べったり派とかあっさり派とかこってり派とか。


(クロスオーバー:クク主、主リウ、フレユリ、雪燐)


 光のほとんど届かない洞窟内に素っ頓狂な声が響く。

「ここは誰! 私はどこ!」

 きょろきょろとあたりを見回しているのは、オレンジ色のバンダナを巻き背中にデーモンスピア(名前を「スーパー小野寺さん2」という)を背負った元近衛兵、現旅人の少年である。

「真っ暗で何も見えねぇな」

 マジでどこだここ、と困っているのかいないのか、呑気そうに呟いたのは、灰色の髪の毛の少年、腰には刀を二本佩いている。

「兄さんもどこかにいるのかな」

 とりあえずは双子の兄を心配する、長身のブラコン悪魔が愛用の銃を構え、その側では同じほどの身長を誇る黒髪の青年が「あータイミング悪っ」と顔を顰めていた。

「なんだって、今からヤんぜ! ってときにこういうのに巻き込まれるかな……」

 以前同じような経験をしたときのことを思い出し、大きくため息をつく。あの後はし損ねた分も含めてとかなりきつい思いを、と飛びかけた思考を切り替えるように軽く首を振り、「よ、久しぶり」とほか三人を見回して手を挙げた。

「四人だけ、ということは、もう半分もどこかにいますかね」
「あーそういえば足りねぇな」

 メガネを押し上げて言った雪男の言葉にエイトが頷いてあたりを見回す。暗いとはいえそれぞれの顔、表情が分かる程度に視界ははっきりしているのだ。しかしどれだけ目を凝らしても今この空間には四人しかいないようである。

「つーことは向こうは、リウとフレンとククールとリンか」

 それぞれの相方を確認しながらレッシンが名前を挙げ、「そうなるだろうな」とユーリが相づちを打った。

「何でこうなってるかはさっぱり分かんねぇけど、とりあえず向こうの奴ら見つけるのが先だな」
「じゃあ、探しに行きますか。幸い一本道みたいですし」
「しっかし暗ぇなぁ、なんとかなんねぇの?」
「えー、迷子のー迷子のーエロ僧侶さーん、かっこよくてステキで頭の良いエイトくんがぁお探しでぇす。いらっしゃいましたらー、三秒以内に、一階迷子センターまでお越しくださいませー」


**  **


「? どうかしたか?」
「いや、なんつーか、もの凄く不快なことを言われたような、イラッと感が急に」

 立ち止まった銀髪の青年が口をへの字に曲げてそう言い、不思議がって声をかけた尾を揺らす双子の悪魔の兄が「何だそれ」と笑う。

「あ、気をつけて、この辺り水が」

 先頭に立ち先を伺いながら注意を促しているのは金髪碧眼の好青年で、彼の後ろを歩いている緑の髪の軍師は「暗い……なんか出そう……もうやだ……」と既に半泣き状態だった。

「ははっ、なんかリウ、あれだな、小っせぇころの雪男みてぇ」

 びくびくと挙動不審なリウを指さして燐が笑い、その言葉に「ユキが?」と眉を顰めたのはククールだ。何の因果か、普段はまったく異なる世界にいる(のだろう、おそらくは)八人が一所に集められるという珍事が発生した際それぞれ顔を合わせてはいるのだが、燐の双子の弟である雪男はどちらかといえば食えないタイプであるように見えた。わずかな会話を交わしただけで彼が「兄第一、兄一筋」であることがひしひしと伝わってくる程度には兄馬鹿だと分かるが、今のリウのように暗闇に怯えたりするタイプではなさそうだったはずだ。

「ふてぶてしいっつーか、図太いっつーか、捻くれてるっつーか。たとえ何か出てきても首根っこ引っ掴まえて笑顔で攻撃しそう」
「人んちの弟捕まえて、よくもそこまで言えるな、お前」

 悪びれる様子も見せずに言葉を紡いだククールを睨み、「あれでもかわいいとこ、あんだぞ、あいつ」と唇を尖らせる。

「あれが可愛く見えんのはリンだけだろ」

 まあ確かに今のユキは可愛いってよりかっこいいだもんな、とリウが頷き、惚れた欲目ってやつだね、とフレンが笑う。

「違ぇって! ちっちゃい頃の雪男はほんと可愛かったんだって! 夜とか燐ちゃん一緒に寝て良い? とか布団に入り込んできてたんだぞ!? あんときの雪男はマジ可愛かった!!」

 小さな頃は誰だって可愛いだろう、と聞いていた三人は同時に思ったが、とりあえず燐が必死であったため言葉にはしないでおいた。つまり期間を限定するということは燐自身今の雪男について可愛い、とあまり思っていないということだ。「それが今じゃ面影もなく」とククールが言えば、案の定「ほんとにな!」と返ってきた。

