分からないほどに


 意識が戻ったとき、ククールはまず始めに「またやっちまった」と思った。
 実際、ククールがこうなることは今に始まったことではない。能力の違いとでもいうのか、騎士とはいえどちらかと言えば魔法使いに近い僧侶である。基礎体力はないし、持久力もない。あるのはかしこさと魔力くらいだ。

 身体を起こそうと思ったが思うように動かないことに気付く。おそらくまだ完全に回復できていないのだろう。首から上はかろうじて動くため、ゆっくりと首を左右に振り、目だけ動かして辺りの様子を探る。屋外ではない、どこかの町の宿屋、といったところか。手持ちに世界樹の葉はなかったし、エイトもゼシカもそれほど魔力が残っていたわけでもなさそうだった。ということは、力尽きてしまったククールを呼び戻すため、一度町に戻った、ということだろう。
 自己嫌悪が全身に圧し掛かってくる。
 ククールが今身を置いている状況は、常に命の危険に曝されるものだ。彼に限らず、他の仲間たちも途中で力尽きてしまうことがある。しかし、いくら自分だけではないとはいえ、パーティを自分が乱しているという事実は身に堪えた。

 とりあえず今は寝て、起きたら謝ろう。

 一人でぐだぐだと反省していたところで意味はない。内省などいつでもできる。問題はそれをどうこれからの行動に活かすか、である。
 あっさりと思考を切り替えて、再び眠りに付こうとしたところで、ふと、ククールは人の気配を感じた。もともと人であろうとなかろうと、生き物の気配には敏感な方である。それに今の今まで気付いていなかったのは、体が本調子ではないからだろう。あるいは、その相手に問題があるのかもしれない。

「エイ、ト……」

 思わず呟いた自分の声が思った以上にかすれていて驚いた。
 小さな声を聞きとめたのか、ククールが横たわるベッドの脇に伏せて眠っていたエイトが、ゆっくりと身体を起こして目を擦る。ククールの意識が戻っているのに気付くと、彼は安心したようにふにゃりと笑った。そういう笑い方をするといつもよりぐっと幼く見える。

「水、要る?」

 ベッドサイドのテーブルに置かれた水差しを手に取って言うエイトへ、「や、起きられねぇから今はいい」と断る。その言葉にエイトの表情がみるみる翳った。

「そんな顔すんな、って。しばらく寝りゃ、治る」

 別に病気というわけではないのだ。しいて言うならばただの疲労だろう。ならばゆっくりと休めばすぐに良くなるはずである。ククールの言葉にエイトは小さく頷いたが、どうも彼の様子がいつもと違う。どうしたのだろう、とククールは首を傾げた。

「ずっと、そこに?」

 尋ねると、また小さくエイトは頷いた。
 そして少しの沈黙の後ゆっくりと口を開く。

「お前、なかなか起きなかったから」

 端的な言葉にククールは意味を取り損ねて考え込んだ。
 教会で神父に生き返らせてもらったのか、それとも回復させた魔力でゼシカかエイトが生き返らせたのか、今のところどちらであるのか彼には分からない。しかし、いつもならばどちらにしろ目覚めたときにはある程度体力が戻っているはずだった。大事を取ってその日一日休息を取ってはいたが、実際にはすぐ旅に戻っても支障がないほどなのだ。
 しかし今回は一体どういうわけか、目覚めても体に力が戻っていない。力尽きる直前の状態に左右されでもしたのだろうか。確かにかなりきつい行程をこなしていた途中で、蓄積された疲労が全身を覆っていた。ククールが力尽きてしまったのもそれが原因といっても過言ではないだろう。
 「ちょっと疲れてたっぽいな」と答えたククールに、エイトはきゅ、と唇を噛んだ。

「お前、なかなか起きなかったんだ」

 そして同じ言葉をもう一度繰り返す。

「教会運んで、生き返らせてもらって、いつもならすぐ起きるのになかなか起きなくて、神父が言うには疲れてたんだろうって。だからヤンガスと一緒にここに運んで、寝かせて休ませて、でもお前まだ起きてこなくて」

 どんどんと小さくなり聞き取りづらくなっていく言葉に、ククールは彼の心情を推し量る。

「悪かった、心配かけたな」

 まだ感覚の戻りきっていない右手を無理やり動かして、エイトの頬へ添えた。暖かく感じるのはいつも以上に自分の手が冷えているからだろうか。エイトもククールの体が冷えていることに気付いたのか、温めるように添えられた手を両手で包み込んだ。

「このまま起きてこなかったらどうしようかと思った」

 吐き出された言葉は平坦で、感情が込められていなかっただけに痛いほど彼の思いが伝わってくる。

「お前の寝顔見ながらずっと思ってたんだ」
 お前がいなくなったら、俺はどうなるだろう。

 ぎゅうと握られた手に力を込めて握り返してやれないことがもどかしかった。代わりに軽く爪を立てて「どうなるんだ?」と尋ねる。
 エイトは緩く首を振って「分からない」と口を開いた。

「俺が馬鹿だからかもしれないけどさ、どれだけ一生懸命考えても分からないんだ。
 普通は寂しがるとか泣くとかすると思うんだけど」
 俺、お前のこと大切じゃないのかなぁ。

 首を傾げて心の底から不思議そうに吐き出された言葉に、ククールは思わず苦笑を零す。自分の感情を理解する能力が欠けているエイトらしい言葉だ。そんな彼の名前を呼んで意識を向けさせると、ククールはゆっくりと口を開く。


「ばぁか。どうなるか分からないくらいオレに惚れてるってことだろ」


 にやりと意地の悪い笑みと共に発せられた言葉を時間をかけて理解した途端、顔を赤くしてエイトは彼を睨みつけた。「それはないと思う」とどこか悔しそうに言われたが、そんな顔されてちゃ説得力はねぇな、とククールは笑みを更に深くした。

「いいじゃん、まだオレはここにいるし。当分いなくなる予定もねぇんだから」

 今からいなくなったときのことを考えていても仕方がない。
 くすくすと笑いながら言った言葉に、エイトも笑みを浮かべて頷いた。


「うん、それだけでいい」


 ただ側にいてくれるだけで。






***

ご提案くださった台詞:「お前がいなくなったら、俺はどうなるだろう」




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2005.10.10








エイトが乙女チックすぎる。