路地裏のミッション


「はぁい、ククールくぅん、いい子だからこっちにおいでぇ?」
「ヤダッ! 誰が行くかっ!」
「だいじょーぶ、怖いことは何にもないからぁ。優しくしてあ・げ・る」
「その口調が怖い! つか、気持ち悪い」
「うふふー、そんな酷いこと言うのはどの口かなー?」
「この口っ! こんなこと、お前一人でやってりゃいいだろ、オレを巻き込むな!」
「でぇい! 往生際が悪いっ! ゼシカ!」

 エイトの掛け声に「任しといて!」とやけに嬉々とした声音でゼシカが答え、ククールの体に抱きついた。本来なら絶対にしないであろう行動である。しかしもちろん何の意味もなく彼女がこんなことをするはずがなく、女性に決して乱暴なことをしないというククールの性格を利用した、最も効果的に彼を捕獲する方法だった。

「はぁ、嫌になるくらい肌が綺麗ね。何もしなくていいんじゃない? とりあえずマスカラとリップね」

 捕らえられたククールは逃げないように紐で椅子にぐるぐるに縛られている。むすぅ、と膨れている彼の顔を正面から眺め、ゼシカは自分の荷物からポーチを一つ取り出した。

「ほら、いつまでむくれてるの。顔を元に戻しなさい」

 右手に細々とした化粧品を持ち、ゼシカが呆れたように怒る。それに「だってさぁ」とククールは小さく呟いた。

「何でオレがこんなことしなきゃならないわけ?」
「仕方ないじゃない。相手は女しか狙わないって言うんだから」

 こっちむいて、とククールの顎を掴んで正面を向かせた。目を閉じさせると切れ長の瞳を縁取る睫へビューラーを掛け、丁寧にマスカラを塗りつける。

「だからって、オレが女装してまで囮になることはないと思う」

 目を開けていいと許可が出たのでゆっくりと開けて、普通ならありえないほど近くにあったゼシカを睨みつけて文句を言う。

「じゃあククールは私が囮になれば良いって言うの?」
「ゼシカにそんな危ないことやらせられるか。そうじゃなくて、オレよりエイトの方が適任だろって話」
「あら、エイトもするのよ? 囮役」

 ゼシカの台詞と共にいつの間にか部屋から姿を消していたエイトが、大きな音をさせて扉を開け室内へ飛び込んできた。

「見て見て! 俺、超可愛くね!?」

 満面の笑みで放たれたその台詞と、彼の出で立ちにククールは体中を虚脱感が覆うのを感じ、がっくりと肩を落とす。動かないで、とゼシカに怒られて顔を上げたときには、彼は既に諦めの境地へ達していた。
 フリルとレースに飾り立てられた可愛らしいドレスを身につけたエイトの背後では、おそらくその服の本来の持ち主であろう宿屋の娘が「すごく可愛いわよ」とにこにこ笑っているのが見えた。



 この町では今、夜一人で歩いている女性を見かけることはまずない。何故なら、ここ二月ほど女性ばかりを狙った暴漢が現れているからだ。たとえ明りのある通りを歩いていたとしても、どこからか不意に現れ被害者を裏路地に連れ込み乱暴を働きそのまま殺してしまうという。町の警邏隊も必死になって犯人を探しているが、有力な目撃証言もなく今のところ手がかりは掴めていないらしい。
 そんな話を仲良くなった宿屋の娘から聞いたゼシカは「か弱い女の子に乱暴するなんて許せない!」と憤り、そんな彼女に感化されたのかエイトも一緒になって怒り出した。それがそのままトロデ王の耳に入り、いつもの「ミーティア姫とよく似た云々」という論理で犯人確保の手助けをするはめになったのである。

「だからって何で女装?」
「仕方ねぇだろ、男相手じゃ姿も現わさねぇってんだから」
「じゃあお前一人でやれよ」
「馬鹿やろう、一人でも多い方がいいだろうが。本当はヤンガスにも参加してもらいたいくらいだ!」

 そう言うエイトへ「兄貴、それだけは勘弁してくだせぇ」とヤンガスが涙ながらに訴えている。
 そんな彼を見て、ククールは確信していた。おそらく犯人を確保するだけならばエイト一人で十分だ。どう考えてもこれは面白そうだから他人を巻き込んでいるに過ぎない。
 はぁ、とククールは本日何度目家の溜め息を盛大についた。