「どうしてこうなった!」


**  **


「ユキ、なんかいたか?」
「いえ、何か、とてつもなく腹立たしいことを言われたような気がして」

 きょろり、と辺りを見回した雪男へレッシンが声をかけ、返ってきた答えに「何も聞こえなかったけど」と首を傾げる。たぶん気のせいだと思います、と会話を交わすふたりの前では、洞窟内に転がっていた木に火を灯してたいまつを作ろうと残りふたりが必死になっていた。

「ギラ!」
「うわっ、バカ! だから全部燃やすなっつってんだろ! 先っぽだけでいいんだって」
「んなこといってもこれ、火加減難しいんだぞ!? 先っぽだけとか、無理ゲーすぎる!」
「諦めんな、エイトならできる。ほら、狙うは先っぽだ」
「先っぽだけ、べぎらまぁ!」
「ちょっ、さっきよりも炎でかくねぇかっ!?」

 本気なのかふざけているのかいまいちよく分からないやりとりだなぁ、と思いながら見ていた雪男へ、「なぁ」とレッシンが声をかけた。

「『先っぽ』ってなんか、言い方がエロくね?」

 雪男が思っていても言わなかったことを、この少年ははっきりと口にしてくれるものだ。ため息をついて「そうですね」と同意を示しておく。

「今度リウに言わせてみるか……」

 聞いてみたいと思いはするものの、正直小細工は苦手で正面切って言え、と命じるくらいしかできないかもしれない。それだとなんとなくエロさが半減する気がして、何か良い手はないだろうかと考え込んでいれば隣から「『先っぽくちゅくちゅして』とか『先っぽだけだめぇ』とかですかね」とあっさり放たれた言葉に思わず悪魔の顔を見上げてしまった。

「……もうすでに言わせてんな、お前」

 すげぇ、と賞賛と羨望と若干の呆れの混ざった視線を受け、雪男は眼鏡の奥の瞳を細めてふふ、と笑う。

「好きな人のエッチな姿を見たい、と思うのは男として当然の欲求でしょう?」

 僕はそれに従ったまでです、と言い切る姿は男らしいような、ある意味残念なような。

「どんな風に言わせたんだそれ」

 参考の為に、と聞けば、少し考えた彼は「焦らしまくったときだった気がしますけど」と答える。

「一時間ほど先だけ舐め続けるとか、逆にそこには絶対触らないとか、そういうときだったと思いますよ」
「……それ、よくユキは我慢できるな」

 はっきりいってレッシンには、そこまで自分の欲を押し込めてリウを弄るだけの余裕はない気がする。好きなひととベッドに転がっているのなら、一時でも早く繋がりたいと思ってしまうのだ。眉を寄せて言えば、「ははっ、レッシンはそうかもしれませんね」と笑われた。

「確かに少し辛いですけどね。でもそうしたらいつも以上に可愛い顔が見れたり、いつも以上に気持ち良くなれたりしますから」

 まあうちの兄はいつでも可愛いですけれど、とブラコンは付け加えることを忘れない。そっか、と顎に手を当ててふむふむと頷く。我慢するのは辛いが、いつもと違う姿を見ることができるならその価値はあるだろう。

「焦らしプレイか……今度やってみよ」


**  **


「リウ、どうかしたかい?」
「あ、なんか、ものすごく不吉なことを言われたような気が……」

 びくり、と肩を震わせて立ち止まった少年へ、フレンが首を傾げて尋ねる。返ってきた答えに目を丸くしたあと、金髪の青年はふわり、と笑みを浮かべた。

「あれじゃないかな、レッシンが寂しがってるとか」
「ないない。寂しがるより前に怒るもん、あいつ。『何で側にいねぇんだ』っつって」
「うわ、理不尽!」

 思わず悲鳴を上げた燐へ、「そーなの、理不尽なのっ!」とリウもまた声を上げて頷いた。

「ちょー自分勝手だし! 振り回されるこっちの身にもなって欲しい」

 オレ体力ねーからついていくのも大変なのに、と顔を覆って泣き真似を始めたリウを見やり、「ああ、レッシン、激しそうだもんなぁ」と燐がさらりと言った。

「分かりやすくがっついてるもんな、レッシンって」
「それだけリウのことが好きなんだよね」

 ククールがうんうん、と頷いてそう口を開き、フレンも微笑みを浮かべて相づちを打つ。ふたりの手にはそれぞれ火の灯ったたいまつが握られているが、火元はククールの火炎斬りで生み出されたものである。たいまつにできそうな木片を見つけて「リンの炎でなんとかなんねーの?」とリウが尋ねていたが、「雪男いないから無理」と断られていた。ふたりが揃っていないと彼らの炎は暴走するらしい。さすがにたいまつと命を天秤に掛ける気はない。
 もう一方のチームに比べあっさりと手に入れたそれで行く先を照らしてながら歩を進める。

