JAM それなりに大人からの愛情を受けて育ったごく普通の生活を送る人々に比べ、若干濃い人生を送っているだろう、とは思う。このご時世、片親だなんて珍しくもなく、ククールのように両親ともに亡くしている子供だって五万といる。現に今パーティを共にしているメンバも、家族の話すらしない元山賊あがりに、最愛の兄を亡くして家出中のお嬢様、揃って呪いを受けている親子、両親どころか記憶すら無くしている少年と、己の不幸など小指のさきほどの大きさですらないと思うような境遇のものばかりだ。要するに、「ごく一般的」とは言い切れないが、しかし年齢に応じた人生経験しかないため、いくら僧侶といえどそう達観しているわけでも、老成しているわけでもないのだ。 重たくなった、というわけではない。ただ怖くなった。 頭が悪い、脳が足りてない、仕様が残念と常日頃罵りあげている少年が、「いいだろ、俺の代わりにお前が考えれば!」とそれはそれでどうかと思うような放り投げ方をする。始めの頃は「その方がいいな、お前が考えるとろくなことにならねぇ」と返しており、野生の獣に懐かれたような若干の優越感さえ覚えていた。誰にでも人懐っこいようで、自分の感覚が他人と多少ずれていることを理解しそれに怯えているエイトは、最終的な部分で一線引いて自ら退いてしまう傾向にある。逃げようとしたエイトを捕まえ、むりやり彼の中の齟齬を突きつけて「お前はおかしいんだ」と傷つけたのはククールの方。傷つけたことを後悔はしていない、むしろもっと傷ついてしまえばいい、と今でも思っている。 そうでも思わないと正直いろいろとやっていられない。 背後の幹へ背を預けて小さくため息を吐く。どこをどう間違えてこんな状況に迷い込んでいるのか、自分でもいまいちよく分からなかった。こんなはずではなかった。優しくて暖かな未来を夢見ていたわけでは決してないが、少なくともこんな毒の沼を単身で歩いているかのような日々を送るつもりは欠片もなかったのに。 ばさっ、がさっ、と頭上で木々の枝が擦れ、揺れる音が響く。「よっ、ほっ」と軽快な声と共にざざっ、と側に落ちてきたのは件の少年リーダだ。服にまとわりつく葉っぱを、ふるふると身体を震わせて払い落とす。 「猿か何かかお前」 「こんなイケメンな猿、いたら国宝級だろ」 大事にしろよ、と言いながら彼は両手に持つ戦利品を掲げて見せた。「食えるかなこれ」と尋ねられ、「食ってみれば」と促す。 街道脇で昼食を取り、少し身体を休めてからの出発といういつも通りの流れのなか、普段なら昼寝に勤しむリーダは何を思ったのか突然「お散歩に行けとカメーンさまが囁いている!」と森の中へ突っ込んでいった。そもそもカメーンって誰だ、むしろ何だ、と思いながら視線で追いかけていれば、ぽん、と背後から肩を叩かれる。振り返ればにっこりと可愛らしいく微笑むパーティの紅一点の姿。彼女は普段そこまで満面に笑わないだろうというほどにこやかな笑みのまま、くい、と立てた親指でエイトの消えた森を指さした。ついて行け、という無言の要請である。 何でオレが、という不満を顔面全体で表せば、「イイ男が台無しよ」と言われた。いつもは決して口にしないような言葉をこういうときばかり彼女は言うのだ。 「あんたが一番あの子を上手く操れるんだから、当然でしょ」 効率の問題、後片付けと出発の準備はしておくから、と言われ、渋々エイトの後を追いかけ、今に至る。 「………ククールさん、この実、とてつもなくすっぱいんですけど」 「だろうな、普通は生では食わねぇもん。砂糖と一緒に煮詰めてジャムにするのが一般的」 「先に言えよ、そういうことはっ!」 きぃ、と本物の猿のように牙を剥いて文句を言った後、もう一つ無事な方の果物をククールに押しつけてくる。だから生では食べれない、と言ったばかりだというのに。 そんな思いを込めてエイトを見下ろせば、「お前の分って取ってきたんだから受け取れ」と返された。 「で、あとでジャム作って」 「やっぱ作るのオレかよ」 はぁ、とため息をついて手の中の果物を弄ぶ。 