見渡す限りの 「……さすがに、ここで野宿はどうよ」 「どうよ、って言われてもね。しょうがないじゃない、他に場所、ないもの」 「大丈夫でげすよ、兄貴。火をたいたら獣は寄ってこないし、聖水とトヘロスで魔物を遠ざけていれば。何ならアッシが一晩中起きて見張りをしていてもいい」 とっぷりと日も暮れ、頭上には暗い夜空が広がった頃。 一向はだだっ広い草原のど真ん中で立ち尽くしていた。地図を見るかぎりではそう広くない草原だったため、日が暮れる前に渡りきることができそうだ、と立ち入ったものの、反対側にあるはずの森の影さえ目にすることができないまま今に至る。 草原より、森の方が魔物に襲われる危険性は高い。しかし、野宿をするのならば何か隠れることができるようなものが近くにあったほうが良いのは旅人ならば誰もが心得ていることだろう。 せめて木の一本、岩の一つでも目につくところにあればよいのだが、残念ながら三百六十度どこを見回しても草原と空しか見えないのである。 「諦めてルーラで一旦戻る、って手もあるが、意味はないだろうな」 エイトたちはこの草原を越えて南へと向かいたいのである。ここから一番近い村を今朝出発したわけだから、今その村に戻って明朝出直したところで、草原での野宿が明日の晩に延びるだけだ。 ククールの言葉にエイトははあ、と溜め息をついて、仕方ねぇ、と小さく呟く。 その一言で、本日のキャンプ地がここに決定された。 「広い場所っていうのも結構いいものねー」 草原へ座り込んだミーティア姫の鬣をブラシでとかしながら、ゼシカがのんびりとそう言う。 「ほら、ミーティア姫、星がすごい綺麗」 女の子同士は女の子同士で、どうやらこの野宿にロマンティックさを見出したらしい。きゃあきゃあと騒ぎながら広がる星空を堪能している。 そんな彼女たちへ「あまり騒ぐんじゃねぇ、音に釣られて魔物が来たらどうするんでげすか」とヤンガスが呆れたように声をかけた。 「あら、エイトがトヘロスをかけてくれてるのよ? ヤンガスはエイトのトヘロスが不完全だとでも言いたいの?」 目を細めて言われた彼女の言葉に、ヤンガスはエイトへと視線を向けて、「ア、アッシは、決してそういうつもりじゃ!」と慌てて言い募る。 「……ごめん、俺がもっとしっかりしてたら、ヤンガスも安心できただろうに……」 その反応を見て、よよよ、とエイトが嘘泣きを始める。たとえ嘘泣きだと分かっていても(本当に分かっているかどうかは五分五分だとククールは思っている)、ヤンガスは更に慌ててエイトを慰めにかかった。 「あ、兄貴ぃ、泣かないでくだせぇ。アッシが悪かったでげす。兄貴の魔法が不完全なはずがねぇでがすよ!」 「いいんだ、俺なんかどうせ、いくら頑張ってもラリホー使えるようになれないし」 「ラリホーなんかゼシカのねぇちゃんに任せとけばいいでげす」 「天使のまなざしも使えないし」 「あんなもん、夜道を照らす明り程度にしか役に立たないでげすよ」 「セクシービームだって撃てないし」 「それは、それで見てみたい気もするでげすけど、指の先から怪光線出すなんて、人間業じゃないでげす」 ヤンガスがそう答えたところで、がす、ごす、と鈍い音が響いた。 「……何故俺を殴る」 「ヤンガスが悪いわけじゃないもの」 「意図的にヤンガスに発言させてるお前が悪い」 エイトの頭を殴った手をそれぞれひらひらと揺らしながら、彼の背後に立つゼシカとククールがきっぱりと言い切った。 「酷い! 何でもかんでも俺のせいにして!」 わっ、とエイトが顔を覆って泣き声を上げ始める。彼の演技力はかなりのもので、どうやら何もなくても涙を瞬時に流すことができるらしい。いつかエイトが「俺、兵士辞めてもこれで食っていけそうじゃね?」と誇らしげに見せてくれたことをククールは覚えていた。 泣きながらエイトは叫ぶ。 