「あ、いや、別にエロ的な話をしてるわけじゃ」

 どうしてだかそういう方向に取られてしまっているらしいく、リウが慌てて否定するも遅かった。

「ヤり終わったあととかはどうよ。べったりしてくる方?」

 にやにやと笑いながら聞いてくる赤い服の僧侶をじっとりと睨みながら「そーでもないですぅ」と答える。

「どっちかってと、終わったらあっさり寝るもん、あいつ」

 その頃にはリウの方も息絶え絶えであることが多いため、それはそれで助かっていたりもするのだけれど。その答えが意外だったのかへぇ、と驚いたように頷いた彼は、ほかのカップルの事後に興味を抱いたらしい。

「リン、お前んとこはどうよ」

 双子の悪魔カップルに矛先を向ければ、「んー」と首を傾げたあと「覚えてねぇ」と返ってきた。

「俺、毎回ほとんど意識飛んでるから」

 だから事後というものの記憶があまりない、と言われ、さすがに引かざるを得なかった。べったりだとかあっさりだとか、彼らの場合はそういう次元ではないらしい。

「つか、そういうククールさんとこはどうなの」

 聞かれてばかりでは悔しい、とリウが僧侶へ質問を放てば、「うち? うちはオレがべたべたする」と返された。それはそれで意外な答えで、「え、マジで?」と思わず聞き返してしまう。

「そうでもしねぇとあいつ、ヤったこと自体をさらっと流しそうでな。これでもかってほどベタベタして甘やかして、死ぬほど恥ずかしがらせておく」

 それはそれでどうかと思うような理由である。しかし彼にとっては大事なことらしく、そうすることに迷いはなさそうだ。

「じゃ最後フレンな」
「え、僕?」
「そ。べったりする方、あっさりしてる方どっちだ?」

 話を振られ「僕はそうだなぁ、」と斜め上へ視線を向けて考え込む。

「両方かも」
「両方?」

 首を傾げた燐へうん、と頷いて、「ユーリがね、可愛いから」と崩れた笑みを浮かべた。

「可愛い恋人が前にいたらべたべたしたくなっちゃうんだけど、そうしたらね、またしたくなっちゃって」
「第二ラウンド突入、と」

 ククールの相づちにそういうこと、と青年は頷く。それを繰り返して最終的にはどちらも疲労のピークを迎えあっさり眠ってしまうのだそうだ。

「……なんか、フレンさんもフレンさんで、かなりユーリさんのこと、好きだよね」

 爽やかな好青年であるため一見では分かりづらいが、意外にどろどろとした感情を持っているようである。リウの言葉に「うん、愛してるから」とフレンは笑っていった。

「せっかく久しぶりに会えたのにこんな洞窟に飛ばされて、帰ったらどうやってぐちゃぐちゃにしようかな、ってずっと思ってるくらいには愛してるよ」


**  **


「ユーリさん?」
「あ、悪ぃ。なんか、今すげぇヤな予感がして」

 後ろになんかついてっかな、と振り返るユーリへ、「ゴーストはいなさそうですけど」と声をかけた雪男が答える。人間にとりついたりするタイプの悪魔はこの洞窟にはいないようだ。しかし、悪魔とはまた違った系統の敵は出てくるようで。
 エイトの魔法によりなんとか火をつけたたいまつは、背の高いふたりが持つこととなった。「俺が持つ!」と言い張ったエイトは、「お子ちゃまは火を持っちゃいけませんって決まってんだよ」とユーリの拳骨で黙らせてある。そもそも火をつけたのは彼なのだからいくらでも言い返しようがあるだろうに、それでおとなしく引き下がるものだから「あいつほんとにバカだな」と殴ったユーリでさえ呆れていた。
 その馬鹿は今、背中に背負った槍を振り回して戦闘中である。側ではレッシンもまた二本の刀を振るって犬のようなそうでないような魔物を切り捨てていた。ユーリと雪男も一応はすぐに戦えるようにそれぞれ得物を手にしていたが、どうも出番はなさそうである。

「強い、ですね」

 ぽつり、と雪男が呟けば、「強いな」とユーリもまた同意して頷く。現れた魔物はかなり素早く動いているようだが、戦っているふたりにはさほど影響がない様子だ。レッシンは身体に傷を負うことを恐れずに突き進み、力任せに魔物を弾き飛ばして切りつけている。対してエイトは相手の素早さを逆手に取るようにフェイントをかけ、誘い出した箇所で的確に急所を狙っていた。