一見単純、けれど一度その内面を覗き込めばあまりの複雑さ、歪さに思わず鳥肌が立ってしまいそうな少年を、一番上手くコントロールできるのはククールだ。そうゼシカは断じ、あながち間違っていないだろうとククール自身も思っている。 だからこそ、怖い。 繰り返すが、決して重たいと思っているわけではない。修道院にいたころからふらふらとしていた身だ、多少の重さがあった方が、地面に足を着けて歩けている感があるというものだろう。 そうではなく、ただひたすら怖い。 兄貴はもっと自由に生きてもいいだろうに、と酒の席でぽろり、と呟いていたのは、腹の贅肉に悩んでいる年上の弟分。あれ以上フリーダムになったらまずいだろ、と返したククールを、「そういう意味じゃねぇっつの分かってるだろうが」と睨みつけてきた。 そう、分かっている。本当は誰よりもそう思っているのかもしれない。 もっと、自由に。 こうして旅をしてみて改めて実感するが、この世界はどこまでも広く、どこまでも自由だ。限りなく広がる空と海と大地。 それらから目を背け、まるで無きものとして振る舞い、そうして何も持たない少年が視線を向ける先はトロデーンという国、自分を助けてくれた国王親子。恩返しをしなければ、という健気な忠誠心でもあればまだ良かったのかもしれないが、エイトにそのようなものがないことをククールだけが知っている。 彼にあるのはただ「そう言われたから」という過去の事実だけ。助けてもらったから恩返しをする、そうしろと言われた、だからそうしている。そして今更それ以外の生き方が分からないから続けている、それだけのこと。 正直、これではむしろトロデ王たちのほうが可哀想だ、とそう思う。 「カメーンさまっつのはだな、こう、仮面のお化けでな? 鍵を取ったら持ってるものを容赦なく追いかけてくるという、みんなのトラウマ的存在なわけ。あいつに泣かされた子供たちは数知れず……」 頼むオレに分かる言葉で話してくれ、と求めれば、「ガキのころ、お化け怖くて泣いたりしなかった?」と尋ねられた。 「……覚えてねぇな」 もしかしたらそうだったかもしれないが、本当に記憶にない。思い返しても出てくる過去の光景といえば、蔑んでくる兄の視線と、頭を撫でてくれる院長の手くらいだ。むしろ彼の方こそそういった記憶はないのではないだろうか。そう思っていれば、まあな、と肯定された。 「お化けとか魔物とかよりも怖いもんあったしなぁ」 彼の記憶が始まったときにはもう、幻影に怯えて涙しても許される年齢は過ぎていた。もともとが身よりのない拾われ子、泣いたところで甘やかし、慰めてくれる腕などなかっただろう。それと知れば子供は泣くこと止めるものだ。 たぶんこればっかりは、死ぬまで怖いまんまだろうな、とエイトは他人事のように言う。彼が泣きわめくほど恐れる対象は世界そのもの、どこまでも広く、どこまでも自由なそれ。 自由であれ、と願う少年は、実際には自由を厭んで憎んで恐怖すらしていました。 そう口にして、理解してくれるひとがいるかどうか。 そんな少年の内面を、不用意に暴いてしまった代償、見返りのない感情、一方通行な想い。 ああ怖いな、とそう思う。 トロデーンという国から解放され、自分の進む道を見つけてもらいたい、と願い、願われる少年の腕を引く、そうすることによって結果的にはただ単に、閉じこめる檻がククールという名の人間に変わっただけのことではないのか、と。そう糾弾されることが怖いのではない、もしそうであった場合、もしかしたらいつか、自分のように檻からエイトを助け出そうと手を伸ばす存在が現れるのではないか、と。 そのことがただひたすら、怖かった。 そのとき、自分は一体どうするだろうか。 呑気にジャムなど、作っていられるのだろうか。 押し潰しぐちゃぐちゃに掻き混ぜるのは、果物だけで済むだろうか。 それが、分からなくて怖かった。 ブラウザバックでお戻りください。 2012.06.03
ククールさんが悩んでいるシリアスなクク主、を目指して。 リクエスト、ありがとうございました! |