キスする前に10のお題





ぎゅーして。


 不意打ちのキスも嫌いではない。仕掛けるのも仕掛けられるのも、どちらも経験したことがある。家族、親友としての時間も長いため、普段あまり恋人らしい雰囲気になることがなく、隙を狙うようにキスしてやれば驚いた顔をするのが面白かった。
 けれど、と思うユーリの腕の中には半身である男がおり、ユーリ自身もまた彼の腕に閉じ込められている。
 体温と鼓動を共有するかのようにぎゅう、と抱きしめあい、ほう、と息を吐いた。会話はない、たぶんきっと、今は言葉を口にする気分ではないのだ。自分も、フレンも。
 不意打ちのキスをするのもされるのも嫌いではない。
 けれどこうしてぎゅうと抱き合っていれば、じわじわとキスがしたい、という気持ちが沸き起こってくる。そんな感情に心が浸食されていく様を味わうのも、嫌いではなかった。

「ユーリ、キス、しようか」

 その欲望に心が支配されるタイミングが大体ふたり同時だというのも、悪くないものだ。


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2013.01.09







ささやいて。


 ユーリ、と呼びかけると視線だけが向けられる。何か答えてよ、と求めれば、盛大に眉を顰められた。

「喋らせんな、ばか」

 返答が掠れた囁き声であるのは、つい先ほどまで彼の喉が酷使されていたせいだ。その原因を作ったのは当然フレン自身で、苦笑を浮かべてごめんね、と謝罪を口にする。

「……ココロが籠ってるように聞こえない」

 ぼそぼそとそう指摘され、うんあんまり悪いと思ってないからね、と正直に答えた。先ほどとは異なり、にこにこと笑みを浮かべれば「しね」と恋人へ向けているとは思えない言葉を投げつけられる。

「ばか、さいてー、あやまれ、はんせいしろ」

 少し乾いた唇から紡がれる囁くような罵声。その声音が好きで、だからこそ文句を言いたくなるような言動を取っているのだ、と彼は気が付いているだろうか。

「……ひっでぇ声」

 一頻り罵ったあとふぅ、とため息をついてユーリがそう呟いた。掠れた囁き声を聞いているとぞくぞくと背筋が震え、キスをしたくて堪らなくなるのだ、と彼は気が付いているのだろうか。


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2013.01.10







なでなでして。


 黙って立っていれば爽やか好青年であると認めるにやぶさかではない親友が、「ユーリの撫で方はラピードを撫でてるみたいだ」と子供のような顔をして子供のようなことを言った。不満げに放たれたそれに眉を顰め、優しくしてんだろうが、と返せば、恋人らしさが欲しいと男は言う。
 今さら何を言い出すのだ、と思う。散々恋人同士でしかやらないようなことをしておいて、もう何年も前からそんな関係を築いておきながら、今さら。
 馬鹿言ってんじゃねぇよ、と突き放すことは簡単だけれど、それはそれでできない、と暗に認めているようで腹立たしい気もする。ならば恋人らしい撫で方とやらを、フレンが認めてくれるような撫で方をしてやろうではないか。
 少しだけ考え、優しく甘く、生クリームたっぷりのケーキをデコレーションしているときと同じくらいの手つきで撫でてやれば、その変化に気が付いたらしいフレンが嬉しそうに目を細めた。こんなにも喜んでくれるのならば、たまにはこうして撫でてやらないこともない。そう思っていれば、「どうしよう、ユーリ。勃った」と見上げてきた男にキスをせがまれた。
 ひとまず殴っておいた。


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2013.01.11







おはなしして。


 そういう気分のときもある。
 気だるい空気が満たす寝室でふたり並んで横になり、それなりに疲労した身体と意識ではあったけれど、すぐに眠るのももったいない。だから何か話でもしようか、と口にすれば、だったら、と恋人が言った。

「どれだけオレを好きか、話してみろよ」

 聞いてやるから、と笑いながら言われたことに、そうだなぁ、と考える。考えて考えて、どんな言葉を並び立てようか悩んでいれば、「……お前、寝てんじゃねぇだろうな」と低い声で答えを急かされた。悩んだ末結局、「これくらい」と身体を起こして恋人に覆い被さりキスをひとつ。

「……フレン、話をするって意味を理解してるか?」
「ボディトークって言葉があるの、知ってる?」


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2013.01.12







てをつないで。


 ユーリ、と名を呼んで差し出された手。ん、と素直にその手のひらに自分の手を重ねれば、きゅう、と握りしめられた。導かれるまま数歩ほど足を進め、はたと気がつく。

 いやいやいやいや、おかしいだろ、どう考えてもおかしいだろ。

 町の外に少し大きな魔物の姿が見える、と怯える旅人の話を聞き、様子見がてらにとふたりで外へ出かけた。大きいのは姿だけでさほど強い相手でもなく、そのまま討伐して戻る途中のこと。徐々に夕闇に覆われる時間帯であり、街道にほかの人間の姿はない。しかし、いくら人目がないとはいえ、成人した男ふたりが仲良くお手手繋いで散歩だなんて。

