店員の注文間違いに涙。


(DQ8:クク主)


 注文をするその瞬間、ククールは席を外していた。頼んどいて、と向かいに座っていた少年に自らの注文を伝え、戻ってきたときには既に店員が去った後で結局その少年が何を頼んだのかは知らないままだったのだ。
 先に料理が来たのはククールの方。揃うまで待つという間柄でもないためさっさと空腹を満たすためにフォークを手に取る。ぽつぽつと、どうでもいい下らない会話を交わしながら皿の上を泳ぐパスタを捕まえて摂取していれば、ようやくエイトが頼んだものが来たようだ。お待たせしましたぁ、という少し鼻に掛かった声で給仕の女性が言い、皿がテーブルの上に置かれた。ちらりと伺えばククールと同じパスタではあったが、小さな赤い影がちらちらと見えるのでペペロンチーノだと思われる。
 珍しい、とそう思った。基本的に食べ物の好き嫌いはあまりないようだったが、普段の言動に引っ張られているのかエイトが頼むものは、子供が好きそうなメニューが多い。パスタならミートソース系を好んでいるようだったが、今日はそういう気分ではなかったのだろう。

 そう結論付け、エイトの方を見ずにセットでついてきたスープを口に含んだところで、ふと少年が静かになったことに気が付いた。食べることに集中したいのだろうか、と思えば、どうにもその皿に手を伸ばす様子もない。じっと己の前のペペロンチーノを見おろし、手を伸ばしてメニューを広げて首を傾げる。ぱたむと閉じてもう一度首を傾けたあと、きょろり、とあたりを見回した。しかし目的のものを見つけられなかったのか、しょぼんと表情を曇らせ睨みつける先はやはりペペロンチーノ。次にきょろり、と見回したのは机の周り。フォークやスプーンは目に付く位置にあるため、探しているものは違うもの。
 端にちょんと置かれていたそれに気が付きぱっと顔が明るくなる。いそいそと手を伸ばし、そこに書きとめられた文字を読んで「んー」と小さく唸った。顔をあげ、再び店内をくるりと見回す。つられてククールもあたりを見回してみたが、昼食時から若干ずれた時間であるため、他の客はおらず、そのため店員もカウンタの奥で何やら作業をしているらしく姿が見えない。
 しょぼん、とエイトの表情が再び沈んだところで限界が来た。ぶは、と吹き出したククールは肘をテーブルに付き、額を押えてくつくつと笑いを零す。正面の男が突然笑いだしたことに「な、なにっ!?」とエイトは驚いて目を丸くしていた。

「ど、どした、ククール。ついに壊れた?」

 そんなことを口にする少年へ「ついに、ってどういう意味だアホ」と返し、伝票を手に取る。

「ああ、やっぱミートソース頼んでんじゃん」

 ククールが注文したサーモンクリームの下に、ナスミートの文字。やはり彼はいつも通りにミートソース系のパスタを頼んでいたのだ。くつくつと止まらぬ笑いを零しながら、「運ばれたときにさっさと言えば良かっただろ」と言えば、「だって」と少年は唇を尖らせた。

「俺が間違ったのかと思ったんだもん」

 それで己の記憶を反芻するためにメニューを眺め、店員に尋ねようと思ったが姿が見えず、どうしようかと悩んで伝票の存在を思い出し、確認してやっぱり間違えられたのだという結論に至った。
 取り換えてもらおうかと思ったが相変わらず店員の姿が見えず、持って来られて少し時間が経ってしまっていたため、諦めてこれを食べるしかないのだろうか、と思っていたのだと言う。口の中と胃袋はミートソースを迎え入れる準備をしていたため、なかなか食べる決心が付かなかったらしい。
 馬鹿じゃねぇの、と笑いながら店員を呼び、間違えていることを伝えて新しく作り直してもらった。伝票とものが違うのだからここは堂々としていても問題はないだろう。

「つかさ、自分が頼んだものくらい覚えとけよ」

 ようやく運ばれてきた目当てのものの前に上機嫌でフォークを回しながら少年は「いや、」と口を開く。

「メニュー見ながら『ペペロンチーノ』って『ペペロさんちのスパゲティ』の略なんだろうなぁって」

 そんなことを考えていたものだから思わず口から出てしまったのではないか、とそう紡がれた言葉に、ククールは再びぶはっと吹き出した。




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2012.04.15
















そう思っていた時期が僕にもありません。

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