If... 天候がすこぶる悪いため、ここ数日エイトたち一行はある町に留まり続けていた。宿屋に馬小屋があったためミーティア姫と、彼女が引く荷台に隠れているトロデ王が魔物に襲われる心配もない。多少窮屈な思いをしてもらうことになっているが、それは宿屋から出られないこちらも同じこと。 叩きつけるように振る雨をエイトは窓からぼんやりと眺めていた。雨が降っているからだろうか、ここのところ空気が冷え、肌寒さを感じることが多い。小さく身震いをして、エイトはカーテンを閉めた。 振り返ると、宿屋備え付けのティーポットでククールがお茶を入れているところだった。「お前も飲む?」と聞いてはくるものの、既に彼の手の中にはエイトの分のお茶も用意されている。 頷いて手を伸ばすと先に薄い上着が放り投げられた。先ほど震えたのを見られていたらしい。大人しくそれに袖を通し、もう一度手を伸ばす。 湯気の立つティーカップを手に、エイトは目を細めた。 この町にたどり着き部屋を取ったとき、いつものようにククールと同室になった。しかしいつもと違うのは滞在期間が長いこと。普通ならば何か特別な用がない限り一晩だけしか部屋にはいない。たとえ二泊、三泊しても、一日中部屋にいることなどない。だがここ数日、あまりに酷い雨に宿屋から出るに出られない。暇つぶしにと雨の中出かけてみたりもしたが、すぐ近くの道具屋へ行くにも全身ずぶぬれになり、もう二度とやらないとエイトは心に決めていた。 共に旅をする仲間、常に一緒にいるとはいえ、ここまで四六時中顔をあわせているのは初めてかもしれない。 自分が使っているベッドへ乗り上げ、壁に背を預けて、エイトは紅茶を手にしたままぼんやりとククールの方を見る。彼は備え付けてあるテーブルについて、お茶を飲みながら静かに本を読んでいた。 彼の普段を知っている人間はなかなか信じられないかもしれないが、ククールは本を読むのが好きらしい。酒場へ行かないときには大体何かの本を開いて読んでいた。「暇つぶしにはちょうどいいんだよ」というのが彼の言い分。 だから二人で部屋にいる時はエイトが口を開かない限り、基本的には静かな時間が流れている。 何もすることがない時間というのにエイトは慣れていない。城では大抵やらなければならないことがあったし、ないときには厨房へ顔を出し、小間使いの真似事をしていた。時間の潰し方を知らないのだ。仕方ないのでここ何日かはククールと同じように本を読んで過ごしていた。 今活字見たら、寝るよな、俺は。 空になったカップをじっと見てそう思っていたら、いつの間に近づいてきていたのか、ククールにカップを取り上げられた。 「寝るならこれは置いとけ」 反応を示すのが面倒くさく、ぼうとククールを見上げていると、何故か苦笑された。馬鹿にされたように感じ、思わずむっとして睨むと彼の苦笑は更に深くなる。 ティーカップをテーブルの上に戻すと、ククールは空いた手でエイトの身体をベッドの上へと押し倒した。そのままシーツを引っ張りあげられ頭からすっぽりと被される。「はいはい、いい子だからねんねしましょーねー」という台詞付きだ。 いちいち腹を立てるのも馬鹿らしくなってきたエイトは、シーツの下から顔を出して溜め息をついた。ベッドの脇に腰掛けてククールが「ん?」と覗き込んでくる。 「お前ってさ、すごい世話焼きだよな」 思ったことをそのまま口にする。「だって俺、何も言ってないのに上着とってくれるし、お茶入れてくれるし、眠いのばれてるし」 これらは今に限ったことではない。思い返せばここ数日はもとより、共に旅を始めた頃からククールは何かとこちらを気遣ってくれたような気がする。 たとえば買出しに出かけたとき。半ば強制的に荷物を全部持たせているが、文句を言いながらもそれをエイトに押し付けようとはしない。並んで道を歩いていても、必ず馬車が通る側を自分が歩きエイトに店側を歩かせる。歩き難いと思ったことがないので、おそらく歩調も合わせてくれているのだろう。 こんな小さなことを数え上げていけばきりがない。気の遣い方が細やかでとても自然。おそらく本人は気を遣っているという意識がないのだろう。それが彼にとっては普通のことなのだ。 きっとこういう部分に気付いた女が、ころっとククールへ落ちてしまうのだ。女というのは観察眼の鋭い生き物だからすぐに気付けるのだろう。 女性でなくとも、普通なら気付けるのかもしれない。今までそれに気付けなかったのはエイトだからで。 エイトには決定的なまでに欠如している能力がある。 自分の存在を世界の中に当てはめることができないのだ。自分ではない誰かから感情を向けられる自分を想像できない。それが好意であろうと憎悪であろうと同じことで、誰かに好かれる自分、誰かに嫌われる自分というものが分かっていない。そもそも存在しているとさえ思っていない。 旅を始め、仲間たちから散々そのことを指摘されてきたので、最近は何となくそういったことを感じ取ってきてはいたが、それでもエイトにとって「自分」などいてもいなくても同じようなものだった。 だからどれだけククールから優しくされていても、そんな「自分」を分かっていないので、普通なら誰もが気付けるような彼の優しさを知らないままでいた。 もっときちんと自分と自分以外の人間との関係に目を向けていれば、もっと早くククールの気遣いに気付けたのではないだろうか。 シーツの中でぼんやりとそんなことを思う。 もし自分がそんな考えの持ち主でなかったら。 「俺がこんなんじゃなきゃ、もっと早く、お前が好きになってたんだろうなぁ」 何となくそう思って、ぽつりとそう零したところでエイトは睡魔へと意識を明け渡した。 返す言葉を捜しているうちに寝入ってしまったエイトを見下ろし、ククールははあ、と大きく溜め息をつく。 「エイト、それってつまり、今はオレが好きってことじゃないか?」 尋ねるも答える声はない。 ククールはもう一度溜め息をついて、茶色い前髪を払いのけ露になったエイトの額に軽く唇を落とした。 「オレだって、好きでもない奴相手に甲斐甲斐しく世話焼くほど暇じゃねぇよ」 ***
ご提案くださった台詞:「俺がこんなんじゃなきゃもっと早くお前が好きになってたと思う」 ブラウザバックでお戻りください。 2005.09.20
ぽろっと失言。言った本人は気付いてない模様。 ククール兄さん、エイトさんが大好きらしいです。 |