もしかしたら


 カラン、と乾いた鐘の音が町中に響く。小さな町だ、中心にある教会から発せられるその音は町のどこにいても耳に届いた。
 「何かしら」と首を傾げるゼシカに道具屋のおばさんが「結婚式さ」と笑って答える。

「最近は若いもんはみんな大きな町に出ちまうから少なくなったけどね、前はよく教会で結婚式をやってたもんだよ」

 お釣りを渡しながらそう教えてくれたおばさんに礼を言った後、後ろで控えていた仲間三人にゼシカは「見に行きたい」と言った。それを予測していた三人は、顔を見合わせたあと頷く。今日はもうこれから予定が入っているわけではなく、このまま宿屋か酒場へ向かうことになっていた。その途中に結婚式見学が加わったところで、大きな差異はない。


「うわぁ、素敵! 花嫁さん、すごく綺麗!」

 教会の前ではちょうど参列者からの祝福の拍手の中、新郎新婦が寄り添って姿を現した所だった。誓いの言葉は既に教会の中で済ませているのだろう。にこにこと優しそうな笑みを浮かべた初老の神父が幸せそうな二人を見守っている。

「へぇ、なかなか綺麗な花嫁じゃん」

 おそらく仲の良い友人たちが集まっているのだろう、はやし立てられて照れくさそうにキスを交わす二人へ視線を向け、ククールが零す。

「ゼシカ、ウェディングドレスを着たいなら、いつでも隣は空けとくぜ?」
「やぁよ、あんたと結婚なんかしたら色々苦労しそうだもん」

 いつものククールの軽口に、ゼシカも笑って言葉を返す。それでも目は幸せそうな二人の方を見たままで。
 女の子ってこういうの好きだよなぁ、と自分と同じように興味なさそうに式を見ていたヤンガスへ、エイトはこっそり耳打ちをしていた。
 そんな彼らの前で、花嫁が手にしていた白いブーケを参列者へ向かって放り投げる。
 きゃぁ、と黄色い声があがったのち、それを手にすることができたらしい女性が、嬉しそうに花嫁へ礼を言っているのが聞こえた。

「あれ、貰えるとなんかいいことあるの?」

 どうして彼女がそんなにも嬉しそうにしているのかが分からず、エイトがヤンガスに尋ねると、「確か」と彼は記憶を掘り起こすように口を開く。

「確か、貰った女が次に結婚できるとか、そんな話じゃなかったでがすか?」

 微妙に自信がなかったらしく、詳しそうなゼシカに向かって確認を取る。彼女は笑って「そうよ」と頷いた。

「いいなぁ、私もいつか、あんな風に素敵な式をあげたいわ」

 うっとりと、本当に羨ましそうにそう言うゼシカへ、「そんなに結婚っていいもの?」とエイトが首を傾げて問い掛ける。

「だって、好きな人とずっと一緒にいることができるのよ? 嬉しいじゃない」
「ふぅん、俺にはよく分かんねーや」

 そう言うエイトへ「エイトはまだ子供なのね」とゼシカが笑った。それに「いいんでがすよ、兄貴はそのままで」とヤンガスがフォローを入れる。

「いやー、エイトはもう少し成長しておいた方が良いと思うけどな、オレは」

 苦笑を浮かべてそう言ったククールへ、エイトは頬を膨らませて「どういうことだよ」と文句を言った。

 小さな町の中心にある小さな教会で執り行われたその式は、その日一日、町全体を幸せな空気で包み込んだ。どこへ行ってもその式の話題が持ち上がり、旅人であるエイトたちにもめでたいから、と色々なものが振舞われた。
 たまにはこういうほのぼのした雰囲気もいいよな、と満足そうな表情でククールがそう言ったのは、宿屋の一室でのことだった。式への参列者がいくつか部屋を取ってしまっているため、空きは二部屋しかなかった。いつものようにジャンケンで部屋割りを決め、これまたいつものようにエイトはククールと同室だった。ここまで同じ部屋が続くと、もうわざわざジャンケンをする必要もないのではないか、と思ってしまう。

