サイは投げられた!43号 青エク 雪燐 66P R-18 文章のみ 収録「大は小を兼ねるといいますが」 雪男覚醒済み、悪魔として祓魔師を続けている兄弟。 悪魔を景品とするカジノを調べるため、燐兄さんが小さくなる話。 以下本文抜粋。 「すげぇよな、メフィストの術。俺らも自力で変身できたりするようになるかな?」 「どうだろうねぇ。あのひとはほら、時間の悪魔だから」 ふたりが属する正十字騎士團日本支部の支部長メフィスト・フェレス、彼もまた悪魔である。それも、魔神に連なる存在であり、かなり大きなちからを有している、らしい。らしい、と伝聞調なのは、実際にそのちからをあまり見たことがないから、ではなく、支部長室をオタクグッズで埋め尽くしているかの悪魔を「強い」と認めたくないがゆえの、ただの悪あがきであった。 「時の悪魔」と呼ばれる支部長は、その二つ名どおり時間を操作することができる。世界そのものに干渉するようなちからであるためそう頻繁に使えるものではないが、今の燐はメフィストのちからによって、肉体年齢を巻き戻されている状態であった。おおよそ三十年ほど前の肉体だろうか。もっと前かしら。 小さくなっている己の手のひらを見つめつつ、「でも犬は関係ないじゃん」と燐は言った。メフィストは時々犬の姿を取ることがある。ぱちん、と指を鳴らすのはおそらくただのポーズだろうが、煙に身が包まれると同時にかわいいともかわいくないとも言えない、なんとも奇妙なピンク色の犬に変身するのだ。あれはさすがに時間を操る能力とは無関係だろう。もし関係があるのなら、遠い過去か、それとも近い将来か、メフィストは犬だったという結論にたどり着かざるを得ない。 燐の言葉に「それもそうか」と納得をみせた弟は、「じゃあ今度、フェレス卿にコツでも聞いてみようか」と笑って言った。人間の年齢でいえばすでに中年の域に入っている奥村兄弟も、悪魔として考えればまだひよっこの部類だ。悪魔となった自分たちがどれほどのちからをもっているのか、何ができるのか、三十年経った今でも完全に把握しきれていないのが現状。とてもいけ好かない上司ではあるが、悪魔としてのちから、知識、技術は彼のほうが格段に上なのは事実である。好奇心に任せるまま突撃し、かの悪魔を振り回すのも面白いかもしれない。 「どうせ僕らには、時間がたくさんあるんだしね」 さらりと続けられた言葉を耳にし、抱き上げられたままの兄がわずかに表情を曇らせた。きゅ、と首筋に回った腕にちからが入ったため、燐の動揺はそのまま弟に伝わっているだろう。しかし雪男はそのことを指摘しない。燐もまた言葉にしようとはしなかった。 ぱ、と笑みを浮かべた燐は、「そうだな」と双子の弟のほおへと唇を押しつける。嬉しそうにそれを受け止めた雪男も、お返し、と燐のほおへキスをくれた。一般的な兄弟間のやりとりにしては行きすぎたスキンシップのようにも見えるそれらは、奥村兄弟にとっては日常的なこと。何せ彼らは兄弟というだけでなく、恋人でもあるからだ。兄弟での姦淫はタブーとされるものであるが、ふたりとも悪魔であるため人間社会の規範や倫理観など関係ないとばかりに無視をしていた。そんなことよりも、己の半身に触れていることのほうが奥村兄弟にとっては大事なのである。 彼らふたりには、虚無界の王たる悪魔、魔神の血が流れている。燐のほうは、魔神の証でもある青い炎まで受け継いでいるため、現在の状況に至るまで紆余曲折どころではなく、いくつもの山にぶつかり、ときに押しつぶされ、ときに迂回し、ときに乗り越えて、ようやく今の生活を手に入れたのだ。途中、永遠に片割れを失うかもしれない場面に何度も遭遇した。当時はそれどころではなかったが、落ち着いたあと改めて思い返し、ふたり揃ってぞっとしたものだ。まだ悪魔として目覚めていなかった、あるいは目覚めたばかりだったからかもしれないが、今こうして手を取り合える安心感を考えれば、あのころも素直に歩み寄っていれば、無駄な遠回りをせずにすんだのでは、と少し思っている。結局自分たちは、ふたり一緒にいなければまともに生きていくことなどできない。ただそれだけのことだったのでは、と。 そのことに気がつき、理解し、諦めて受け入れた今は、ふたり揃って正十字騎士團日本支部に属し、祓魔師として任務をこなしている。燐の姿が幼くなっているのも、雪男が人間の振りをしていたのも、今回支部長から直々に通達された任務に関係してのことだった。 「結構複雑な術をしっかりかけてるって話だったけど、記憶やちからはそのままなんでしょう?」 肉体年齢を巻き戻されると同時に脳まで若くなってしまえば記憶に齟齬が生じてしまう。任務の話をしたところで、三十年前、本当に子どもであったころの燐が理解できるとは思えない。