連帯責任 緊張感を強いられる戦闘の連続で、その村にたどり着いたときにはパーティメンバ一同心身ともに疲れ果てていた。しかしこんなときにこそ、と赤い騎士ククールはさっさと酒場へと姿を消してしまう。それこそ明日の予定すら聞かずに、だ。 「ちょっと勝手すぎるわ!」 そんな彼の姿に腰に手を当ててぷりぷりと怒っているゼシカを宥めながら、「あとで俺が伝えとくよ」とエイトは苦笑いを浮かべる。 「あのバカにはあれが立派な休息になってんだ。ゼシカたちもゆっくりと休んどけよ」 そう言って宛がわれた個室へとエイトは姿を消した。さすがに行程に無理があったと思っているらしく、今日は十分に休めるよう個室が取ってある。ゼシカとヤンガスも顔を見合わせて頷き合うと、それぞれ自分の部屋へと戻っていった。 「っていっても、女としけこむ前に伝えないと意味ねぇか」 ゼシカにああは言ったものの、今日は彼と同室であるわけではない。たとえ同室であったとしても朝までに戻ってくるという確証があるわけではない。エイトは溜め息をついて身支度を整えると、ベッドに倒れこんで動くのが億劫になる前に、と部屋を後にした。 「うっわ、相変わらずむかつく光景」 酒場の扉を開けて、エイトは思わずそう声に出してしまう。中には酒場に来ていた女性たちと、給仕の女性に取り囲まれ、それがさも当たり前であるかのような顔をしてグラスを傾けている嫌味な男がいた。そしてそれを取り巻く他の男たちの殺気立っていること。 めんどくせーな。言うこと言ってさっさと帰ろ。 軽く頭を掻いてエイトは溜め息をつくと、わざと足音をさせてククールへと近づいた。 「おい、そこの赤い間抜け面」 気配と声でエイトだと分かったのだろう、彼はこちらを振り向きもせずに、「何だ、黄色いノータリン」と答える。「誰が黄色だ!」と怒ると、「そこかよ、怒りポイントは」と呆れたような視線がようやく返ってきた。 彼らのやり取りをただ見ているだけだった女性たちはそこでようやく我に返ったらしい。エイトを視界へ治めると「かわいーっ!」と叫び声をあげた。 「なに、ボク? 子供がこんなところ来ちゃ駄目でしょぉ」 「うわぁ、おめめパッチリ、かわいー」 「おにーさん迎えに来たの?」 普段エイトはあまり酒場には姿を見せない。一人のときは尚更で、情報収集が目的のとき以外酒場に近寄ることさえしていない。彼は自分の童顔をよく理解しているのだ。酒場と自分の容姿がどれだけ不釣合いか、分かっているのである。 きゃあきゃあと歓声を上げて取り囲んでくる女性たちに、エイトはなんと答えてよいのか分からず口ごもってしまった。 「や、えと、あの……」 「やぁん、うろたえてる! かわいー!」 「酒場は初めて? おねーさんが教えてあげよっか」 女性たちは先ほどまでククールを取り囲んでいたとは思えないほど、今は新しいおもちゃに夢中である。その様子を横目でちらりと見て、ククールは軽く溜め息をついた。 実際のところ、煩わしさから解放され少し安堵していた。誰に言っても信じてもらえないかもしれないが、今日はナンパより酒を飲むことが目的だったのだ。軽い酩酊感を求めていたわけである。それなのに回りで騒がれては悪酔いしそうだった。今日はむしろ酒を買って一人で部屋で飲んだほうが良いかもしれない、そう思っていたところにエイトが現れたのだ。 おそらく彼は何かこちらに伝えたかったことがあったのだろう。そうでなければ一人で酒場に来るはずがない。彼が酒場に用事がある時は皆で夕飯を食べにきたときか、宴会をしにきたときだけだ。 そんな彼を置いて先に帰ってしまうのはいくらなんでも酷いかもしれない。 そんな風に思い、ちらりとエイトの様子を窺った。 酒場に来る女性というものは大抵開放的で、刺激的な格好をしている。そんな女性たちに取り囲まれ、中心にいるエイトは困ったように顔を赤くしていた。 その光景に思わず眉をひそめる。 くい、とグラスの中身を煽って、ふと、疑問に思った。 どうして今自分が不機嫌そうな表情をしてしまったのか、と。 むかっときたのは確かだと思う。ポーカーフェイスが基本ではあるが、エイトを含めた仲間の前ではかなり自分の感情をストレートに出している。その理由は分からないが、わざわざ取り繕うのも面倒くさいからだろう、そう思う。だからきっと今もエイトが側にいるから思ったことがそのまま顔に出てしまったはず。 