キスする前に10のお題 ぎゅーして。 全力でいけばたぶんかなり痛い。だから痛くないくらいの力で。でも少しきついと思えるほどの力で。弱々しい腕なんかいらない。程よく強く。 「……注文が細けぇよ、お前」 肩に顔を埋めて燐の腕の中にいる弟へツッコミを入れれば、うるさいと返ってきた。どうやら、と推測するまでもなく機嫌が悪いことが分かる。普段から理性的であろうと頑張っている弟は、時々限界をこすとひどく燐に甘えてきた。本人も自覚している甘え癖であり、開き直っているため若干性質が悪い。 そう思いながらも、そんな姿を可愛いと思ってしまうため、弟ばかり責めてもいられないだろう。 そんな可愛い可愛い弟を抱きつぶしてしまわないように。けれど雪男が満足できるほどの強さで。 きゅーっと抱きしめる。 すり、と肩に頬を寄せてくる弟の頭へ、燐もまた頬をすり寄せた。ぽんぽん、と背中を宥めるように叩き、もう一度ぎゅー。 たぶんもう少ししたら、この甘えたな弟はキスをねだってくるはずだ。そんな確信めいた予想を立てたのは、今既に燐がキスをしたくて仕方がないからかもしれない。 ** 2013.01.09 ささやいて。 ちらちらとこちらを伺うように寄越される視線。兄はもともと感情を隠すのが下手だ。感情だけではない、とにかく嘘をつくことが極端に下手くそなのだ。以前からその傾向はあったのに、今は彼の心に同調するかのように動く尻尾があるためぶっちゃけ駄々漏れ状態。物欲しげな、何か言いたげな表情をした兄は、雪男がそちらを向けば慌てて顔を正面に戻す。あまりの不自然さに思わず笑いが零れそうになるのを堪え、ぱたぱたと揺れる尾をちらりと横目で見た。 燐の言いたいことは分からなくもない。腐っても双子、生まれた時から一緒にいるのだ。望んでいることをなんとなく察することだってできなくもない。 (でも、してあげない。) ひっそりと笑みを浮かべて、広げたノートに視線を戻す。かりかりと走らせるペンは数式をひたすら展開させていた。 うっすらと上気した頬、潤んだ青い瞳に、ちょこっとだけ突き出された唇。本当は兄の望むままに、そして雪男が望むままに、今すぐその唇に吸い付きたいのだけれど。 ぱたむ、と燐の尾が床を叩く。決心が固まったのか、限界を感じたのか。机に両手をついた燐が立ち上がる。こちらに歩み寄ってくる気配。 (してほしい、って囁いてくれるまでしてあげない。) ** 2013.01.10 なでなでして。 兄弟でそういう関係になる、ということに戸惑いを覚えなかったわけではないけれど、だからといって思い悩むということもなかった。それはおそらく幼いころから触れ合うことが日常化していたからだろう。体温を分け合うことに抵抗はなかった。 キスをするためにそっと頬に添えた手。掌に触れる感触は昔にくらべて少し硬くなっているけれど、それでも兄の頬はいつでも円やかだ。照れくさいのかふふ、と笑った後、すり寄せられる頬。猫のように目を細める表情を可愛いなぁ、と思っていれば、目の合った燐がまたふふふ、と楽しそうに笑った。 その笑みの理由を問えば、「だって、雪男がすげー可愛い顔して笑ってっから」と返ってくる。 「……可愛い顔してるのは兄さんだと思うけど」 少しだけ憮然とした顔で言えば、いいやお前のほうが可愛い、と兄は言いはった。嬉しそうな可愛い顔をして笑っている、と。 自分が可愛い顔をしているとは決して思えないが、もし仮に嬉しそうな顔をしているのであればそれはきっと、燐のせいだ。もっと撫でて、と言わんばかりに頬をすり寄せてくる仕草が可愛くて仕方がないから、だから顔が崩れる。へらり、とだらしなく笑みを浮かべ、今すぐキスがしたいなぁと思っていたところで、「その顔見てるとさ」と燐が口を開いた。 「すげぇちゅーしたくなってくる」 その言葉に、雪男の顔がますます崩れてしまったのは言うまでもない。 ** 2013.01.11 おはなしして。 「な、なあ、雪男」 「ねぇ、兄さん」 少しだけいつもと違う空気が流れる六〇二号室。ぴりりと張りつめているわけでもなく、かといって決して普段通りとは言えない雰囲気。おそるおそる弟を呼んでみれば、同じタイミングで呼びかけられた。視線が合い、互いに慌てて目を逸らせる。 