「なんつーか、オレもよく戦闘狂とか言われるし、実際戦うの楽しいんだけどさ」

 エイトのあれは楽しむとかそういうレベルじゃねぇな、と言ったユーリの言葉に雪男も静かに頷く。ああして武器を手に地面を蹴っている彼からは、感情そのものが削ぎ落とされているように見える。楽しいだとか辛いだとか、そんな無駄なことは考えていないだろう。いかに効率よく敵を殺すか、ただそれだけだ。それでいて共に戦っているレッシンの動きにも注意を払い、時にフォローを入れているのだから恐れ入る。ククールが「残念なのは普段の言動だけ」と言う意味が分かった。

「本当にただのバカじゃなかったんですね」

 戻ってきたエイトを見下ろして感心したように雪男が言えば、「失礼なことをさらっと言うな、お前も」とエイトが口の端を引きつらせる。

「つーか、ちょっとは手伝おうとか、思わなかったわけ」

 別にふたりで問題はなかったのだが、背後で呑気に控えられていたというのも釈然としない。「オレは別にいいけどな」とどちらかと言わずとも、ユーリと同じように戦いを楽しんでしまうタイプのレッシンは笑っていた。

「狭ぇから邪魔になるだろうってのと、あとこれ、消えたらまたエイトが頑張らなきゃならなくなるしな」

 たいまつを持っている手をゆらゆらと揺らしてユーリが答え、「右に同じく」と雪男も口を開く。

「あと僕の場合は、戦ってうっかり炎が出てしまえばみなさんの安全が保障できないので」
「ほのお……あ、そうか、ユキ、火、出せんじゃん! 俺がギラ頑張る必要、なかったんじゃん!」

 びしっ、と悪魔を指さして叫んだエイトへ、「いや、だからお前、ユキの話聞いてたか?」とユーリが呆れたようにツッコミを入れた。どうも彼の口調からそう簡単には使える力ではなさそうだ、と分かるだろうに。案の定雪男は「兄がいないと」と苦笑を浮かべる。

「もともと僕らの炎は一つなんです。だからふたりが揃ってないと上手く制御できなくて」
「制御できなかったらどーなるんだ?」

 レッシンの問いかけに「どっかん、ですね」と雪男は笑って答えた。

「……それはユキが、ってことか?」
「いいえ、この洞窟とみなさん、ッ!?」

 笑顔のまま答える言葉が途切れたのは、突然彼の身体が真っ青な炎に包まれたからである。常に戦闘の中に身を置くものとしての神経が咄嗟に雪男から距離を取らせた。ばっ、と同時に三人ともが飛びのいたがその炎はすぐに収まりをみせる。

「あんの、馬鹿兄がっ」

 眉間に深くしわを寄せ、雪男がそう吐き捨てた。どう見ても今の炎は彼が意図してのことではないようで。

「あれだけ炎は勝手に出すなって言い聞かせてたのに。帰ったらお仕置きしないと……」


**  **


「うわぁあああ、やべぇっ、殺されるっ、雪男に殺されるぅっ!! ぜってぇ今超怒ってるってあいつぅうう!!」
「ちょ、どしたの、リン、落ち付けって!」

 現れた敵を前に背中に背負っていた刀を抜いて応戦していた燐だったが、でりゃあっ、と叫んで切りつけた拍子に彼の刀と彼自身に真っ青な炎が宿った。思わず見とれてしまうほど綺麗なそれに焼かれ敵は消滅したが、倒した本人は慌てて刀を納めて炎を引く。その側で砂嵐を操って敵を倒したリウが、頭を抱えて叫び始めた燐の肩を揺さぶって呼び戻そうとしていた。

「今炎出したの、雪男にもバレてんだよ! あいつが炎使うと俺も炎出ちゃうから! ひとりでは使うなって言われてたのに!」

 揃っていないと使えないという話だったはずだが、今は何の異常もなく炎を使えていたように見える。

「大丈夫そうに見えたけど?」

 たいまつを持ったまま少し引いた場所で戦闘が終わるのを待っていたフレンが、首を傾げてそう口にした。

「そりゃ、俺がすぐ炎引っ込めたから! あと三秒でも出したままだったらどっかん、だったぞ、たぶん」
「うんよし、リン、お前もう戦うな。フレンと代われ」

 どうにもあまり器用ではなさそうな彼のうっかりに巻き込まれて死にたくはない。「何で僕なの」と呆れた視線をククールに向けながらも、「たいまつ、よろしくね」とフレンは燐へ持っていたものを手渡した。あうあうと泣きながらも炎の悪魔はそれを素直に受け取る。