 ないない。

 心の中で首を振って否定し、フレン、と先を行く親友(兼恋人)を呼んだ。

「何?」

 振り返った男の金色の髪や、その頬がオレンジ色の夕日に染まる。柔らかく笑みを形作る唇、心の底から信用と信頼、愛情を寄せてくれていると分かる顔。

「あー……」

 手を離せ、と言えなくなった代わりに、視線を逸らしてキスをねだっておいた。


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2013.01.13







ひたいをあわせて。


 ちょん、と鼻先を触れさせたあと額を合わせて目を覗き込む。これからまさにキスをするぞ、という体勢であり、ユーリもその雰囲気に気づいているだろう。甘い空気に少しだけ頬を染めて照れを見せつつ、紫黒の瞳を挑発するように煌めかせる。
 その表情を楽しみながら額を擦り合わせていれば、不意に顔の角度を変えたユーリに鼻の頭をかぷり、と齧られた。するなら早くしろよ、という意思表示。それでも笑ったままでいると、今度は頬を齧られた。かぷり、かぷり、と耳や顎に歯を立てるけれど、唇には決して触れない。負けず嫌いなユーリらしい行動だ。
 くすくすと笑いながら頬を包んでユーリの動きを止めた。再び合わせた額をすり、とこすり付ける。
 今ここでそっと舌を差し出せば、望むまま齧ってもらえるだろうか。


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2013.01.14







しせんをむけて。


 ああユーリがいるなぁ、とそう思った。
 誰よりも大切で、誰よりも近しい唯一なる半身。そんな存在が偶然にも同じ空間に居合わせた。視線を向けるな、という方が無理な話。
 ただ互いに仕事で訪れており、声をかけても良いものかどうかわずかばかり悩んだところで不意に彼がこちらを向いた。話をしていた相手に断りを入れ、つかつかと歩み寄ってくる。ユーリ、と名を呼ぼうとしたところで腕を捕まれ人気のない方へ連れこまれた。

「ユーリ?」

 もう一度名を呼んで首を傾げれば奪うように重ねられた唇。

「……んな顔してこっち見てんな」

 襲いたくなるだろ、と紡がれた言葉に口元を緩め、もう既に襲われたよ、と返しておいた。


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2013.01.15







かみにふれて。


 さらさら、さらさらと。
 横たわったユーリの髪を飽きもせずに掬い上げてはシーツへと零す。手触りが好きだ、と豪語して憚らない幼馴染は今日もまた、気に入りの髪を指先に絡めては満足そうな笑みを浮かべていた。
 一体何がそんなに嬉しいというのか、楽しいというのか。いろいろ言いたいことはあったが、正直口を開くのも億劫なくらい疲労を覚えている。髪の毛くらいならば好きに弄ってもらって構わない、もうこのまま意識を飛ばしてしまおう。そう思っていたところで、黒髪に唇を寄せる姿を目撃してしまった。
 思わず「する場所が違うんじゃねぇの」と口走った言葉が、まさか治まりかけていた彼氏の欲望に再び火を灯すことになるなんて。


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2013.01.16







あそんで。


 彼氏が分かりやすく拗ねている。
 しかも拗ねている原因が、構ってくれなかったからという、ひどく子供っぽいものだ。たとえばそれが、ふたり分の食事の支度をしていただとか、仕事だったとか、そういう事情があるのならユーリもまた甘えてんな、と怒りを口にできたであろう。しかし残念なことに今回は全面的にユーリが悪い(のだと思う)。一緒に食事にきていた恋人を放って、ウェイトレスやバーテンとスイーツ談義に夢中になっていたのだから。
 個人的には非常に有意義な一時を過ごせたが、彼氏的にはそうではなかったらしい。ユーリが常宿としている部屋に戻る間も微妙に不機嫌だった。さて如何にしてその気分を浮上させてやったら良いのか。そこは原因であるということ、恋人であるということを踏まえ、ユーリが責任を持つべきだろう。
 こういったシチュエーションは実は少なくない。そのため今まで様々な手を使っており、正直そろそろネタが尽きた感がある。ベッドに横たわってそっぽを向いている彼氏の背を見やり、うん、と一つ頷いた。

「フレン、オレと何したい?」

 直球の質問にようやくこちらへ視線を向けた男は、むくりと身体を起こして両腕を伸ばす。素直にその腕の中におさまってやれば、すり、と肩に額をこすり付けた後、「僕とあそんで?」と視線をむけてきた。
 子供のような顔をして拗ねていた彼氏が強請るそれは、たぶん、おそらく、子供は決して行わない遊び。仕方ねぇな、と口元を緩め、そっと顔を傾けた。


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2013.01.17







ちゅぅして。


 家族に近しい恋人が、いわゆるおねだりの言葉を口にすることはあまりない。したいと思ったときには彼自ら動いているし、その魅力的な唇から紡がれるものはどちらかといえば誘いや挑発だ。「して」ではなく「しようぜ」なのだ。別にどちらがいいという話でもないし、正直彼であるなら何でもいいくらいには飢えていると自覚している。けれど、そういった素直で可愛い系のおねだりが、彼にしては珍しい言動であることは確かで。

「……だからっつって、お前の暴走の言い訳にゃならねぇぞ、バカフレン」

 普段見ないその姿に頭の中の何かがぷつり、と切れてしまったようで、はたと気づけば散々に恋人を乱した後だった。意識を取り戻した彼に恨みがましげな目を向けられ、その原因を説明してみたけれど理解は得られない。残念なことだ。お前には冗談が通じないってこと分かってたのにな、とどうやら後悔までしているようで、まことに残念である。

「……もう言ってくれないの?」
「二度と言うか」

 きっぱりと切り捨てられた。大変に残念なことである。
 けれど、その程度で諦める性格はしていない。「だったら代わりに僕が言えば良いのか」と呟いて、恋人へ視線を向けた。

「ユーリ、ちゅぅ、して?」
「なんでそうなる!?」



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2013.01.18


【配布元:Abandonさま】





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頑張らなくても勝手にいちゃいちゃしてくれる下町。