キスする前に10のお題 ぎゅーして。 「ぎぶぎぶ。しんじゃう、くくーる、おれ、しんじゃう」 ぺちぺちと、己の首を締め付ける男の腕を叩けば、「死んだらオレ直々に弔ってやるから安心しろ」となんともつれない言葉が返ってきた。きゅう、と気道がしまり呼吸が苦しくなる。どうしてこんな無体なことをされているのか、エイト自身はあまり理解していないが(たぶんおそらくきっと、また何かククールを怒らせることでもしたのだろう)、このままでは本当にあの世にいる(らしい)パパママとご対面しそうな勢いである。「ヤッホーエイト、あの世はいいとこ一度はおいでー」と、自分によく似た面の男が満面の笑みで手招いている様子が脳裏に浮かんできたような気がしたが、慌てて追い払っておいた。 「俺が死んだら、ククールが困るぞぉ」 けふん、と咳をしながらなんとかそう言葉にすれば、「そうは思えないけどな」と男が言う。 「その理由を具体的に述べてみなさい」 まるで尋問をするのような口調だったが、僅かに喉を締め付ける腕の力が緩んだ。えーとえーっと、と考えて、はたと閃く。 「ちゅーができなくなる!」 これはきっと困るに違いない、とどや顔で男を見上げれば、真っ青な瞳と視線が合った。敢えて言葉で表すのなら、たぶん、蔑みとか侮蔑とか、そのな感情が込められていそうな視線だった。 「……エイトはしてぇの? オレとキス」 「は? いや、だから、俺死んだらできなくなるよって」 「オレがしたくないなら、困らねぇよな、それ」 「あー! うそうそ! したい、俺がしたいの!」 だから死んだら困るのだ、と続けてみるも、自分でもそれはククールが困る理由にまったくなっていないな、と思う。 けれど、どうしてだか赤いカリスマは「だったら仕方ねぇな」とエイトを解放してくれた。 ** 2013.01.09 ささやいて。 エイトは今とても傷ついていた。そしてとても怒ってもいた。原因は忘れた。けれど、とにもかくにも不良僧侶に対し怒りを抱いていることは確かだ。 こちらの心に響くような謝罪を要求すれば、耳元で「愛してる」と囁かれた。意味が分からない。いろいろおかしいのではないかと思う。脳みそとか。本気で心配になって頭大丈夫か、と問えばお前にだけは言われたくない、と強く否定された。それもそうだ。 「で、何がどういう意味で謝罪になんの、それ」 首を傾げて尋ねれば、大抵の女はこれでなんとかなったとのこと。最低だこいつ。死ねば良いのに。エイトの機嫌がそんな言葉で治るはずもないと分かっているだろうに。 ぶすぅと膨らませた頬を突きながら、だったら選択制、と提案された。 「『好き』『愛してる』『キスしよう』のどれで機嫌直す?」 その三つ以外は囁かないからそのうちのどれかで機嫌を直さなければ損をするのはお前だ、というようなことを小難しい言葉で以て説明され、ええと、うんと、と唸りに唸って、悩みに悩んで、損をするのは嫌だからとひとまず三つ目を選んでおいたけど。 「……俺、騙されてね?」 ** 2013.01.10 なでなでして。 「なんでオレ、お前に頭撫でられてんの」 憮然とした表情でそう口にするククールへ、エイトはつい先ほど聞いたマメ知識を披露する。少年曰く、背の高い男は頭を撫でられなれていないから、撫でるとメロメロになるのだそうだ。メロメロってなんだよ、と思いはしたものの、ベッドに腰掛けたククールの頭を、少年は優しい手つきで撫で続ける。確かに、この感触はあまり味わったことがないものだなぁ、と思いながら、「エイトはさ」と少年を見上げた。 「オレにメロメロになってほしいわけ?」 その問いへの返答は「メロメロになった不細工な顔が見たい」であり、かちんときたので、とりあえずこの頭を撫で続ける少年に対してメロメロになったという理由でキスしとこう、とそう思った。 ** 2013.01.11 おはなしして。 オレが納得のできる話であれば聞いてやらんこともないし、許してやらんこともない、と告げられた言葉が上から目線なのが気に入らない。エイトが現在正座をさせられ絶賛説教中であったとしても、気に入らないものは気に入らない。だから「もう一声」と求めてみた。 「何が」 「聞いてくれて、許してくれて、その上もう一個追加があれば話さなくもないってこと」 たとえば良い子良い子してくれるだとか、抱きしめてくれるだとか、キスをしてくれるだとか。アメとムチの使い分けは重要で、叱ってばかりでは伸びるものも止まってしまうというものだ。 したり顔でそう言ったエイトへ、正面に立った青年はにっこりと、それはそれは綺麗な、思わず見とれてしまうほどに完璧な笑みを浮かべて拳骨を降りおろした。 ** 2013.01.12 てをつないで。 「エイトさ、手繋ぐの、好きだよな」 さすがにしょっちゅうというわけではなかったが、その言動の幼さを盾にしたエイトと手を繋いで町中を歩く。あちらこちらと落ち着きのないリーダを捕まえておくため、街道を移動中も手を繋ぐことがある。宿の中でも、同じ部屋であることが多いため「こっち」と手を引かれ、室内で暇を持て余した少年がベッドの上に投げ出していた人の手をなぞって遊び始めることもある。 