「こら、エイト。今はスカートなんだから椅子の上に足あげちゃ駄目」

 ゼシカに注意されエイトは「ご免あそばせ」と気味悪く笑った。

「ククールは背が高いから大人っぽいドレスの方が合うでしょうね」
「あら、だったらこれなんかどうかしら。体のラインが出すぎると男だってばれちゃうかな」
「胸に詰めものしてメリハリ出せば暗闇の中なら大丈夫じゃない?」

 宿屋の娘とゼシカは楽しそうにククールに着せる衣装を選んでいる。普通は化粧をする前に服を着替えさせるだろう、と思ったが、もうどうでも良かったので口には出さないでおいた。
 結局二人が選んだのは赤いロングドレスだった。両脇に深いスリットが入っており、さすがに生足でそれを着ろとは言えないのか、下に細身の黒いズボンを履くように指示される。
 こういうときの女性に逆らっても無駄であることをよく知っているククールは、大人しく言われるがままの衣装に身を包んだ。

「首にこのチョーカーしといてね。喉仏で男だってばれちゃ意味ないから」

 太目の黒い革のチョーカーを手渡される。いつもは束ねている銀髪をそのまま背中に流し、身支度を整えて立つと、宿屋の娘がほぅ、と溜め息をついた。

「よくお似合いで、ククールおねーさん」
「お前に言われたかねーよ、エイトちゃん」

 きしし、と笑いながらからかってくる彼の頭の軽く弾いて、嫌味を返す。しかし頭の中に必要以上の脳味噌を持っていないらしいエイトにとってそれは嫌味になっておらず、鏡の前でくるりと回って「だろ? やー、ここまで似合うとは思わなかった」と満足そうだった。
 エイトの服装はと言うと、オレンジを基調としたエプロンドレス。下に何枚か白いスカートを重ねているのかふんわりと広がった裾からフリルの層が見える。真っ白いエプロンの縁にもフリルがあしらってあり、肩の部分に小さなリボン。デザインだけは十分に可愛らしいものだった。
 まじまじと顔を見るとやはり化粧を施されているらしく、もともと大きな目が更に大きく潤んで見え、唇にも桜色のリップが引かれている。さすがにあの髪の毛では男だとばれるので、ゼシカと同じ髪型になるように茶色のウィッグを頭の両脇に付け、根元をスカートと同じオレンジ色のリボンで結んでいた。

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

 準備が整ったククールの腕を取り、意気揚揚と部屋を飛び出そうとしたエイトを後ろからゼシカが呼び止めた。

「万が一ってこともあるから、これ、持って行っときなさい」

 そう言って投げて寄越したものはばくだん岩のカケラが二つ。

「マホトーン唱えられたときの対策よ」

 この姿では当然いつも扱っている武器など持てるはずがない。しかし二人には普通の人間ならば軽く懲らしめてやれるくらいの魔力がある。襲われたらエイトはベギラマを、ククールはバギマを唱える手はずになっていたのだが、魔法を封じられてしまったら体力馬鹿で元兵士のエイトは置いておくにしても、僧侶であるククールは丸腰に近いのだ。
 抜かりのないゼシカへ礼を言って、今度こそ、と二人は宿屋を後にした。


「で、エイト、どうするよ」
「どうするも何も、適当に歩いてみるしかねーだろ」
「計画性がねぇな」
「俺にそんな高尚なもん求めるなよ」

 それもそーだ、とあっさり返されたことに腹が立ったのか、エイトがククールの脛へ蹴りを入れる。

「ってぇな! お前今女だろ!? 少しは淑やかにしてろよ!」
「ククールねーさんこそ、言葉づかいが男みたいでしてよ?」

 ほほほ、と口元を隠して笑うエイトの姿に、ククールの怒りが深まっていく。
 しかし彼はそれを何とか押し留めて、はぁ、と盛大に溜め息をついた。

「止めよう、オレらが一緒にいたら出さなくていいボロを出しちまいそうだ」
「だな。二手に分かれよう。お前あっち、俺こっち」
「おう。気を付けろよ」
「誰にもの言ってんの? お前こそ、犯されないようにな」

