こんなときだからこそ


 不気味な内装、現れる強敵。
 エイトたちは今、暗黒魔城都市内部を慎重に進んでいるところであった。

 色々と努力したものの結局復活してしまった暗黒神ラプソーン。彼が拠点としていた魔の都市がまさか聖地の下に埋まっていたとは思いもしなかった。
 神鳥の翼を借りて都市へ降り立ったエイトたちは、妙なトラップが多く仕掛けられている城の中を最後の敵を目指してゆっくりと進んでいる。
 いつもは賑やかなパーティもさすがに最終決戦前ということもあり、かなり緊張感の溢れた雰囲気で包まれていた。口数も少なく、笑顔もない。ククールはそんな状態に息苦しさを覚えていたが、どうしようもできなかった。軽々しく口が開けるような空気ではないのだ。おそらく他の三人も同じなのだろう、そう思ったところで、突然隣を歩いていたエイトが「なぁ」と話しかけてきた。視線を返して言葉の続きを促すと、「俺、思うんだけどさ」と彼はぐるりと歩いている廊下の内部を見回して言った。

「空飛ぶ城だなんて、暗黒神の癖に贅沢すぎると思わねぇ?」

 スコン、と思わずこけてしまわなかった自分をククールは褒めてやりたかったくらいだ。
 エイトの妙な言動にはいい加減慣れてきていたはずだったのだが、如何せんこの状況でそういった言葉がくるとはさすがに想像していなかった。
 はあ、と溜め息をついて返す言葉を捜す。

「いや、神サマなんだからこれくらい普通じゃねぇの?」
「神っつっても自称だろ? あの肥満体にゃ、空飛ぶ城なんてお洒落な代物は贅沢だって」
「お洒落か?」

 先ほどまでの緊迫した雰囲気はたった二言三言彼らが会話しただけで、跡形もなく消え去ってしまった。エイトはそのことに気付いているのかいないのか、「だってさぁ」と言葉を続ける。

「この城があればどこでも好きなところに行きたい放題だぜ? 無駄に広いからトモダチもいっぱい呼べるし」
「お前、友達いたの」

 思わず零れたククールの言葉に、エイトが顔を覆ってわっと泣き始めた。

「エイトくんはトロデーンのアイドルだもん。友達くらいいっぱいいるもん」
「分かった、オレが悪かった。百人でも二百人でも好きなだけ呼べ。城ん中で舞踏会でも開いとけ」
「タンバリン叩いて踊っていい?」
「ああ、いい、いい。好きにしろ、って今叩けってんじゃねぇだろうが!」

 さっと不思議なタンバリンを取り出して構えたエイトの頭を殴り、それを取り上げる。ククールは「これは預かっときます」と取り上げたタンバリンをゼシカへ向かって放り投げた。「私が使ったほうがいいのかしらね」と彼女は笑いながらそれを受け取る。

「あ、ひでぇ! 俺のタンバリン!」
「みんなのだろ」
「いや、俺の! 名前書いてある!」

 タンバリンを取り返そうともがくエイトを押さえ込んだままククールがゼシカを振り返ると、彼女はどこぞより取り出したシンナーで、持ち手部分に油性ペンで書かれていたエイトの名前を綺麗にふき取っているところだった。
 彼の名前の欠片すら臨めなくなったところで、彼女はにっこりと笑顔を向ける。

「どこに名前があるって?」

 付け入る隙のないその笑顔にさすがのエイトも「イエ、何でもナイです」と返すのが精一杯だった。
 しょぼんとしたリーダのその姿に、たまらずゼシカが吹き出してしまう。

「あはは! 何かもう緊張してるのが馬鹿らしくなってきちゃった」
「ほんとにな。さっきまでのラスボス前って雰囲気はどこに行ったんだ」

 声をあげて笑うゼシカの側でククールが呆れたように肩を竦める。

「でもこれくらいで丁度いいんじゃないでげすか? アッシらに真面目な雰囲気は合わねぇでげすよ」

 ねぇ兄貴、と呼びかけてくるヤンガスへ頷いて、「緊張しすぎは体によくねぇのよ」とエイトは言った。

「お前は少し緊張感ってものを知っといた方が良いと思うぜ?」
「あら、ククール。エイトには無理よ。頭の中の糸、切れてるもの」
「ゼシカさん、何気に酷いこと言ってません? ボク、ちょっと傷ついちゃったかも」

 頬を膨らませたエイトへ笑いながら「ごめんなさい」と謝ったあと、ゼシカは少しだけ口調を改めて、「ねぇエイト」と呼びかける。

「こんなときになんだけど……ありがとう。エイトに感謝してる。エイトがいなかったらきっと私ここにたどり着けなかった。だから…ホントありがとう」

 笑って言われた言葉を理解するのに数秒要した。

「改まって言われると照れる。ってか、俺、何もしてねぇし」

 頬を掻きながら言ったエイトへ、ふふ、と笑みを零し、「うん、でも何か言いたかったから」とゼシカは続けた。

「くあーっ!! こんなときに何をいいムードになりかけてるでがすかっ!! それに言っとくでがすが兄貴に感謝してる度合いだったらアッシの方がずっと上でがす!!」

 二人の間に割って入るように、ヤンガスが叫び声をあげた。確かに彼の言う通り「こんなときに」ではあるが、ヤンガスの方こそこんなときに大声をあげるのはよくないだろう、と聞いていたククールは小さく溜め息をついた。

「おいおい、お前ら。あんまりシカト決め込むと暗黒神くんスネちまうぞ? オレはあの怖い怖い鬼さんを一秒も早くやっつけて、こんな所さっさとおいとましたいんだ。だからしゃべくってないでさっさと行くぞ!」

 先ほどから足よりも口の方が動いているような気がする。自分もエイトと無駄話をしていたことは棚に上げてそう言うと、正論を言われたことに腹がたったのか、「なによ、もう、えらそうに! わかってますよーっだ!」とゼシカはククールに背を向けると一人ですたすたと先へと進んでしまった。そんな彼女を「待つでげすよ」とヤンガスが慌てて追う。
 何故か取り残されてしまった二人は顔を見合わせたあと、仲間二人の後を追いかけ始めた。

「俺、別にゼシカにもヤンガスにも何か特別なことした覚え、ないんだけどな」

 先を行く二人の背を見ながら、エイトがぽつりと零す。他人からの感情に疎いエイトのこと、何故二人が彼に対して感謝を抱いているのか分からないのだろう。
 そんな彼に苦笑を浮かべて「オレもお前には感謝してるけどな」とククールは口を開く。

「別にな、何かされたってわけじゃない。ただお前がそこにいただけで、オレもヤンガスもゼシカも救われたことがあったんだ。だから黙って感謝されとけば良いの」

 ぽんぽんとバンダナの上から頭を撫で、子供に言い聞かせるような口調で言うと、エイトは小さく唸った後「じゃあ」と口を開いた。

「じゃあ俺はお前に感謝する。うん、きっとお前がいなかったらここまでこれなかった。こんなに楽しく旅なんかできなかった、だから」


 ありがとう、ククール。


 そう言って浮かべられた笑顔を、何が何でも守り通したい、と柄にもなくククールは思った。






***

ご提案くださった台詞:「ありがとう」




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2005.10.09








sunさまより、ご提案いただきました。
途中のゼシカの台詞(「こんなときに〜」)からククの台詞(「おいおい、〜」)までは、
実際ゲームの中で彼らが交わしてくれるものです。