お揃いの小物を身につけて。


(青エク:雪燐)


 机の上に転がるチェーンと金属片を前に、双子の兄が何やら格闘していた。詳細を伺えばどうやらいつも腰に下げているウォレットチェーンが切れてしまったらしい。壊れたのか、壊したのか微妙なところではあるが、年単位で使っていたものだった記憶はある。

「買い替える金もねぇし、気に入ってっから直せねぇかなと思ってさ」

 チャラチャラと揺れるそのチェーンは確かに途中でぶつりと切れてしまっており、本来の役割を果たすことはできなさそうだ。意外に手先の器用な兄のこと、少し時間をかければ直せてしまえそうではあったが。

「……新しいの、買おうか?」

 ちょうど給料が出たばかりで、先月は急な任務がいくつか入り平常より少し多めに振り込まれていた。ある程度は貯蓄に回すにしても、少しこの寮における生活面での雑貨を買い足そうと考えていたところだ。買ってあげるよ、と言えば、どうした急に、と眉を顰められる。それもそうだろう、普段兄に対し甘さをみせることがほとんどなく、突然すぎる申し出だと自分でも思った。
 しかしほろりと零れた言葉を今さら回収することもできず、要らないならいいけど、と言いかけた言葉を遮って、「いや、いる! 買って!」と燐が叫ぶ。結局、次の休みに買いに出かける約束まで取り付けられてしまった。




 あんまり高いやつはだめだよ、と念を押せば、分かってるって、と返ってくる。並べられたアクセサリ類を楽しそうに見る燐を置いて適当に商品を眺めていれば、「雪男!」と腕を引かれた。

「これ! これがいい」

 そう言って兄が手にしたものは、キラキラと安っぽく輝く銀色ではなく、落ち着いたシックな銀色のチェーンだった。両端のフックの付け根に黒い石の飾りがはめ込まれており、値段は九百八十円とかなり手ごろである。デザイン的にも派手過ぎず、雪男が見ても良いな、と思えるものだ。
 ちらりとそれが掛けられていた売り場を見れば、もう一つ同じものがぶら下がっているのが目に入る。

「……僕も買おうかな」

 二本目のチェーンを手に取って言えば、「お前も財布に付けんの?」と燐が首を傾げた。

「いや、鍵束につけるやつ」

 祓魔師として所持する鍵を纏めてあり、戦闘中に落としたりなくしたりしないように、腰のホルダーへチェーンで繋いである。キーリングを買った時に適当な鎖を選んでつけていたが、なんとなくこのチェーンが気に入ってしまった。同じものなんてつまらない、と嫌がられるかと思えば、燐は「じゃあお前も買っとけ買っとけ」と笑って言う。
 どこか無邪気な雰囲気の兄に背を押され、同じデザインのチェーンを二本、購入することに決めた。


「ちゃんと使えよ?」

 雑貨屋を後にし、夕飯の材料を買って帰ろうとスーパーへ移動している途中、不意に開かれた燐の口から飛び出た言葉。何のことを言っているのか一瞬分からず、きょとんとした雪男へ、「今買ったやつ」と兄が補足する。

「使うよ? 折角買ったんだし」

 雪男に無駄金を払う趣味はなく、代金分は活用させてもらうつもりでいたが、どうしてわざわざ念を押してくるのだろう。素直にその疑問を口にすれば、「いや、なんかお前さ、」と燐は雪男から視線を逸らせて言った。

「『兄さんとお揃いなんてやっぱり恥ずかしい』とか言いそうでさ」
 お揃いとか、すげぇ久しぶりじゃん。

 そう言われて初めて気が付く。確かに小さな頃は持つものすべてがお揃い(あるいは色違いの同じもの)であったのに、いつの間にかそれぞれ違うものを持つようになっていた。双子といえど別個の存在で、それぞれ趣味も好みも異なるのだからそれも至極当然のことである。
 今まで全く気にしたこともなかったが、兄の言うとおり、お揃いのものを持つなど本当に何年振りだろうか。

「…………嫌がるのは兄さんの方だと思ってた」

 それこそ、今彼が口にした「恥ずかしいから」という理由で倦厭しそうだと、勘手に思い込んでいた。兄がお揃いを喜ぶような面を持っていたなんて、予想外すぎてまだ思考が付いていけていない感がある。
 そんな雪男の言葉に、「嫌っつーか、そりゃまあ、恥ずいっつーのもあるけど」と尖った耳を言葉通り赤く染めて燐が言った。

「何か、同じもん持ってたら兄弟って感じ、するじゃん」

 偶然ではなく、あえて揃いのものを選んで身につけるという行為は、それなりに親しい間柄でなければ行わないようなこと。仲の良い友達か、恋人か、あるいは家族という関係がそこにあるように感じるのだ、と燐は言いたいらしい。
 たとえそのようなことをしていなくても、ふたりが兄弟である事実は変わらないし、無くならない。それはごく当たり前の事実であり、燐も理解しているものだとばかり思っていた。彼は、目に見える物体に頼らないとそうであると実感できないとでも言うのだろうか。
 少しだけ苛立ちの混ざった雪男の問いへ、「いや、だって、俺、悪魔だから」と紡がれた言葉にかっ、と頭の中が真っ赤に染まる。それが悲しみなのか怒りなのか、判断する前に燐が続けた言葉は雪男が予想していたものとは全く異なっていて。

「すげぇ欲張りなんだよ」

 悪魔は欲望に忠実であり、その上貪欲だ。欲するものを欲するがまま手を伸ばし、そして得ようとする。

「雪男と繋がってんの、一個でも多い方が良い」

 それがたとえどんなことであっても。
 お揃いの小物を身につけているという些細なことであったとしても。
 繋がっている部分はあればあるだけ良い、多すぎて困るということは決してない。

 血の繋がりだけでは満足できないその貪欲さは、確かに兄自身が口にする通りひどく悪魔らしいものなのかもしれず、その点で言えば雪男もまた確かに魔神の息子であると言えるかもしれなかった。




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2012.04.02
















男子高校生らしい小物をチョイスしようと努力だけしてみた結果がこれだよ。

すみません、遅くなりました。
リクエスト、ありがとうございました!