 容姿に不釣合いな底意地の悪い笑みを浮かべたエイトは、そんな台詞を残してククールへと背を向けた。


 エイトと別れ、ククールは当てもなくふらふらと夜の町を歩いていた。通り魔事件の所為でやはり若い女性の姿はまったく見られない。若い女性でなくとも殺人鬼が闊歩する町など歩きたくないのだろう、人通りも疎らで見かけるのは巡回中の警邏員くらいだ。彼らに見つかって家へ追い返されるのも面倒だったので、隠れながら通りを歩く。
 頭上には細い三日月。
 カツン、という硬いヒールの音が路地に響いた。


 二ヶ月で七人。多いよなぁ。それでいて手がかりすらねぇって、犯人よっぽど頭が良いのか。目撃証言くらいあってもおかしくねーだろうに。


 宿屋の娘から仕入れた情報を頭の中で整理しながら、それでも歩調は変えずゆっくりと足を進める。


 この町の人間なら人目につかない場所を知っててもおかしくねーだろうが、それにしても七回全部に目撃者がいないってのが気になるな。見られていないことを確信している、ってことか。


 たとえば自分ほど気配に鋭い人間ならばそれ可能だろう、とククールは考える。自分と相手以外の存在が近づけばすぐに分かるのならば、誰かに見られる前に逃げることはできる。しかしお楽しみの最中にその能力が発揮できるかどうかは別問題だ。


 じゃあ、誰かが見張りをしてた? 組織的、とまでは行かなくても、ある種のチーム的な犯行って可能性が高い。犯人は複数? そうなると二手に分かれたのは失敗だったか。


 行き着いた己の思考にククールは軽く舌打ちをした。たとえ相手が複数であったとしてもエイトならば一人で倒してしまうことが出来るだろう。しかしゼシカが言うように万が一ということもある。相手が複数である可能性が高いなら、こちらも複数でいるに越したことはない。


 仕方ねぇ、エイト探すか。


 そう思い、今来た道を引き返そうと回れ右をした瞬間、ドン、と大きな音が町の北側から響いた。

「爆発音!?」

 それが何であるのか理解すると同時にククールは走り出していた。
 爆発系の魔法を使えるのはパーティの中で唯一ゼシカのみだ。だとしたら今の爆発はおそらくばくだん岩のカケラを投げつけて起こったもの。魔法を封じられた、ということだろうか。
 慣れぬヒールでふらつきながらも懸命に走り、音の発信源へと向かう。

 町の北側はどちらかというと商業施設が多く、店が閉まる夜には人気がほとんどなくなる場所だった。大通りを北へと向かい、適当なところで路地へと入り込む。せめてもう一度爆発でも起こってくれたら、と思っていたところで、聞きなれた怒声が耳に届いた。

「ライデインッ!!」
「大技過ぎるだろうっ!」

 放たれた呪文に慌てて角を曲がり静止をかけるが時既に遅し、呼び起こされた雷は彼を取り囲む男たちの間へと落ちた。どうやら呪文を封じられていたわけではないらしい。

「エイトッ! お前はオレまで殺す気かっ!」

 さすがにこの狭い場所でのライデインは周囲へ被害が出る可能性の方が高い。もう少しククールが早く着いていたらおそらく彼も雷に巻き込まれていただろう。
 そう怒鳴って駆け寄ってきたククールへ視線を向け、エイトはしれっと「あ、なんだ、来たの」と言った。その様子に、ククールは軽く眉をひそめる。そしてやはり二手に分かれるんじゃなかった、と後悔した。

「来たの、じゃねぇよ! わざわざ心配して駆けつけてやったのに!」
「あー、そら悪かったな。ありがとう。じゃ、駆けつけ一杯」
「飲めるか!」
「なんならお代わりもあるぞ?」
「要らん!」

 二人がそんなやり取りを交わしている間にも、何とか雷の直撃から免れた数人の男が起き上がってこちらへ怒りの視線を向けていた。ライデインを食らいかけたというのに、中々闘争心の薄れない奴らである。もしかしたらまだこちらを女と勘違いしているのかもしれない。

「やっぱ複数か。面倒くせぇな」
「だろ? だからギガデ」
「さっきより大技になってんじゃねぇか!」

 スコン、と頭を殴って呪文の詠唱を阻止し、エイトが頭を抑えうずくまっている間に「バギ」と風を呼び出した。
 人間が相手ならば大きな魔法を使わずとも、頭さえ使えばこの程度の呪文で十分なのである。
 呼び出された竜巻は小石を巻き込みながら男たちの足の間をすり抜けていった。その風の威力に男たちは次々と足を取られ転倒していく。