「なんだよ」 「兄さんこそ」 話があるならどうぞ、と譲り合い、結局どちらも口を噤んでしまう。もごもごと言葉を探して唇を動かし、俯いたところで指先にきゅう、と力が込められた。ベッドの柵を背にして座り込んでいるふたり。床に置いたそれぞれの右手と左手が、僅かだけれど触れ合っている。雪男の指先の動きが伝わってくる、そのことに、どうしてこんなにもどきどきとしてしまうのだろう。 上気した頬を誤魔化すように立てた膝に顔を埋めたところで、ふぅ、と隣で大きく息を吐く気配がした。びくり、と肩を揺らせば燐の動揺に気が付いているだろう弟は、「兄さん」と先ほどよりしっかりとした声音でこちらを呼んだ。同時にその右手が動き、燐の左手を捕まえて握りこむ。「兄さん、あのね、」と言葉を続ける弟がどんな顔をしているのか気になってそっと窺えば、頬を赤く染め、どこか緊張したような、それでいて今にも泣きだしてしまいそうな表情をしていた。 「僕の話、聞いてくれる?」 ずっと兄さんに言いたかったことなんだ、と紡がれた続きによってより濃密になった甘い空気に背を押されるように、ふたりの唇がそっと重なった。 ** 2013.01.12 てをつないで。 「もう手を繋いでもらわなくても泣かないし、迷子にもならないんだけどなぁ」 雪男の手を引いて上機嫌に先を行く兄の背を見やりながら、思わずぼそりとそう呟けば、突然その歩みが止まった。どうしたの兄さん、と呼びかけると同時に振り返った燐は、きっ、と眉をつり上げて口を開く。 「お前はコイビトと手ぇ繋ぐのに、理由が要んのかっ!?」 ばかっ、と子供のような罵り言葉と共に繋いでいた手を離され、慌てて手を伸ばす。ごめん兄さん、ごめんね、と謝りながら、握りしめられた指をどうにか解こうとその拳を撫でた。ぶっきらぼうでがさつで、ムードなんてまるで気にしていなさそうな幼い精神を持つ兄は、どうやらきちんとこちらのことを恋人として考えてくれていたらしい。彼のことを弟の手を引いた兄と意識していたのは、雪男だけだったのだ。 先ほどの発言はどう考えても雪男が悪い。理由なんていらないよね、と言いながら、自分よりも小柄な兄を抱き込んだ。謝罪のキスを贈りたいのだけれど、果たして素直に受け取ってもらえるだろうか。 ** 2013.01.13 ひたいをあわせて。 どうしたの燐、今日は雪ちゃんの授業で全然寝なかったね、と声を掛けてきた友人にああうん、と生返事をしながらわたわたと立ち上がる。机の上を片付けていてはきっと弟に逃げられてしまうだろう。 「雪男!」 広げていた教材一式を片付け、今まさに小脇に抱えて教室を後にしようとしていた弟の名を呼んだ。びくりと肩を震わせ立ち止まった雪男は、それでもなんでもない様子を装い、「どうかしましたか奥村くん?」と余所行きの笑顔を浮かべる。 それには答えずつかつかと彼の正面まで歩み寄り腕を伸ばした。 「っ!?」 身構えた雪男を無視してその後頭部を捕え、引き寄せる。こつん、と合わさる額。メガネのフレームがぶつかって小さく音を立てた。 「このあと仕事は?」 燐の問いかけに、その腕から逃れた雪男がしぶしぶといったようにないよ、と答える。「でも資料作成を、」と続けられた言葉を却下、と切り捨て自分の荷物を片付けに席へ戻った。 「熱あるくせにバカ言うな」 強制帰宅決定である。 おそらく弟も自身の不調に気付いており、それを燐に気づかれていることも分かっていたのだろう。だから何か言われる前に教室を出て行こうとしていた。ふぅ、と諦めたように吐き出された息はやはり少し熱を有しているように聞こえる。 「分かった」 真っ直ぐ帰るよ、と言うけれど残念ながら信用できない。「せんせ、調子悪かったんやな」と驚いている塾生たちへ別れの挨拶をし雪男を追いかけた。何が何でも連れて帰るという意気込みが伝わったのだろう、講師室入口で待っていればすぐに出てきた弟と肩を並べて寮へ向かう。 その途中、「さっき、教室で、熱、みてくれたときさ」と鼻の頭を赤くして雪男が口を開いた。 「キス、されるのかと思ってちょっとどきっとした」 してくれても良かったのに、と不満げに吐き出された弟を見上げ、ふぅ、とため息を一つ。立ち止まって腕を伸ばし、後頭部を引き寄せた。 もちろん今度は唇を重ねるため、だ。 ** 2013.01.14 しせんをむけて。 兄の瞳が好きだ。 