認めざるを得ない事実 世の中には百歩譲って仕方なしに認めなければならない事実というものがある。必然や絶対から成り立つ物理法則や論理式のようなものが相手だったら、エイトもここまで悩まされなかっただろう。質量保存の法則や排中律に逆らってまで生きようとは思わない。しかし目の前の事実はある程度人の主観に左右されるものであり、だからこそ「否」という選択肢も可能性としてないわけではない、ということがエイトの頭を悩ませていた。 「……やっぱ、顔だけはいいんだよな、あのアホ」 はぁ、と溜め息をついて、大きく肩を落とす。 視線の先には彼が「アホ」と称した人物、聖堂騎士団のククールの姿。確か二人で必要物資の買出しに来ていたはずなのだが、何故か彼はエイトの側から離れ数人の女性に取り囲まれてにっこりと笑顔を浮かべていた。エイトが防具屋に入り、買い物を済ませ出てきたらこの状態だったのだ。 実はこういう状態になるのは今回が初めてではない。彼と買出しに来ると五割の確率でこうなるのだ。度重なる事態にさすがにうんざりしてきて、原因を探っていたところ冒頭の事実に行き着いたわけである。 あまり認めたくない事実ではある。しかし、特にククールから声をかけたわけでもないのに女性が集まってくるのだから、身を切る思いで譲歩し、認めなければならないだろう。 顔はいいのだ、顔は。 基本的にククールはフェミニストだ。どれほど機嫌が悪かろうと、女性の前では笑顔を浮かべる。それでいて脳が沸騰しているとしか思えない薄ら寒い台詞を吐き出すのだ。 ただこれだけで女性にもてるかといえばそうではない。いくらヤンガスが同じ事をしてもククールのようにはならないだろう。そこにはやはり必須条件ともいえるべきものがある、それがつまり顔の良さなのだ。 銀髪、は綺麗だよな。さらさらしてて、触りごごち良いし。 あとでゼシカに渡そうと思っていた珊瑚の髪飾りが入った袋を弄びながら、エイトはぼんやりと女性に捕まっているククールを観察していた。 風が吹くたびに背に流れる銀髪が、それを束ねる黒いリボンと一緒に涼やかに揺れている。特に髪の毛に気を遣っているわけでもなさそうだから自然体であれなのだろう。癖もほとんどなく、広がるそれはまるで銀色の雨のようだと思う。 目も青で綺麗だしな。 ククールを色に例えると、十人中九人が「赤」と答えるだろう。それはいつも彼が着る騎士団員の服が他の団員と異なり真っ赤だからだろうが、エイトはそれよりも彼の澄んだ目の色の方が印象が強かった。 あいつ、あれでいて睫、なげーしな。男であれは詐欺だよな。 人にはあまり話せない理由から至近距離で彼の寝顔を見る機会を多く持つエイトは、その青い目を縁取る睫や、通った鼻筋、形の良い唇をまじまじと観察することが出来る。 顔の形も良いし、パーツも良い。そりゃ、女が寄ってこねぇ方がおかしいか。 あの顔で笑みを浮かべられ甘い台詞(エイトにとっては寒いだけだが)を囁かれたら、大抵の女は落ちるだろう。 落ちないのはゼシカとか、ゲルダさんぐらいかなぁ。姫はどうだろ。あの方天然だから、口説いても口説かれてることに気付かないかもなぁ。 何となくそんなことを考え、思わず吹き出してしまう。くすくすと一人で笑いながら、顔だけは良い、とエイトが嫌々ながら認めたその男へと再び視線を向けると、彼は対女性用の穏やかな表情で何やら楽しそうに談笑していた。 何となく、ムカッときた。 てか、何で俺、大人しくあれを待ってんだ? アホらし。置いて帰ろ。 そう思った瞬間、輪の中心にいたククールがふと顔を上げてこちらを見た。 そしてエイトの姿を捉えると、綺麗な目を細めて、ふわり、と微笑を浮かべる。 「悪いね、お嬢サンたち。弟が来たから、オレもう行くよ」 その言葉に「えー、どれが弟さん?」「やだ、可愛い!」という黄色い声が重なる。別れを惜しむ彼女たちににこやかに手を振ってから、ククールは早足でエイトの方へと近寄ってきた。 「待っててくれたんだ。サンキュ……って、エイト? 何かお前、顔赤くね?」 覗き込んでくるククールから、エイトは慌てて顔をそむけた。 そう、認めたくはないが、認めざるを得ないだろう。世の中には百歩譲って仕方なしに認めなければならない事実というものがあるのだから。 彼は顔だけは良い。それも並外れて。 その顔であんな風に微笑まれたら。 「どうしたんだよ、エイト?」 心配そうにそう言ってくる彼の顔を直視することなどできず、口元を押さえ込んでエイトは「俺、熱があるかも」と誤魔化しておいた。 まさか、彼の笑顔に思わず見とれて赤面しまったなど、口が避けても言えるはずがない。 ***
ご提案くださった台詞:「オレ、熱があるかも」 ブラウザバックでお戻りください。 2005.10.13
風邪を引かせても良かったのだけれど。 前も似たようなオチ、書いたような。 |