「あーやだなぁ会いたくねぇなぁあいつ怒ると超怖ぇんだよぉあとすげぇしつけぇんだよぉ……」

 そう嘆く燐へ「でも今のはお前が悪いんだろ」とククールが言った。

「そうだけど……っ」

 それでもうっかり出てしまったものは仕方がないし、何事もなかったのだからそれなりの説教で許してもらいたいものだ。

「三日間バリヨンの刑とかだったらどうしよう……薬草の名前二百回ずつ書き取りとか……はっ、それか三日後ろに何かつっこんだままでいろとかっ、十日オナ禁エッチ禁とかっ!? だめ、死ぬ! 俺死ぬっ!!」

 雪男のお仕置きのバリエーションがなんとなく分かる言葉である。そして恥じらいなくそれを口にする燐の神経もどうかしている。顔を赤くして視線を反らせたリウに、苦笑を浮かべているフレン。ククールははぁ、とため息をついて自分よりも少しだけ低い位置にある悪魔の頭をぽん、と撫でた。

「とりあえず、オレも一緒に謝ってやるから」

 燐が炎を使ってしまったのは彼の不注意ではあるが、戦闘の中に身をおかなければそうはならなかったはずで、だったら始めから傍観の場所においてやればよかったともいえる。それならば行動を共にしているこちら側にも責任はあるというものだ。

「ククール……っ」

 お前、良い奴だなぁっ! と感激して言えば、「はいはい、ありがとさん」と苦笑した青年にさらに頭を撫でられた。普段問題のありすぎる子供の面倒をみているせいか、対応に慣れが見えるあたりが少し切ないような気もしなくもない。

「でもユキってそんなに怖いんだね」

 優しそうに見えるけど、と苦笑を浮かべて言うフレンへ、「外面いいだけ。俺には超怖い」と燐は首を振って言う。

「そりゃあれだろ、家族だから遠慮がないんだろ」
「ああ、僕とユーリもそんな感じかな。小さい頃から一緒に育って家族みたいなものだから、怒るときは全力で怒るし、手も足もときどき剣も出るね」
「フレン、せめて剣はやめとけ、剣は」
「あはは、大丈夫大丈夫、ユーリなら全部受け流すから」

 それはそれで悔しいんだけど、と笑う彼は意外に好戦的なのかもしれない。

「まあオレも、腹立ったらまず手が出るしなぁ」

 アレと一時間一緒にいて一発でも殴らないやつがいたら神と崇める、と銀髪の青年は言い切った。とりあえず皆の怒りの表し方が若干暴力的だということだけは理解できる。呆れたような顔で「暴力はんたーい」と非力な軍師がぼそりと呟いた。

「だったらリウは怒っても殴んねぇの?」

 雪男の怒り方は怖い、と言いながらも、燐だって怒りを覚えた場合先に手が出てしまうタイプだ。けれどこの緑の髪をした少年は違うのだろうか、と尋ねてみれば彼は「オレはそーだなぁ」と首を傾げて考え込んだ。
 我が道を突き進むタイプの恋人に怒りを覚えることは多々あり、それについて文句を言うことも多い。口げんかなど数え切れないほどしているし、まずは言葉が先に出るタイプ、とも言えるかもしれないけれど。本気で怒りを覚えた場合はたぶん。

「完全無視、かな」


**  **


「おい、レッシン、どうした?」

 ユーリの問いかけにいや、と首を振ったレッシンは、「何か今とりあえずリウに謝らなきゃやべぇ、って気が急に……」とぶつぶつ呟き始めた。

「あいつ、マジ切れしたらすげぇ冷たくなるんだよ、冷たいとかそのレベルじゃねぇな、なんつーか、視線でひとを凍らせますレベルの……」

 前まっぱで湖で泳いでたら、見下ろしてくる視線でちんこ凍るかと思った、と続けるレッシンへ「そりゃお前が悪い」とユーリが呆れたようにツッコミを入れた。どうにも突っ走る気配のあるレッシンにひたすらリウが振り回されているだけかと思えば、意外にもきちんとパワーバランスが取れているようだ。そうでなければ恋人としてつき合っていくなど無理なのかもしれない。
 そう思っていれば、「なぁ、この洞窟いつまで続くのぉ?」と不満そうな声が後ろから聞こえた。

