エンプティモード。


(青エク:雪燐)


 もしこの身体にカラータイマー的な何かが付いているのだとすれば、きっとそれは二日くらい前からピコンピコンと点滅を繰り返しているに違いない。生命活動を維持する機能の低下を知らせる警告ではあるが、肉体的なものではなく主に精神面でのエネルギィ不足を訴えている。
 顔を合わせていないわけではない、寮で同じ部屋なのだから会わない日が続いているわけでもない。ただ雪男が帰宅する時間帯に燐は既に眠っており、ひたすら寝顔しか拝めていないだけだ。立て込む祓魔の仕事に朝も早くから出なければならないため、まともに会話をする時間もない。
 涎を垂らして幸せそうに眠るその顔と、毎日机の上に置かれている「無理すんなホクロメガネ」と書きなぐられたメモ用紙、用意してくれている夜食や弁当だけで精神の栄養を賄うのもそろそろ限界だ。
 うあー、と気の抜けた呻きが唇から零れる。体力的にこの程度の忙しさがきついわけではないが、それだけで動けるほど単純ではないのだ。
 祓魔塾、悪魔薬学講師に与えられている部屋、室内は実験器具に材料、積み上げられた資料で埋まっており、雪男が向かっている机の上にもどっさりとレポートの山。できるだけ早いうちにこれらすべてに目を通し纏めなければならないらしいが、一体誰がやるというのだろう、と若干投げやり気味に思う。
 ぎし、と椅子の背もたれに体重をかけ、あー、ともう一度呻きを零してくすんだ天井を仰いで目を閉じた。

「兄さんを抱きしめたい、キスしたい、ほっぺ撫でたい、耳の先っぽ齧りたい、尻尾触りたい、首とか鎖骨とかおへそとか、身体中舐めたいなぁ」

 欲望しか込められていない呟きに「おい、こら」と聞き覚えのある声でツッコミが入った。振り返らずともそれが誰の声なのか分かる、分からないはずがない、雪男が最愛の兄の声を聴き間違えるわけがない。

「お前、俺がいるの分かってて言っただろ、それ」

 顔を赤くした燐が「ん!」と差し出したものは、今日の夕食として作って来てくれたのだろう、弁当箱だ。燐の言葉には答えず、「ありがと」と笑ってそれを受け取ったところで、不意にその両手に頬を捕えられた。
 むちゅう、と押し付けられた唇は少し冷えてかさついていて、なんて色気のないキスだと思いながらもそれが兄のものだと思えば堪らなくなって、思わず舌を伸ばそうとしたところで燐ががばり、と身体を離した。
 真っ赤な顔のまま「俺だってなぁ!」と紡がれた言葉。

「雪男に触りてぇし、ちゅーだってしてぇの我慢してんだからな」
 だからさっさと終わらせて帰ってこい、ばぁあかっ!

 まるで小学生のような捨て台詞を残して、双子の兄はばたばたと部屋を出て行った。忙しないその背をぼんやりと見やり、まだ微かに感触の残る唇にそっと触れる。

「バカはどっちだよ、バカ……」

 僅かな触れ合いで少しでもエネルギィを得ることができたかと言えば、その逆。むしろ飢餓感が膨れ上がってどれほど兄不足であったのか、思い知らされてしまった。先ほどの呟きは確かに、燐が来てくれていることを察したうえでからかいを込めてのものだったが、もはやそれらすべて実行に移さねば気が済まない。いやもしかしたら、その程度では満足もできないかもしれない。

「……ぐちゃぐちゃのどろどろに汚して犯して、泣かせたい」

 ぽつり零れた言葉は今度こそ雪男以外のものが耳にすることもなく、心臓付近のカラータイマーは警告を発しすぎた挙句、既に沈黙しているようだった。




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2012.04.14
















「頼むから補給はこまめにしてくれ」と燐ちゃんが泣く羽目になる。

リクエスト、ありがとうございました!