡の弟が苦笑して答えた。大人数が座れるように、と学食には大きなテーブルがいくつか置かれ、その脇に長いすが設置されている。今双子はテーブルの端で向かい合って食事を取っていたところだったが。

「あ、だったら、お前らここ、座る? 広いから三人くらい座れんじゃね?」

 彼らの隣には女生徒のグループが座っていたが、若干奥へ逃げ気味で、双子とは距離を取っているように見える。確かに燐ひとりで使うスペースにしては広すぎ、詰めれば三人くらいは腰を下ろせそうだ。返事をする前に立ち上がった燐は弁当を向かいへずず、と押しやり、「ゆき、ちょい詰めれ」と弟へ言う。横暴な命令であれば聞かないであろう雪男も知り合いの席確保のためならば、と隣の女子に断りを入れて右へずれた。

「すんません」
「いいえ、早くしないと昼休み、終わってしまいますしね」

 謝罪を述べた勝呂へ雪男はどうぞ、と笑みを浮かべて席を勧める。女の子の隣、と喜んで一番奥に志摩が腰を下ろし、その隣に勝呂、イスの端に三輪がちょこん、と座った。

「助かりました、どこもひとがいっぱいで」

 がさごそと、買ってきたパンの袋を開けながら三輪がそう笑う。

「雨酷ぇもんなぁ」

 俺らもさっきやっとここ座れたとこ、と答える燐たちの弁当は確かに全く箸がつけられていない。いただきます、と律儀に両手を合わせるタイミングが同じなのは、双子だからだろうか。

「しっかし、相変わらず完璧な弁当食うてはるね、奥村くんら」

 俺もたまには手作り弁当が食いたいわぁ、と嘆く志摩へ「どうせ女子からの、って条件つきやろ」と隣の幼なじみがつっこみを入れる。

「当たり前ですやん。男の手作り弁当食うても何の楽しみもあらしまへん」
「悪かったな、男の手作りで」

 力説する志摩へじっとりと座った視線を投げつける燐の横では、あはは、と苦笑しながら雪男が箸を進めていた。雪男の方は何となく分かるが、燐の食べ方が思ったよりも丁寧で綺麗なのは、彼自身が料理を好んでいるからなのかもしれない。
 僕もおにぎりくらいは用意しようかなぁ、と三輪が呟き、米さえ炊ければな、と勝呂が頷く。寮住まいの彼らのもとにある電化製品に、炊飯器は含まれていないのだろう。材料さえ貰えればいくらでも作るけれど、と思うが、あまり勝手なことを安請け合いすればきっと雪男は良い顔をしない。そんなことしてる暇あるの、と眉を顰める様子がありありと思い浮かんだため、余計なことは口にせずただ「大変そーだなぁ」と笑っておくにとどめておいた。

 今日の弁当は彼らの羨むおにぎり(鮭フレーク和えご飯)にエノキ入りミニハンバーグ、トマトとピーマンのマリネ、チーズオムレツといった洋風な作りにしてある。昨日料理本でチーズオムレツを見つけ、そういえば食べたことはないかも、と作ってみたくなったのだ。とろけるチーズを使わなければ冷めても食べられるだろう、と思って普通のスライスチーズを使ってみたのだが、思った通り卵と上手く絡んでいてなかなかいい味だ。これからは弁当のおかずの一品としてレシピに加えておこう、と考えていたところで、ん、と隣の席から小さな声がした。
 どうした、と視線を向ければ、箸を咥えたままの雪男が弁当を見下ろし、そのあと燐の方へ視線を向けてくる。その動きと表情、弁当の中身の減り具合から推察し、少しだけ首を傾げて「これか」ともう一切れ残っていたオムレツを雪男の弁当箱のなかに放り込んだ。なんとなく好きそうな味だな、と思ってはいたのだが、どうやら相当ヒットしたらしい。燐の気が変わらないうちに、とでも思ったのか、雪男は与えられたオムレツをいそいそと口に運び、残っていた自分の分も食べてしまう。