「俺もう飽きた。スーパー小野寺さん2も飽きたってさっきから嘆いてんだけど!」

 たしたしと地面を蹴って不満を表す姿に、「なんていうか本当に」と雪男が感心したように言った。

「典型的な『お子さま』ですね、エイトさんって」

 戦っている姿はそれなりに頼もしく見えるのに、一歩離れたらこれだ。楽しそうなことには全力でつっこんでいくが、飽きっぽく、良く言えば素直、悪く言えばただのわがまま。メガネの奥の視線に見下ろされ、「にゃにおぅ!?」とそのお子さまが眉を跳ね上げた。

「こー見えてもエイトくん、十八歳の大人なんですのよっ!?」
「じゅうはちっ!?」
「僕より年上……!?」
「いや、嘘だろそれは。六歳くらいサバ読んでね?」

 驚きの声を上げるレッシンと雪男に、いやいやないない、と手を振るユーリへ、「ほんとだってば!」とエイトはだんだんだん、と足を踏みならして喚いた。

「俺、ガキの頃の記憶ねぇから推定だけど! でもじーちゃんもそーゆってたもん!」
 つーかユーリ、六歳って、十二のガキに見えるってのか、俺が!

「見える」
「ちょっと背は高すぎるけどな」
「言動が子供っぽいせいでしょうかね」

 三者三様に肯定されてしまい、オレンジ色のバンダナの少年は「みんながひどいよう」とスーパー小野寺さん2を抱きしめしくしくと泣き始めてしまった。

「ぶっちゃけ、よくククールはエイト相手にしようと思ったよな」

 恋人ではないらしいが、彼らが身体を重ねている関係であるということは知っている。基本的にリウ一筋で他人はまるで目に入らないレッシンではあるが、フレンとユーリが、そして雪男と燐がそういう関係なのはなんとなく理解できなくもなかったけれど、どうにも彼らふたりがというのが想像できないままだ。

「まあ、ひとの趣味はそれぞれですから」

 それなりに弄り甲斐はありそうですよ、とあっさり言う雪男と、「これですげぇエロエロだったらククールが転ぶのも分かる気がする」とユーリも頷いて言った。

「ギャップに萌える、ってやつだな」

 やだあのひとらが何言ってるのかわかんない、と泣き続けるエイトを放って、「ユーリはギャップとかなさそうだよな」とレッシンが指摘する。それに笑って答えようとしたところで、「普段からエロそうだし」と相変わらずきっぱりはっきりと言葉にしてくれるものだ。

「否定はしねぇが、言い方もうちっとなんとかなんねぇか、お前は」

 ぎりぎりとレッシンのこめかみへ拳を押し当てて怒りを表せば、「否定しねぇのかよ」と逆にツッコミ返された。

「ユーリさんも、レッシンとは違う方向で本能に忠実そうですよね」
「おう、こらユキ、てめぇそりゃどういう意味だ」
「無駄にフェロモンまき散らしてますよね、って意味です。うちの兄もいろいろ引っかけてきますけど、ユーリさんはもっと質が悪そうだ」

 くすくすと笑って紡がれた言葉に、小さなため息を一つ。確かに否定はしない、好きでそうしているわけではないと言い切れない、己の容姿をいろいろと利用している部分は認めよう。
 たいまつを持たない手を雪男の首筋へ回し、ふわりと黒髪をなびかせて尖った耳元へ唇を寄せる。ふ、と息を吹きかけ「だったら、」と少し掠れた声をわざと作って囁いた。

「お前も引っかかってみるか? 干からびるまで搾り取ってやるぜ?」


**  **


「う、わっと、急に立ち止まるなよ、フレン」

 何かいたのか、ととうククールへ、「あ、いや、ちょっと、」と金髪の青年は口ごもる。

「とてつもなく許せないようなことを言われたような気がして……」

 ああでも何も聞こえないし気のせいだろうね、と自己完結しているが顔は笑っていない。きっと今彼の中に生まれた憤りは再会した恋人にそのままぶつけられるのだろうなぁ、と思いながら「あっそ」とククールは彼から視線をそらせた。

「だいぶ歩いた気がすっけど、まだ終わんねぇのかなぁ」
「せんせー、リンが既に飽きてまーす」

 こつん、と転がっていた石を蹴りながら呟いた燐の横で、リウがからかうように手を挙げてそう言った。この場合「先生」は後ろからついて歩いているククールとフレンのことだろう。