「ヤンガスの顔がモンスタ並みに怖いのも、ククールがハゲなのも、ゼシカの胸が馬鹿みたいにでかいのも俺のせいじゃないのにぃっ!」 「兄貴、酷ぇ!」 「まだ禿げてねえっ!」 「大は小を兼ねるって言うでしょ!」 ククールとゼシカが二発目の拳をエイトの頭へ振り下ろしたときに、堪りかねたトロデ王から「やかましい!」というお叱りの言葉が飛んだ。 どうやら王様、そろそろおねむの時間らしい。寝たくともエイトたちの声がうるさくてできなかったようなのだ。 ぷりぷりと怒るトロデ王を何とか宥めて馬車の荷台へと押し込み、一向はようやくほっと息をついて顔を見合わせた。 「アッシたちもそろそろ休むとするでげす」 「そうだな、明日に響くし。見張りはどうする?」 「いつもの順番でいいんじゃないか」 「じゃあ、私からね」 基本的に野宿をする際、ゼシカ、ヤンガス、ククール、エイトの順で見張りをすることになっている。時間的に一番楽な一番手を女性であるゼシカへ割り振り、最後の一番辛い時間帯(数時間早起きしなければならない上に少しも休憩することなく次の日が始まってしまうからだ)をエイトが進んで受け持つ。間二つは前職の関係で夜が得意なヤンガスが先、朝が得意なククールが後、と自然に決った。 一人焚き火の側に残るゼシカへ「二時間経ったら起こしてくれでげす」とヤンガスが声をかけ、皆は少し離れた場所へそれぞれ横になった。 いつでもどこでもすぐに寝ることができるらしいヤンガスのいびきが聞こえてきたと同時に、焚き火の方から小さく歌うゼシカの声が届く。彼女は一人で見張りをする際、大抵歌を歌って過ごしていた。魔物を遠ざけ、人々へ安寧を届ける内容の歌らしい。かなり長いもので、それを一字一句正確に歌っているだけでいつの間にか時間が経っているのだと言う。それは既にお馴染みの光景で、野宿の時はゼシカの歌を子守唄代わりに眠りに付く。 横を見ると、寝難いから、とほどかれた銀髪が流れる、赤い背中が見えた。彼はいい加減に見えてかなり神経質なタイプで、眠る時は大抵体の右側を下にする。同じ体勢でないと眠りにつけないらしい。 ククールから視線をそらせ、エイトは仰向けのまま真っ直ぐに上へと視線を向けた。 どこまでも広がる空。 く、と軽く唇を噛んで、今日の夢見は悪そうだな、とエイトは安眠を諦めて目を閉じた。 エイトは空が、どこまでも広がる空が嫌いだった。 広い空を見ると、いつかそれに自分も取り込まれてしまうのではないかという恐怖に、 結局は取り込まれずただただ拒絶され続けるという果てしない孤独に、 いつも苛まれていた。 体に圧し掛かる不安が精神を蝕む恐怖へと変化し、全てを絶望に支配されかけたとき、ようやくエイトは眠りの淵から帰ってくることができた。できればもっと早く目覚めたかったが、夢というのはたとえそれが己のものであっても自由に操作できない。 いつもより早く鳴る心臓を押さえ込んでエイトは大きく息を吐き出した。額に浮かぶ汗を拭い、いやいやながら空を見上げて時間を確認。ちょうどククールと見張りを交代する頃合だ。 自分が平静を取り戻していることを確認してから、エイトは音をたてずに起き上がった。左側にはいびきを立てるヤンガスがいる。ゼシカはいつものように馬車の荷台、トロデ王の隣で横になっているだろう。 振り返ると焚き火の側で、ランプの明りを頼りに静かに本を読んでいるククールの姿。 口さえ開かなければ(あとはその派手な赤い服を脱ぎ捨てれば)、聖職者に見えないこともないのに、とエイトはその姿を見るといつも思っていた。 静かに彼の側へ歩み寄ると本から目を離すこともせずに「相変わらず早いな」とククールが口を開いた。彼が気配に敏感なのは知っている。おそらくエイトが起きたときから感づいていたのだろう。驚きもせずにククールの隣へ腰を下ろし、「時間厳守は兵士の鉄則」とどうでも良さそうに答えた。 