何ものをも見透かしてしまいそうな、どこまでも透き通った、不純物を含まない青。 世の中の汚れた面を知り、またその中で自身も綺麗とは言い難い生き方をしていると自覚している雪男には、少々痛すぎる程真っ直ぐな視線。その前に立つことは正直辛い。燐自身にそのような意識はなくとも、汚れてしまったことを責められているようで、ひどく息苦しい。けれど。 「雪男」 ふわりと浮かべられた笑み、真っ青な瞳から向けられる視線に込められたものは、ひたすらに温かく、優しいもので。 兄の目が捕えているものは祓魔師としての雪男ではなく、講師としての雪男でもない。どんな役目も背負っていない、ただの奥村雪男だ。そのことに気が付くと同時にすぅ、と息苦しさが消え、満ち足りた感情で胸が張り裂けそうになる。 こんな幸福感を与えてくれる兄の瞳が好きだ。 その向けられた視線に泣きそうな顔をして兄さん、と呼びかければ必ずといっていいほど落とされるキスはもっと、好き。 ** 2013.01.15 かみにふれて。 双子の兄弟といえど、似ているところを探す方が難しいくらい違いのあるふたり。目の色も、髪の色も、何もかもが違う。二卵生であるためそれも仕方がないといえばそうなのかもしれないけれど。 「兄さんの髪の毛、好きだな、僕」 そう言いながら頭を撫でてくる弟。燐の髪は少しかたくて、どちらかといえば柔らかく茶色味のある雪男の髪の方がいいと思う。そう素直に伝えれば、そうかなぁ、と言いながら雪男は自分の髪の毛を摘んだ。指先に絡めてすりあわせた後、再び燐の髪に手を伸ばす。 「うん、やっぱり僕はこっちの方が好き」 にっこり笑って告げられた言葉に頬を染めながら、ふと気がついた。 髪質も、髪の色も、似ているところを探す方が難しい兄弟だけれど、互いのことが大好きすぎる、という点だけはたぶん、ものすごくそっくりなのではないだろうか、と。 そこが似てさえいればほかはどうでもいいや、と呟いて、幸せそうに髪を弄る弟へ唇を押し付けた。 ** 2013.01.16 あそんで。 ベッドの上壁を背に、ぴったりと肩を寄せて腰を下ろし、別々に開いた本へ目を落としている。別に何をするわけでもないけれど、体温を感じ取れる距離で過ごすのは小さな頃からの習慣のようなものだ。燐がけたけたと笑うたびその振動が伝わってくるが、煩わしいとは思わなかった。伸ばした足の上では、猫又クロがぷすーぴすーと小さな鼻息を立てて寝入っている。 たまにはこんなのんびりした時間も必要だなぁ、としみじみ思っていたところで、本を持つ左腕にするりと絡まってくる黒い尾。ぱたむ、と二の腕を叩くそれに燐へ視線を向けてみるが、彼の意識は漫画本に捕らわれたまま。まるで遊んで、といわんばかりに腕にすり寄ってくる尻尾に苦笑が零れた。 この行動が無意識のうちだというのだから、本当にたちが悪い。 そう思いながら尾の先を拾い上げ、ちゅ、とキスを一つ。気づいた兄が顔を赤くしてこちらを見上げてくる。にっこりと笑って手にしていた本を避け、「できれば」と口を開く。 「このキスを別のところにしたいんだけど、兄さんはどう?」 ** 2013.01.17 ちゅぅして。 弟の頼みごとに弱いのは兄としては仕方のないことだと思う。特に燐の場合は、同じ年である弟にいろいろと迷惑をかけていることを自覚しているため、彼から求められること、その役に立てることに無条件で喜びを覚えてしまう。昔の泣いて怯えている幼い弟、縋ってくるその小さな手を知っているため尚更。 「……だから?」 「だから、雪男に頼みごとされたら断れねぇから、早く頼みごとしろっつってんの」 たとえば、「ちゅぅして」とかさ! そう続ければ、呆れたような視線を寄越された。それでも付き合ってくれる程度には余裕があるようで、望み通り「じゃあ、兄さんちゅぅしてよ」と紡がれたおねだりに尻尾を振ってキスをする。唇を離して満足げに笑みを浮かべれば、「兄さんも」と求められた。弟の頼みは、断れない。 「雪男、ちゅぅして」 少しだけ恥ずかしかったけれどそのまま口にしてみれば、想定以上に濃いものをお見舞いされた挙句、そのままベッドへ直行コースだった。 ** 2013.01.18 【配布元:Abandonさま】 ブラウザバックでお戻りください。
ツインズは通常運転。 |