「歩いてるってことはちゃんと前に進んでるってことだからね、もうちょっと頑張ろうか」

 爽やかな笑みと共にそう促され、イヤですと言えるはずもない。

「あー……なんか、向こうでもうちのバカが似たようなこと言ってるような気がしてきた」

 迷惑かけてなけりゃいいけど、と呟く苦労性な保護者へ「大丈夫じゃねーかな」とリウが苦笑を浮かべる。

「レッシンはともかく、ユーリとユキがいるから。あのふたり、子守とか引率とか得意そう」
「そりゃそうだろ、なんつっても雪男、現役の先生だからな」

 燐の言葉に「え?」とフレンが首を傾げる。

「君たちって双子だろう? その年で先生?」
「ああうん、祓魔塾っつって、悪魔祓いを教える塾のな。最年少講師とかって」

 すげぇだろうちの弟! と全開の笑顔で自慢されたら、呆れを通り越して微笑ましさを覚えるほどだ。それはすごいね、と素直にフレンが感心を表すものだから、燐はますます嬉しそうに笑い尻尾をぶんぶんと振り回していた。

「犬の尻尾みたいだな、これ」

 空を切るそれはやはり物珍しく、ククールが思わずぎゅむ、と掴めば「ぎゃん!」と悲鳴が上がった。

「うわ、悪ぃ」

 慌てて手を離して謝罪を口にすると、「や、いいけど」と燐は自分の尾を大事そうに抱えてふーふーと息を吹きかけている。

「そんなにいてーの?」

 リウが首を傾げて燐を覗きこえば、「尻尾、悪魔の弱点なんだよ」と彼はあっさりと口にした。その弱点をそんなに無防備に外に出していてもいいのだろうか、とはその場にいた三人が同時に抱いた感想だ。薄々分かってはいたが、どうやらこの悪魔の兄も若干頭のネジが緩いらしい。

「ちんこと同じようなもんだ、って雪男が言ってた」

 いやだから、そういうことを簡単にひとに教えてはいけないのではないか、と。

「ユキも苦労してるだろうな」
「だねー……リン、ちょっと無防備すぎるよ……」

 遠い目をして弟に同情したククールの言葉に、リウもまた苦笑して頷いている。恋人曰く「天然で鈍い」らしい男はひとり、「それ、ちゃんと感覚もあるんだね」と感心していた。

「まあなー。舐められたら腰が抜ける程度には」

 だからちゃんと隠しておけ、と言ってこの悪魔に通じるだろうか。

「敏感なんだね」

 そういう問題じゃないだろう、と言って金髪の青年に通じるだろうか。

「天然がふたり揃うとああなるんだな」
「レッシンがいなくて良かったって今心の底から思ってる」

 暴走気味の天然が加われば会話はさらに別方向へ飛んでいくだろう。ため息をついて「はいはい、分かったから」とククールは投げやり気味に言葉を放つ。

「リンが尻尾舐められただけでイっちゃうってのはよく分かったから」
「何で知ってんだ!?」
「マジなのかよ!」

 驚きの声に逆に驚かれ、彼の言葉がただのからかいであったことに気がついた。ぼん、と耳まで赤くなった燐は「うわぁあ」と両手で顔を覆って皆からの視線から逃げようと試みている。

「あー……聞いちゃったもんねー……」

 聞きたかったわけじゃないけど、とさすがに気の毒で目を逸らしながらリウが言い、「そんなに敏感なのか」とククールは逆に関心を抱き始めていた。

「ああでもほら、性感帯が多いのはいいことじゃないかな」

 燐を宥めようとフレンがそう口にするが、残念ながら慰めの言葉としてはあまり出来が良いものではない。

「良くねぇよ……尻尾でイくの、マジつれぇんだよ……そういうとき、ちんこ舐めてっつっても絶対触ってくれねぇし……」

 何度死ぬ思いをしたか、と嘆く燐へ、あはは、と乾いた笑いを浮かべ、「まあユキの気持ちも分からなくはない、かな」とフレンは言った。

「なんでっ!? もうやだ、って俺言ってんのに! ちゃんとおちんちんくちゅくちゅして、って頼んでんのに! 何で恋人のお願い聞いてくんねぇの!?」
「リン、そんなこと言うんだ……」

 つーか、ユキ、言わせてんだ、とリウが少し遠い目をして呟き、「ユーリもそうやって可愛くおねだりしてくれないかなぁ」とフレンが羨ましげに口にする。

「ユーリならがっつりねだってくれそうだけど」

 ククールの言葉に、はは、と笑ったあと、「おねだりっていうより挑発なんだよね」とフレンは返した。
 それはそれでユーリらしくていいんだけど、と続けた後、「エイトは?」と彼は首を傾げてククールへ問い返す。

「おねだり、してくれる?」

 あー、と薄暗い洞窟の天井を見上げ、んー、と湿った地面を見下ろし、口にした言葉は「しないこともないこともない」という曖昧なもの。どういうことだろう、というフレンの視線から逃げるように顔を背けた僧侶が、「その前にオレが根負けする方が多い」と決まり悪そうに言った。