「分かった? 要は頭の使い様なわけ」
「現在この頭は使用されておりません。番号をお確かめになってもう一度おかけ直しください」
「料金払わねぇから止められたんだな」

 呆れたように言って、ククールはもう一度「バギ」と竜巻を引き起こす。その側からエイトが順番に男たちの自由を奪い、持参してたロープで手足を縛り上げていった。

「ったく、この程度の奴ら、警邏隊でも十分だろうに」
「中々そうはいかねぇんだろうさ」

 ぶちぶちと言いながらも竜巻を操る手を休めようとしないククールへ、エイトが苦笑して答える。

「警邏隊つっても俺みたいな訓練された兵士じゃねぇって言うし。どっちかっていうとボランティアの青年団に近いと思うよ」
「あー、それじゃ仕方ねぇか」

 てきぱきと縛り上げていくその手付きを見ていると、やはり彼は一国の兵士なのだなと思わざるを得ない。こういう事態に慣れているとまでは行かずとも、少なくともそれを想定した訓練を繰り返しうけてきている感じがする。

「うっし、こいつで終わりか」

 竜巻の所為で満足に立つこともできず、不恰好に地面へ転がるだけだった最後の一人をエイトが押さえつけ、後ろ手にきつく縛り上げる。足も縛って行動の制限をするのを見とどけて、ククールはようやく魔法の手を止めた。
 暴れた所為だろう、土ぼこりにまみれたスカートを叩いて立ち上がったエイトがこちらを見た瞬間、驚きに目を見開く。何事だろう、と思ったと同時に、後ろに人の気配を感じた。
 咄嗟に左側に飛び避けると、今までククールがいた場所に太い角材が振り下ろされる。
 大きく舌打ち、今まで気配に気付かなかった自分に腹が立った。
 男はククールを追って、再び角材を振り上げる。

 いくら非力でも務まる職業とはいえ、こちとら魔物相手に戦闘を繰り返してきた人間なのだ。戦闘経験のほとんどない人間に劣るはずもない。
 振り下ろされた角材をかわし、その隙に男の懐へと飛び込む。再び角材を振り上げる前に手首を蹴り上げ武器を取り上げると、そのままみぞおちへと蹴りを入れた。

「っと、ヒールなの忘れてた」

 バランスを崩してよろけた身体を持ち直し、男が起き上がらないように踏みつけておく。そして振り返ると「エイト、縄貸せ、縄」と自由を奪うためのロープを要求した。差し出されたロープを受け取ったところで、エイトがニヤニヤと笑っていることに気が付く。
 そして、今の自分の姿を思い出した。

「ククール、そういう趣味?」

 ピンヒールにロープ。あとはムチとロウソクさえあれば完璧だ。

「んなわけあるかっ!!」




 捕らえた男たちを警邏隊の人間に引渡し、女装だとばれないうちに二人は逃げるように宿屋へと戻った。寝ないで待っていてくれたのだろう、ゼシカとヤンガスが談話室のソファで温かい飲み物を用意してくれている。首尾を伝えるとゼシカは安堵の溜め息をつき、ヤンガスは「さすが兄貴!」と喜んだ。

「ありがとう、本当に、ありがとう!」

 姿を現した宿屋の娘も涙を浮かべながら礼を言ってくる。詳しい事情は聞いていなかったが、もしかしたら被害者の中に知り合いでもいたのかもしれない。

「あー、ごめん、服、ちょっと破れちゃったんだけど」

 そんな彼女へエイトは申し訳なさそうに謝る。その言葉に改めてエイトの姿を見て、初めて気がついた。確かに首元が少し引きちぎられている。

「ああ、いいのいいの、そんなこと。疲れたでしょう? 今日はもうゆっくり休んで? お礼はまた明日するわ」

 眦の涙を拭いながら、娘は笑う。
 女装は頂けないが、人に感謝されるのは悪くない。それが彼女のような美人だったら尚更だ。

「そうね、二人ともお疲れ様。寝る前にちゃんと化粧は落としなさいね」

 肌荒れの元よーと言って、ゼシカも自分の部屋へと戻っていく。ヤンガスも「ゆっくり休んでくだせぇ」と二人をねぎらってからゼシカの後に続いた。
 なんだか取り残されてしまった二人は顔を見合わせて、肩を竦める。