手近にあった薪を手にしてそれをぽい、と焚き火の中へと放り込む。パチパチと音を立てて燃えて行くのをただじっと、眺めていた。 「じゃ、オレはそろそろ寝るとするかな」 ぱたん、と本を閉じてククールが立ち上がった。 彼のほうへ視線を向けずに、「ああ、お休み」とエイトはもう一本薪を火の中へと投げ込む。 草原の中で薪を手に入れることはできない。これは今日のような場合のために以前から馬車の中へ積んでいた薪だった。だからそれほど量があるわけでもなく、あまり無駄遣いはしない方がいい。分かってはいたが、エイトはもう一本、薪を手にしてそれを火の中へとくべる。 そのエイトの動作を見て、ククールが大きく溜め息をついた。 「お前ね、もうちょっと素直になったら?」 そう言って、彼は再びエイトの隣へと腰を下ろす。言葉の意味が分からず、エイトは「はぁ?」と首を傾げた。 「あのね、オレはお前が空を嫌いなことも、広い場所が苦手なことも知ってるの。オッケ?」 そういえば以前、そんなことを伝えた気もする。ああうん、と曖昧な返事をするエイトへククールはもう一度溜め息をついた。 「お前さ、ここで一人になるの、嫌なんじゃねぇの? 怖いんじゃねぇの?」 だから無意味に薪、弄ってんだろ。 指摘されて、エイトは再び手にしていた薪へ視線を落とし、そうかもしれない、と思った。 何か気を紛らわすようなことをしていないと落ち着かないのだ。 仲間たちが背後で眠っているとはいえ、たった一人この広い場所に取り残されてしまったかのようで。 広がる空が、今にもエイトを飲み込むために襲ってきそうで。 怖くて、仕方がないのだ。 「はい、ここでエイトくんに問題です。エイトくんの目の前には優しくてカッコいいククールおにーさんがいます。ククールおにーさんは今まさにエイトくんの側から離れて、別のところで寝ようとしてます。 この場合、エイトくんが言うべき言葉は何でしょーか」 己の言葉を実行するかのようにククールはもう一度立ち上がった。 隣にあった体温が離れて行く気配。 思わず手を伸ばし、エイトはククールの袖を掴んだ。 自分で自分の行動に驚いたエイトは、目を丸くして袖を握る手を見つめている。そんな彼へ優しく笑いかけると、ククールはしゃがんでエイトの目を覗き込んだ。「エイト」と名前を呼ぶと、彼は顔を伏せて口を開く。 「ここに、居ろよ」 小さく、蚊の鳴くような声ではあったが、はっきりとそう言ったエイトに、ククールはふ、と笑みを浮かべる。そして「よくできました」とエイトの頭を引き寄せて抱きしめた。そして旋毛の辺りへ唇を落としながらもう一度、名を呼ぶ。 「エイト。ここに居るからさ、オレのお願いも聞いてくれる?」 エイトの膝の上に頭を乗せて横になったククールは至極満足そうに笑っていた。こういう機会でもないと膝枕なんてさせてくれそうもないし、というのが彼の言い分。 先にわがままを言ったのはこちらの方なので、ククールの頼みを拒むという選択肢はエイトに残されていなかった。 とはいえさすがにこの体勢は恥ずかしいものがある。ぶす、と頬を膨らませて不機嫌そうな彼へ手を伸ばし、笑いかけてククールは口を開く。 「オレだって寝とかないと、明日ゼシカたちに迷惑かけるだろ?」 「別に俺が膝枕しなくてもいい気がする」 憮然とした表情のままそう言い返すエイトへ「でも、そうしたらエイトの側にいられないし」とククールは笑った。 「この体勢ならずっと振れ合ってられる。 空が襲ってきても、飲み込まれるのは二人一緒だ」 ***
ご提案くださった台詞:「そばに居て」 ブラウザバックでお戻りください。 2005.09.06
閉所恐怖症の逆ってなんて言うんでしたっけ。
どんな言い方でも良い、ということでしたので、 言い方を少し変えさせていただきました。 |