「だってあいつ、焦らすと暴れてマジ泣きすんだよ……」

 駄々をこねる子供そのものの姿であるため、若干萎えてしまうのだ、と言うククールへ、「焦らし方が悪いんじゃないの?」とフレンはきょとんとしたまま言った。

「……お前、結構ぐっさりくる言葉を言ってくれるな」
「あ、や、ごめん、ククールが悪いっていうんじゃなくて」

 エイトの性格もあるだろうし、と慌ててフォローを入れるが、どうにも僧侶のエロ魂に火をつけてしまったらしい。くそっ、と悪態をついた後、「決めた」と鼻の頭にしわを寄せて彼は顔を上げる。

「戻ったら、可愛くねだってくるまでぐちゃぐちゃに追いつめてやる」


**  **


「あっ!」
「どうしたエイト」
「スーパー小野寺さん2の顔色が悪い! お風邪引いたかも!」
「…………おいエイト、ここはお前、今までの流れから、『何かイヤなことを言われた気が』だろうが……」

 何でそうなる、そもそもそれもともと顔色悪いだろ、とユーリが疲れたようにそうツッコミを入れた。しかし「帰ったらゼシカにマフラー作ってもらお」と、脳の仕様が残念な彼にはいまいち届いていないようだ。

「あー……でもエイトじゃねぇけど、さすがに歩くの飽きてきたな。そろそろ帰りてぇんだけど」
「それはたぶんみんな思ってると思いますよ」

 しかし、突然こんな場所に飛ばされてきたのだ、戻り方など分かるはずもなく、とりあえず離ればなれになった相方を捜さなければ、と続けようとしたところでぴたり、と雪男がその歩みを止めた。

「ユキ?」

 エイトが名を呼べば、すぅ、と瞳を細めた悪魔は「近い、」と呟く。

「兄が、近くにいます。たぶん、みなさんのお相手も一緒に」
「分かるのか」

 すげぇな、と感心したユーリへ、ええまあ、と雪男は頷いて笑う。

「愛の力、と言いたいところですけど、炎のおかげでしょうね」
「ああ、もとは一つだっつってたっけ?」
「はい。だからたぶん、向こうでも近づいてることに気づいてるはずですよ」

 むしろそういった能力に関しては雪男よりも燐の方が鋭い部分がある。もっと早くに気がつき、こちらへ向かって急いでいるかもしれない。

「じゃこっちも急ぐか」

 いい加減リウの顔見てぇしな、と笑ったレッシンに、ほか三人は頷いて答えた。


**  **


 雪男が近くにいる! と尻尾を立てて言った燐の言葉を信じ、進める足を早めしばらくも行かないうちにようやく道の向こう側に明かりが灯っているのが見えた。どうやら向こうでもきちんとたいまつを用意できていたらしい。

「おーい、リウー!」

 聞こえてきた声に「レッシン!」と嬉しそうな声を上げて、緑の軍師が走り出した。

「ユーリ、無事かい?」

 そんな少年の背を見ながらフレンが声をかければ、「誰に聞いてんだ、誰に」と不敵な言葉が返ってくる。

「ああ良かった、兄さんだ」

 いろいろと言いたいことはあったがとりあえず再会できたことを素直に喜ぶ弟へ、「雪男!」と尻尾をぶんぶんとふって兄が抱きついた。

「よ、エイト」

 無事だったみたいだな、とくしゃりとバンダナの上から頭を撫でれば、少年は「ククール」とどこか潤んだような瞳で見上げてきた。これはもしかして会えなくて寂しかっただとか不安だっただとか、そんなフラグが、

「…………おしっこ行きたい」
「………………」
「いっ!? ってぇええっ!」

 頭を撫でていた手をそのまま拳にして降りおろす。分かっていた、期待するだけ無駄だと分かっていた理解していた、残念じゃない、泣かない、泣いてなんかない!

「殴んなよっ! 衝撃でうっかり漏れたらどうすんだ、バカッ!」
「全力で他人の振りするわ、ボケッ! つか近寄るな!」
「なんで! まだ漏らしてねぇし!」
「お漏らしフラグ立ってるやつの側にいたくねぇよ!」
「あ、決めた、もし本気で漏らすならお前に抱きついたまましてやる」
「ひとを妙なプレイに巻き込むな! オレにそんな趣味はねぇよっ!」

 元の世界に戻ったふたりが新しい扉を開けてしまったかどうかは、彼らのみ知るところである。




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2012.05.29
















……ええと、はい、いろいろと、すんません……。
いやでも、あの、すげぇ、楽しかった、です……。

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