恋人たちの休日


「なぁ、エイトー」

 さんさんと暖かな日差しが入り込む宿屋の一室。外は良い天気で、吹き込む風が白いカーテンをひらひらと揺らしている。
 そんな中、二つあるベッドのうち窓際の方へ長い手足を放り出してだらしなく寝転んだまま、赤い騎士が声をあげた。彼が呼びかける相手は壁際のベッドの上へ座り込み、何やら古びた書物へ視線を落としているところだった。

「エイトくーん?」

 もう一度呼びかけるも答えは返ってこない。

「エイトー? 聞こえてる? エイトくんの大好きなククールさんが呼んでますけどー?」

 身体を起こし、あぐらをかいた状態でもう一度。しかしやはりエイトは口を開くどころか、顔を上げてこちらを見ようともしなかった。

「返事がない。ただのしかばねのようだ」

 ククールが思わず呟くと、「誰が屍だ。勝手に殺すな」とようやく反応が返ってくる。

「何だ聞こえてんじゃん」
「この距離で聞こえない方がおかしいだろ。ただ呼んでみただけーとか、頭の悪いこと言うなよ?」
「言わねぇよ、お前じゃあるまいし」
「じゃあ、用件を言え。手短に」
「デート、しよ」

 エイトの要求どおり手短に用件を伝えると、「却下」という声と共に枕が飛んできた。それが顔面に当たる前にキャッチし、放り返す。

「えー、だってこんなに天気いいんだぜ? それに、今日は休息日、ゆっくり休めって言ったの、お前じゃん」
「だから、俺はこうしてゆっくり休んでるだろ」
「どこが。それ、どうせ呪い関係の本だろ」

 エイトは仲間たちには休めというわりに、自分が休むことを酷く厭う。今も休んでいるとは言うが、要は一人情報収集に勤しんでいるだけで、結局はいつもと変わらない、とククールは思っている。休息とは体だけでなく、頭や心も取ってこそのものだ。ただでさえ彼らが取り組む問題は人間が立ち向かうには大きすぎるのだ。休むときには完全にそれらのことを忘れてしまった方が、心身への負担も軽くなるに決っている。
 しかし、ククールがいくらそう力説したところでエイトには理解してもらえないだろう。彼はそういう人間だ。だからこそ、自分も含め仲間が惹かれて集まっているのだろうけれど。
 立ち上がったククールはエイトのベッドへと乗り上げて、本を読み続けるエイトへ手を伸ばす。背を預けていた壁から引き剥がし、自分の腕の中へ収めるものの、エイトの視線がこちらを向くことはない。
 おもしろくないなぁ、と思いながらも、ククールは抱き込む腕に力を込めた。

「なぁ、エイトー。外、遊びに行こうぜー」
「どこのガキだよ、お前」
「この町さぁ、中心に公園があるんだよ。そこの露店でクレープ売ってんだけどさー、売り子のおねーさんが可愛くてさー」
「だったら一人で行けよ」
「ヤダ。エイトと一緒がいい」
「何で」
「……仮にも恋人にそう言うこと聞くか?」

 エイトの一言に酷くショックを受けたらしい。ククールは彼を抱く手を離し、ふらふらと立ち上がると部屋の扉の前で膝を抱えて座り込んだ。そして「いいんだ、どうせ恋人だと思ってたのはオレだけだったんだ。オレ、弄ばれてたんだ」とぶつぶつと呟き始める。時折ちらり、とエイトのほうへ視線を向けることも忘れない。

 ククールとエイトがそういう関係になったのはつい先日のことである。もともと体の関係はあったが、恋愛関係にまるっきり興味がなく、また知識もないエイトがククールに押され、流される形で結局「恋人」という関係に納まった。だからといって態度が以前と変わるかといわれればそうでもなく、くだらないことで喧嘩する毎日。
 ただ唯一変わったことといえば、ククールが常にエイトの側にいたいと言うようになった事。彼曰く、「前から言いたかったけれど、言えなかったんだ。今は恋人なんだから堂々と言えるだろ」とのことで。

 エイトだって別にククールのことが嫌いなわけではない。嫌いだったらおとなしく抱きしめられたりしないし、キスだって、その先だって許すはずがない。ただ、エイトにはククールの言う「側にいたい気持ち」が理解できないだけだ。
 側にいたい、いて欲しい、とエイトは思ったことがない。
 おそらく、その対象となる相手が常に側にいるからだ。だからわざわざ思うことがない。
 だとしたら、もし彼が側にいなくなったら自分も、側にいたいと思うことができるようになるだろうか。

 考えて、その状況を想像できない自分に気がつく。
 側にいたいと思う自分が想像できないわけではない、ククールが側にいない状況が想像できないのだ。

 つまりはそれくらい俺もやつに惚れてるってことね。

 なんとなく自分の中でそう結論付けて、エイトは本を閉じベッドから足を下ろした。
 自分の世界に入り込んでいるらしいククールは、エイトが動いたことに気付いてさえいない。何となくその様子にムカッときて、こいつもさっきはこんな気持ちだったのかな、と思う。

「おい赤いの。邪魔だ、どけ」

 そう言って、エイトは扉の前からククールを蹴り飛ばす。エイトの気配に一切気付いていなかったククールは、ごつん、と鈍い音を立てて床の上に転がった。

「……エイトさん、痛いです。酷いです」

 起き上がったククールがまともにぶつけた額を撫でながら文句を言う。そんな彼を見下ろして「そこに居られたら外に出られねぇだろうが」とエイトは言葉を返す。

「外、遊びに行くんだろ?」

 そう言って手を差し伸べると、驚いたように見上げていたククールは、ふ、と嬉しそうな笑みを浮かべてエイトの手を取った。





***

ご提案くださった台詞:「おい赤いの。邪魔だどけ。」




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2005.09.05








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