恋人は右手という話。


(九龍:皆主)


「を、聞いたので、とりあえずライバル宣言をしようかと」
 甲ちゃんは渡さないからな!

 びしっ、と指を突き付けてそう言うが、葉佩が話をしている相手はその皆守の右手である。たぶんこのバカは意味を理解していないのだろう。
 日常会話を交わす分には問題ないが、小さな頃からずっと海外にいたという葉佩には、慣用句やたとえ話、皮肉がときどき通じないことがある。常識から外れた言動が多いのはそのせい、とも言い切れないが、それでもああそういえば帰国子女だった、と思うこともしばしばだ。

「誰から聞いたんだ、そんなこと」

 雑誌から目を離さずに尋ねれば、「クラスの子!」と返ってくる。促さずとも話好きな葉佩は、その時の状況を詳しく説明してくれた。つまり彼女のいない男が、恋人はこいつだよ、と自分の右手を掲げていたのだ、と。「男はみんな一度は右手が恋人になる」と教えられたようで、おれ全然知らなかった、と葉佩は言った。
 それもそうだろう、知っていればわざわざライバル宣言などしたりしない。
 はぁ、と大きくため息をついた皆守の右手を持ち上げ、指を絡めて握ったあと「でもおれ、甲ちゃんの手、好き」と無邪気に笑う。その表情に再び零れそうになったため息を呑み込み、「なぁ、九ちゃん」と葉佩を呼んだ。

「右手にライバル宣言するっつーのは要するに、」

 こいつの世話をするってことだぞ、とその腕を引き導く先。え、あ、と顔を赤くする葉佩の耳元で、「世話、してくれんだろ?」と低く囁いた。



 皆守の言う「世話」を希望通り(もしかしたらそれ以上に)しっかりとこなす葉佩の頭を撫でながら、右手が恋人であるということの意味を懇切丁寧に教えてやれば、ようやく理解したらしい。額ずいていた頭を上げ、ぷはぁ、と息を吐いた葉佩は口元を拭ったあと、「でも甲ちゃん、左利きだよね」ともっともなツッコミを入れた。

「ま、右手だろうと左手だろうと、渡す気はないけどね!」

 そう言って再び顔を沈め、口を大きく開く。
 背筋を這いあがる波を堪えながら、それはこっちのセリフだ、と皆守は口の端を歪めて思った。もぞり、と葉佩の腰が揺れている。きっとそろそろ我慢が利かなくなり、その右手が自分の足の間へ伸びるだろう。
 たとえそれが葉佩自身の手であったとしても、それは皆守のものだ。勝手に触れるなど、許すはずがない。




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2012.04.16
















まだぎりぎり表。

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