この男のことだ、何か考えてのことではないだろうが、なんとなくそう思ったため口にしてみれば、案の定「そうかな」と首を傾げた。んー、と唸りながらひとの手を取り、指を絡め、きゅうと握りしめる。そうして、「たぶん、」と少年は口を開いた。 「手繋いでたら一緒に行けるからじゃねぇかな」 どこに、とは言わない。どこかに、どこにでも。 一緒にいくことができるから。 だから手を繋ぐことが好きなのかもしれない。 ふぅん、と気のない返事をしながらも繋いだ手を引き、その唇を奪っておいた。 ** 2013.01.13 ひたいをあわせて。 「こーやってたら考えてることとか伝わったりしねぇかな」 ぐりぐりと額を擦り合わせてそう呟けば、なんだそりゃ、と笑われた。けれどそうすれば楽になるだろうに、と思うのだ。この男はよく、「お前の頭ん中どーなってんだよ」と喚いている。言葉にせずとも伝えることができるなら、頭の中を理解することも早いだろうに。 「……理解できたらそれはそれで終わってる気がする」 ひととして。 真顔で呟かれた言葉に「ひどすぎんだろ」と唇を尖らせて不満を表せば、「ああでも、」とククールはくすくすと笑った。 「今キスしたいって思ってるだろうなってことは分かる」 続けられた言葉とともにキスが一つ。 一体何がどうしてそんな思考に至ったのか。エイトはそんなことなど欠片も思っていなかったというのに。 「じゃあ今俺が何考えてるか当ててみろよ」と促せば、うーんと唸った男は言った。 「嬉しいからもう一回」 「だから思ってねぇし、嬉しくもねぇし!」 ……嫌だとも思ってないけど! ** 2013.01.14 しせんをむけて。 ふと視線を向ければ、ばちん、と音がしそうな勢いでタイミングよく少年リーダと目があった。何を思ったのか、何も思っていないのか、ぺこぺことこちらに走り寄ってきた彼はククールの隣を歩き始める。 呼んだわけではない、何か通じるものがあったわけでもない。 けれどごく当たり前のことであるような顔をして、そばに居座る。 ふぅむ、と唸った後、低い位置にある少年の頭に手を置いた。 何、と見上げてきた顔に思わずキスを落としてしまったけれど、深い意味はない、と思う。 ** 2013.01.15 かみにふれて。 光を受けるときらきらと輝き、ひどく冷たそうだけれど、さらさらと手触りが良い。脳みそ以外ほぼ完ぺきだと言える頭部を持つ男は、髪もまたひどく綺麗だ。エイトは触れる程近くに彼の顔があるとき(それはつまりキスをする前だとかした後だとか)に、指にその髪を絡めるのが好きだった。 「お前、絶対ハゲんなよ」 ふと思いだされるのは、半分ほど血の繋がった彼の兄の様子。具体的な年齢は知らないが、おそらくまだ若いだろうに、少し後退しているように見えるその額。もしこの男も彼と同じような道に進むようなことがあったら、全俺が泣く。 そう思い、かなり真剣に口にした言葉だったが、「一番の原因になりそうな奴が言うことじゃねぇ」と怒られただけだった。 ** 2013.01.16 あそんで。 トランプ、かるた、けん玉、お手玉、指人形。すごろく、折り紙、福笑い。馬車の荷台にそっと鎮座しているエイト専用の宝箱には、様々な遊び道具が入っている。天候が悪く先に進むことができないときに、パーティメンバ間での暇つぶしとしてそれなりに重宝している、ような気もしなくもない。 ひとり遊びもそれなりに好きで、得意ではあるけれど、やはり誰かと一緒に遊んだ方が面白い。 付き合ってくれないと、延々とトランプタワーを作っては壊す作業を繰り返すぞ、という脅しが効いたのか、同室である僧侶が遊んでくれているためエイトはとても満足だ。 「ほい、オレの勝ち」 「あ」 「じゃあ、負けたエイトくんは罰ゲームな」 ちゅー一回で良いぞ、と続けられた言葉に、そんなの聞いてない、と文句を言えば、今言ったもん、と返された。 「ほら、遊んでやっただろ?」 お礼分含めきっちりな、とカードをきりながら放たれた言葉が腹立たしくて、ぶっちゅと唇を押し付けた。 さあ、二戦目だ。 ** 2013.01.17 ちゅぅして。 真正面から強請られたことなど今まで一度でもあっただろうか、いやない(反語)。 ということはつまり、何か裏がある。あるいは何か誤魔化そうとしている、あるいは。 「……しつれーすぎるククールさんとはもうちゅぅしません」 どうやら考えていたことがそのまま口から出ていたようだ。(意図して出していたわけではない、決して。)うそうそ、ごめんごめん、と謝って(笑いながらであったため、少年の機嫌はなおらなかったがキスはしても良いらしい)その頬を包み込んだ。そっと唇を触れさせれば、ふわり、と甘い香りが鼻をくすぐる。ちろりと伺うように伸びてきた舌を遠慮なしに食めば、どうやら少年の口内が甘かったらしい。 「さっき食った飴がさ、ちょー美味かったから」 だから少しでもその味を分けてあげたかったのだ、とキスのあと少年は笑って言った。 最初の想定どおり突然のおねだりにはやはり裏があったようだったが、こんな裏ならいつでも大歓迎だ。 ** 2013.01.18 【配布元:Abandonさま】 ブラウザバックでお戻りください。
甘々を目指しました。頑張った。 |