待ち遠しくなる時間。


(青エク:雪燐)


 以前から変わったことをあげていけばキリがない。そもそも生きるということは変化の連続である。まず第一に場所が変わった。ここは十五年間過ごした修道院ではなく、広さはあるが設備の古い旧男子寮である。修道院には人数がいたため一般的な家庭のキッチンより広かったが、ここの厨房はその比ではないほどに広い。
 またそこに立っている存在も大きく変化した。尖った耳と犬歯、背骨の付け根あたりからするり、と伸びた黒い尾。悪魔として目覚めざるを得なかった双子の兄。そんな兄を見ている雪男自身もいろいろと変わった。高校に進学し、祓魔塾での講師を任され、燐の監視役でもあり、何より祓魔に関わっていることをその兄に隠さなくても良くなった。
 知らなければ知らないままであってもらいたかった、というのは紛れもない本音で、そのための嘘ならいくらでも重ねようと決心していた。けれどやはり兄にずっと隠し事をしているという後ろめたさはあったようで、講師としての、祓魔師としての自分を彼の前に晒したときどこか肩の荷が下りたような気がしたのも確かだった。
 ふたりの置かれている状況、立場、互いに抱く感情、伸ばした腕の意味、触れ合いに生まれる色、変わったことをあげていけば本当にキリがない。
 けれど、これだけは、と雪男はいつも思う。
 こうしてキッチンに立ち、食事を作っているその後ろ姿、漂う香りに、早くできあがらないかなと待ち遠しく思う時間。この空間だけは決して変わらない。変わりようがない。
 皿出してくれと命じられたり、つまみ食いをしようとして叩かれたり、背後から覗き込んで邪魔とあしらわれたり。
 祓魔の仕事のせいで帰りが遅いことも多く、料理をする燐の後ろ姿を見る機会は実際にはかなり少ない。けれど見るたびに変わらないな、と思う。たとえ彼がどんな存在であっても、こうして柔らかくて暖かな空間を作りだしてくれる、ここが雪男の帰る場所だ、と常に思う。
 きっとこんな時間と空間を守るために、雪男は立っているのだろう。ぐぅ、と鳴る胃もその通りだ、と言っているような気がする。だから、その待ち遠しくて仕方ないのだという気持ちを表すために「兄さん、ご飯まだ?」と尋ねてみた。

「ちょっとは手伝え、バカ」

 怒られた。




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2012.05.29
















(.□д□:)<新婚ですけど何か。