「とりあえず部屋戻るか」
「賛成」


 宛がわれた部屋へ戻ると、そこにはきちんと二人の服と、化粧落としが用意されていた。準備がいいことで、と洗顔を手にとりククールは溜め息をつく。二人が分かれたときにエイトとククールが互いに逆の方向へ行っていたらククールも囮として役にはたったかもしれないが、結局女装して意味があったのはエイトだけだった気がする。

 オレって損な役回り。

 溜め息をついていると、どさり、と音を立ててベッドに座り込んだエイトが「なぁ」と声をかけてきた。

「お前、さっき『やっぱ複数か』って言ったよな。犯人が複数って気付いてたのか?」

 服の脱ぎ方が分からないらしく、何やら苦戦している彼に手を貸しながら「ああ」と答える。

「何となくな、もしかしたらそうかもって思って、お前探しに行こうとしたところで爆発音が聞こえてさ」

 背中のヒモをほどいてやって、肩と袖口のリボンもほどいてやる。全部ほどく必要はないだろうが、女性ものの服だ、どこでどう繋がりがあるか分からない。安全に脱ぐにはこれが一番効果的だろう。

「そういえばお前、何でばくだん岩、使ったんだ? マホトーン食らってたわけじゃないんだろ?」

 駆けつけたときに既に効果が切れていた、という可能性もあるが、そんな持続力のない魔封じをククールは知らなかった。その問いにエイトはうん、と頷いて、ボリュームのある上着を脱ぎ捨てる。

「後ろからつけてる奴がいたからさ、誘うつもりで裏路地入ったらいきなり前にもう一人現れて、口ん中に布突っ込まれてさ」

 それを聞き、ああ、とククールは納得した。確かに口の中に物を入れられていては魔法の詠唱は出来ない。エイトが怒りのあまり暴走しかけるときに、ククールは自分の手を彼の口の中に突っ込んでそれを阻止しているのだ。

「さすがに慌ててたらさ、こうぶちぶちぃっと首元の服引き裂かれて、噛み付かれた」
「噛み付かれたぁ?」

 驚いて問い返すと、エイトはほら、と自分の首元を見せてくれた。今まで服で隠れていたが、確かにそこにはくっきりと歯形が残っている。よほど強く噛み付かれたのだろう、うっすらと血も滲んでいた。
 あいつら、吸血気かよ、と毒づいて、ククールはホイミを唱える。

「……怖かった?」

 別に馬鹿にするつもりなどなく、ふと思って聞いてみるとエイトは「別に」とそっけなく答えた。
 いくらエイトが元兵士であったとしても、慣れぬ格好のまま丸腰で、唯一の抵抗手段であった魔法も封じられた状態で数人に襲われたら恐怖くらいは感じるだろう。

「やっぱり二手に分かれるんじゃなかったな」

 ライデインを放ったあとのエイトを見て思ったことを溜め息と共にもう一度口に出す。
 あの時彼はククールの姿を見て、傍から分かるほどはっきりと安堵の表情を浮かべたのだ。味方の姿で安心を得るということはつまり、それ以前に多少なりとも恐怖を感じていた、ということ。
 意地っ張りな彼に思わず苦笑が零れる。笑みを浮かべたククールを見て馬鹿にされたと思ったのか、「何だよ」と睨みつけてきた。

「エイト」

 そんな彼の名前を優しく呼んで、ククールは両手を広げた。


「いい子だからこっちおいで」


 その台詞から何を感じ取ったのか、エイトは諦めたように溜め息をつくと大人しくククールの腕の中に身体を預けた。その小さな身体を受け止めて、大事そうに抱きしめる。

「お前一人に怖い思いさせてごめんな」

 傷のあとすら残っていないエイトの首筋に口付けて、「消毒」と笑った。そんなククールを見て、エイトは彼と同じような柔らかな笑みを浮かべて口を開いた。


「サンキュ、ククールねーさん」
「頼むから、格好のことは口に出すな」


 ククールはいまだ赤いロングドレスを身につけたままだった。






***

ご提案くださった台詞:「いい子だからこっちおいで」




ブラウザバックでお戻りください。
2005.10.14








どちらに言わせれば良いのか分からなかったので、
とりあえず両方に言わせてみました。
思いのほか長くなっちゃった。