「取らねぇっつーの」

 呆れたようにそう呟くが弟の耳には届いていないようだ。幸せそうに笑みを浮かべたあと、燐の方へ期待に満ちた眼差しを向けてくる。何かしゃべれよ、と思いながらも、「分かった、また作るから」と言えば弟はますます嬉しそうな顔を作った。

「僕、しばらく三食今のオムレツがおかずでも良い……」
「それは俺が嫌だ。つか、卵一切れやったおにーさまに礼はねぇのかよ」

 そう文句を言えば、雪男は「えー」と眉を顰めて自分の弁当箱を見下ろす。礼になりそうなものは、と弟の箸が選んだものはエノキのハンバーグだった。まあそうだろうな、と思っていたが、あろうことかこの双子の弟は小さなハンバーグをさらに半分に割ったのだ。

「てめっ、半分とかなんだそれ!」
「だって僕このハンバーグも好きだし」

 できればあげたくないのだ、という気持ちがこれでもかというほどに伝わってくる。作った側としては気に入ってもらえるのは嬉しいが、いろいろと釈然としないような気もしなくもない。

「……育て方間違えたかな」

 なんでこんな食い意地が張ってんだ、と呆れながら差し出されたハンバーグに食いつく。エノキの歯ごたえの残ったハンバーグは確かに美味い。自分で作ったものであっても美味しい。

「兄さんに育てられた覚えはこれっぽっちもないけど」
「胃袋的な意味で、だ」
「美味しいご飯は少しでも多く食べたいよね。育ち盛りだし」
「お前、これ以上どう育つっつーんだよ」
「僕まだ背、伸びてるけど」
「縮め!」

 無茶言わないでよ、と笑ったところで、ふと。

「……どうかしました?」

 向かいの三人がそれぞれ明後日の方向へ視線を向けていることに気がついた。何かあったのだろうか、と尋ねれば、燐も同じように「どしたんだ、お前ら」と首を傾げる。

「あ、いや、えーっと……」
「…………」
「は、あはは、や、おふたりとも、仲良しさんやなぁ、って思うて……」

 言葉を探す志摩に無言のままの勝呂、乾いた笑いを上げた後そう口にする三輪。彼らが何となく居心地悪そうな雰囲気を醸し出していることは伝わってくるが、何が理由なのか双子にはいまいちよく分からない。顔を合わせて、「仲良し、か?」「さあ?」と首を傾け合っている。
 あんたらのそれを仲良し言わんかったらほかに何を仲良し言えばいいんや、と三人はほぼ同じようなことを思ったが、懸命に言葉を飲み込んでおく。

「おふたりさん、いつも、そんな感じなん?」

 容姿が似ていないため彼らのことを、知らなければ双子だとは分からないだろう。端から見たら同じ中身のお弁当(手作り)を広げた男友達が、おかずの交換をしたり、おかずを食べさせたり、要するにいちゃいちゃべたべた。
 どっからどー見てもただのバカップルですやん、とはさすがに言えなかったが、志摩の問いかけに再び顔を見合わせた双子は「まあな」「大体は」と答える。今のやりとりが彼らのなかで特別なものでないのだとすれば、日頃から似たようなやりとりをしているのだろう。

「この場合リア充爆発しろ、でええんかな……」

 思わずそう呟いた志摩へ、「何言ってんだ?」と双子の兄がきょとんと首を傾げた。

 外はひどい雨で、いつも食事を取っていた中庭を使えそうもなく、たどり着いた学食も込んでいて困っていたところ、双子の好意で確保できた席。その点についてはとても感謝しているけれど、正直な気持ちを述べるならば、視線をどこに向けていいのか分からないこの相席は若干、いやかなり、悲しいものがある。
 彼ら双子のことが嫌いなわけでは決してないが。

「……今後は少し遠慮したいわ」
「同感、ちょお、疲れますね、あれ」
「お邪魔したら悪いですしね……」

 ツインズと別れそれぞれの教室へ戻りながら、三人はそう言葉を交わしてため息をついた。




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2012.05.27
















被害者:京都組。