「結婚ってさ、そんなにいいもんかな?」

 部屋に付いていた風呂で軽く汗を流し、自分が使うベッドへと腰を下ろしたエイトが何となく疑問に思ってそう言うと、ククールは呆れたような表情をした。その顔を見て馬鹿にされたと思ったのか、エイトは「だって分かんねーんだもんよ」と頬を膨らませる。

「どこの誰に聞いても『いいなぁ』って羨ましがってたじゃん。何でなのか全然分からん」

 本気で不思議そうな顔をして聞いてくるものだから、ククールも咄嗟に言葉に詰まってしまう。当たり前のことを言葉で説明するのはなかなか難しいものがあるのだ。
 ぱたぱたと水滴の落ちる洗いざらしの髪の毛をそのまま放置しているエイトへ軽く溜め息をついて、ククールは乾いたタオルを手に彼の背後へ回るようにベッドへと登った。

「ゼシカが言ってただろ、好きな人とずっと一緒にいることができるからだよ」

 わしわしとエイトの髪の毛を吹きながら、少し考えたのちククールはそう言って逃げることにした。もっと言えばそれを色々な人から祝福してもらえるからだとか、神へ誓い、神の使者である神父に認めてもらえるからだとか、他にもあるのだろうけれど、一番シンプルで分かりやすい答えはそれだと思う。

「あー、んー、そもそも俺にはその『好きな人』ってのが良くわからねー。『好きな人』とずっと一緒にいるのは嬉しいこと?」

 道具袋の中から引っ張り出してきた地図を眺めながらエイトは首を傾げる。
 彼は誰かに対し好意を抱くということを根本的に理解していない。本来ならば理屈で理解するようなものではないのだが、感覚でそれらを捕らえるにはエイトは既に精神的に成長しすぎていた。

「そうだな、どっちかって言うと逆? ずっと一緒にいたいと思う人が『好きな人』」
「ふぅん」

 自分でも酷く青臭いことを言っているという自覚はある。愛だとか恋だとか、それこそ結婚だとか、そういったものはそう簡単に割り切れるようなものではない。もっとどろどろした感情が絡まったりしているのだが、それを述べたところでエイトには分からないだろう。この点に関しては彼は赤ん坊も同然だ。ならば子供に教えるような言葉を使うしかない。

「一緒にいて楽しくて居心地が良くて、その人にも同じように感じてもらいたいって思える相手が『好きな人』」
「へぇ」

 はいおしまい、とあらかた水分がなくなったエイトの髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。柔らかすぎず、硬すぎない、手触りのいい彼の髪の毛を梳くのがククールは好きだった。
 ちゃんと乾かして寝ないと明日の朝困るのはお前だぞ、といつものように小言を口にし始めたククールを遮って、何やら考え込んでいたエイトがぽつりと言葉を零す。


「じゃあ俺、好きな奴がいるとしたら、もしかしたらお前かもしれないなぁ」

 一緒にいて楽しいし、居心地いいし。ククールもそう思っててくれたら嬉しいし。


 何でもないことのように続けられた言葉に、ククールはがくりと力を失って後ろから肩に顔を埋めるようにしてエイトを抱きしめた。

「か……」
「か?」

 可愛いこと言うじゃねぇか。

 その言葉を何とか押し留めて細い身体を抱きこむ力を強める。
 真正面から顔が見える位置にいなくて良かった。エイトから顔が見えない位置にいて本当に良かった。
 エイトの体温を体全体で感じながら、ククールは心底そう思った。

 無言のまま突然力強く抱き込まれ、状況が飲み込めないエイトが「え? ちょ、ククール?」と声をあげているが、しばらくは無視させてもらおう。
 せめて、真っ赤になった顔がもとに戻るまで。
 照れずに彼を真正面から見ることができるようになるまでは、しばらくこのまま、エイトを感じながら幸せに浸っていよう。
 彼の肩口へ額を摺り寄せ、ククールは強くエイトの身体を抱きしめた。






***

ご提案くださった台詞:「俺、好きな奴がいるとしたら、お前かもしれない」




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2005.09.08








エイトは何かを勘違いしている、に一票(酷いな、お前)。