一体何に腹を立てたというのだろうか。 女性たちをエイトに取られたこと、ではない。それだけは絶対にない。プライドにかけて誓える。むしろ今に限り彼女たちを引き受けてくれるのなら喜んで送り出すというもの。 では、何が気に障ったというのか。 もう一度エイトたちの方を見やって、ククールは小さく溜め息をついた。 考えるまでもない、か。 グラスを満たしていた液体を空にすると、ククールは軽く音をさせてカウンタへとそれを置く。バーテンへ声をかけて支払いを済ませると、額にかかる前髪をかき上げてから「エイト」と声をかけた。 あまり大きな声ではなかったにも拘らず彼は聞き逃さなかったらしく、助かった、とばかりにククールへと視線を寄越す。あからさまな救いを求める彼の目に、思わず苦笑が零れた。 悪戯小僧といえどもさすがに大人の女性たちのあしらいはあまりうまくないらしい。この点に関してはククールの方が上のようだ。 「ごめんな、綺麗なお嬢さんたち」 くつくつと喉の奥で笑いながら女性たちを掻き分けて、中心にいるエイトの腕を引いた。馬鹿にされていると思ったのか、むす、と頬を膨らませながらも、彼は逆らおうとせずに大人しくククールの腕の中へおさまる。 「エイトはオレのなんだ。だから返してな?」 エイトと、二人を取り巻く女性たちが言葉の意味を理解する前に、赤い騎士は銀髪をなびかせてすたすたと酒場の出口へと向かう。 二人が外へ出ると同時に背後から「どういうことぉ!?」という、楽しそうな黄色い叫び声が聞こえてきた気がしたが、エイトはそれを気のせいという枠組みの中へ押し込めておいた。 「ククールさん、今日、個室取ってるんですけど?」 「知ってるよ」 宿屋へ着いたククールはそう言いながらも自分の部屋へとエイトを連れ込む。彼の行動が理解できていないエイトはベッドへ向かって突き飛ばされて、バランスを取れずにそのまま倒れこんだ。圧し掛かってくる体重に、さすがにこれからククールが何をしようとしているのかに気付く。 「ごめんククール、俺、一体何がどうなってこうなってるのか分かってないんですけど」 「気にすんなって。ただのヤキモチだから」 気にするな、と言われても、せめて経緯くらい理解した上でことに及びたいと思うのが人間だろう。顔と首筋に触れるだけのキスを繰り返すククールから何とか逃れようと、エイトはじたばたともがいた。 「ヤキモチって、俺に?」 「お前取り囲んでた女たちに」 そう、つまりはそこなのだ。 エイトは自分に用事があって酒場へ来た。それなのに(彼自身は不本意だろうが)女に取り囲まれ、ククールの方を見ることもしない。その事実に腹が立ったのだ。 「久しぶりにヤキモチなんてもんを焼いたんだから、責任、取れよ?」 「意味分からん、それ、俺が悪いの?」 「どっちかって言うと、心の狭いオレが悪い」 「その責任を俺が取るの?」 「うん、まあ連帯責任ってことで」 納得できないらしくまだ何か言おうとしているエイトの口を、ククールは自分の唇で無理やりふさいだ。少しだけ開いていたのをいいことにそのまま舌を捻じ込んで濃厚なキスを繰り出す。 唾液を混ぜるように舌を絡めあわせ、その間にも頬や耳朶、首筋、鎖骨と指を這わせてエイトの反応を楽しむ。わき腹を撫で上げてエイトがひくりと震えたところでゆっくりと唇を解放し、酸素を取り込む彼の邪魔をしないように溢れた唾液を舐め取った。 「そういえばお前、結局何の用があってオレを探してたの?」 顎に軽く歯を立てて喉仏をたどるように舌を這わせ、鎖骨に噛み付く。その間にふと思い出したことを尋ねてみると、エイトは何を今さら、と呆れたような顔をした。 「もういいよ、このまま続けるんなら言ったって仕方ないことだし」 その返答にそうなの? と首を傾げると、「どうせ朝まで一緒にいるだろ?」という答えが返ってきた。 おそらく明日の予定だとか、そういったことを伝えに来たのだろう。それならばエイトの言う通り、聞く必要のないことだ。明日の朝、目覚めた後にでも彼に聞けばいい。 「確かに」と笑みを零してそう答えると、覗く赤い舌に誘われるかのように、ククールはもう一度エイトへ深く口付けた。 ***
ご提案くださった台詞:「エイトはオレのだ」 ブラウザバックでお戻りください。 2005.11.04
ちょっとだけ台詞を変えさせていただきました。 |