だからメフィストは肉体だけを巻き戻す術を使い、さらに固定化させている。 雪男の言葉に頷きつつ、「炎は使えるし、剣もたぶん使えると思うぞ」と燐は答えた。 「手足が短くなってる分、動きに違和感はあるだろうけど、兄さんならすぐ感覚掴めるだろうね」 雪男は頭で考えて戦うタイプであり、燐は感覚のまま動くタイプだというのは今も昔も変わらない。今現在とは異なるとはいえ、かつての己の身体なのだ。少し動いて感覚を掴めば、おそらく燐は問題なく戦うことができるようになるだろう。もしメフィストの術をかけてもらったのが雪男であれば、小さくなった身体での戦い方を思い出すまで時間がかかったはずだ。 今回の任務に関していえば、小さくなるのはどちらでも構わなかった。売る側と売られる側、それぞれが用意できれば良かったのだ。ただ、売る側は買い取り業者とのやりとりがあるため、燐が嫌がっただけである。そういったビジネス的なやりとりは自分には無理だから、と弟に押しつけた。結果、兄が十歳ほどの子どもに姿を変えることになったのである。 「一ヶ月くらいはもつってメフィスト言ってたな」 どのような術なのか、燐に詳細は分からないが、戻ろうと思って戻ることもなく、戻れるような気配もまったく感じない。メフィストの言うとおり、強制的にこの姿に固定されている感覚がある。 「一ヶ月で片をつけたいところだね」 一ヶ月もつということは、一ヶ月経てばもとの姿に戻ってしまう、ということ。燐の幼い姿を売り物にするため、作戦の途中で戻ってしまえば元も子もない。そこまで時間を掛けるつもりはないが、それでもタイムリミットがあることは認識しておくべきだろう。 今回メフィストから言い渡された任務は、買い取り業者の確認ではない。そこは単なる入り口であり、本命は悪魔を景品として扱っている違法カジノの調査である。悪魔のちからを用いて戦う奥村兄弟は本来討伐系の祓魔任務がメインなのだが、人間の顔も悪魔の顔も使いこなせるふたりならばカジノの客、景品、両方から潜入することができるだろう、と白羽の矢が立った。メフィストを含めた日本支部でもまだ調査中であるが、騎士團所属の現役祓魔師も絡んだ案件だ、という話も出てきているため、早急な対処が必要なのだ。 まず、そのようなカジノが実際にあるのか。悪魔が景品として扱われていること、祓魔師が絡んでいることの真偽。もしこちらで掴んだ情報がすべて正であるならば、関わっている人物、企業、祓魔師などの洗い出し、顧客情報、景品として扱われた悪魔の行く先、現状なども調べておきたい。もし無事な悪魔がいるのなら、保護したのち解放もしてあげなければ。 やらなきゃいけないことが多そうだ、と表情を引き締めて言った双子の弟を見やり、けれど兄はにへらと締まりのない笑みを浮かべて言うのだ、「俺と雪男でやればなんとかなるって!」 かつて、それこそ兄と対立していた子どものころ。そういった燐の楽観的な態度がとにかく気に障って仕方がなかった。どうしてそんな顔で笑っていられるのか、どうして気楽に構えていられるのかが分からなかった。明日にでも死んでしまうかもしれないというのに。 しかしそれから三十年経った今、雪男は兄の言葉に「そうだね」と笑って返せている。歳と経験を重ねたことで、気持ちに余裕が生まれたのかもしれない。図太くなれたのかもしれない。あるいはただ、諦めてしまっただけなのかもしれない。どれでもいいが、腹を立て、イライラしているより、たとえ今後のことが見えずとも、燐のそばで彼を守り、彼に守られて笑っていたほうが確実に幸せだ、と言い切れた。 そう、三十年。奥村兄弟が悪魔となったころから、もうそれだけの時間が過ぎている。今の燐は幼い姿になっているが、本来の彼は雪男と同じよう二十代後半の姿。兄弟は揃ってその年代で肉体の成長が止まっている。学生のころ親しかった友人たちも中年となり、それ相応に年老いているが、同じ仕事をしているため今でも付き合いはあった。かつてと変わらない態度で接してくれる彼らの存在にどれほど救われているか。 とはいえ、歳を取らない姿は人間社会のなかで悪目立ちしてしまうため、奥村兄弟は騎士團の管理下で生活をしている。騎士團側からすれば「監視している」つもりなのかもしれないが、こちらからすれば生活環境を整えてもらっているだけでさほど気にするようなことでもなかった。生きていくために必要なだけの金銭を稼ぐ手段がある、それだけでもふたりには幸福なことなのだ。 「給料が高いか低いかはよく分かんねーけど、食ってくには十分だよなぁ」 悪魔を買い取る業者がいるということは、悪魔を売る祓魔師がいるということ。いったい何が不満なんだか、とぼやく燐へ、「祓魔師も人間だからね」と雪男は苦笑を浮かべるしかなかった。 ブラウザバックでお戻りください。 |