サイは投げられた!44号

BBB スティレオ 122P R-18 文章のみ
収録「それはとてもありふれた夢で」
レオくんライブラ未所属パラレル。ふたりともモブとの絡み描写あり。
スポンサからの依頼でカジノへ出向いたスティーブンさんと、
ディーラとして働いていたレオくんが仲良く舌戦を繰り広げる話。
以下本文抜粋。






「ああ、ベティ。今日も素敵だ。愛してるよ、僕のベティ」
 はやくきみと愛し合いたい、とうそぶきながらキスを落とす。上気したほお、耳たぶは真っ赤に染まり、白いシャツから伸びるほっそりとした首も赤くなっている。角度によっては襟の隙間から今スティーブンがつけたばかりの赤い痕が目に入るだろう。潤んだ瞳にくねる腰つき、わずかにふらつく足下。そこには雄の熱を求める女の顔をしたディーラがひとり、できあがっていた。
 どれほどお互いが望んでいても(スティーブンの希望は振りでしかないが)、これから彼女には仕事がある。オーナ絡みのそれをすっぽかすわけにはいかない。離れがたいけれど断腸の思いで手放すのだ、という悲嘆にくれた顔をして、ふらふらとVIPルームへ向かう彼女を見送ったところで、スティーブンはちらり、と背後へ視線を向けた。この廊下の先には、ほとんど使われていないトイレがあるのだが。
「すまないね、気を遣わせてしまって」
 そう声をかければ、角からひょこりと姿を現したのは、ふわふわのブルネットを揺らす少年ディーラだった。
「……気づいてるなら途中でやめてくれても良かったのでは?」
 もっともな指摘に小さく笑い、「きみも男なら分かるだろ」と目を細めてみせる。魅力的な肉体の前では欲望に忠実になってしまうものだ、と続けた言葉に、少年ははぁ、と気のない相づちを打ったあと、「そういうタイプではなさそうに見えますけどね」と返してきた。なるほど、もしかしたら彼はベティーナよりスティーブンのことを観察してくれているのかもしれない。あるいは当事者でないからこそ見えてしまうものがあるのか。
 いつもひとのいない手洗い場に気配があることは、彼女をここに連れ込んだときから気がついていた。関係がばれるのは構わないが、ベティーナの立場が悪くなることは望ましくない。あまり派手なことはしないでおこうと思いいったんは手を止めたのだが、そこにいるのがレオナルドだと分かってからなんとなくからかいたくなってしまった。つまり、二度目の激しいいたずらはほとんど彼に見せ付けるためにやったようなものだ。
「彼女に迷惑をかけるつもりはないんだ」
 だから今見たことは黙っててくれないかな。
 そう言って抜き出した札を渡そうとするも、別に言いふらしませんよ、と断られてしまった。無理に押しつける気もなかったため素直に引っ込めれば、こちらを見上げてきた彼と視線が合う。なにか? と眉を上げてみせれば、少年は再びはぁ、とため息をついた。
「別に誰がどこで何をしていようが構いませんけどね。せめて仕事中はやめたほうがいいですよ。彼女に職を失わせたくないのなら」
 これまたまっとうな忠言である。彼はプレイ中の態度と変わらず、とても真面目で優しい性格らしい。くすくすと笑いながら「僕は別にそれでも問題ないと思ってるけどね」と本音を零せば、少しだけ驚いたような顔をされた。細められた目はそのままなのに、どうしてだか彼の顔はとても表情豊かだ。糸目でも不機嫌な様子やびっくりしている様子は伝わってくるものなのだな、と新しい発見に至る。
「ベティさんと結婚するんですか?」
 紡がれた質問に今度はスティーブンが驚く番だった。いったい今の会話でどうしてその結論に至ったというのか、と少し考え、彼女が仕事を辞めても構わないという己の発言が原因だと気がつく。つまり彼女が仕事を辞めてもスティーブンが養ってあげるのだ、と考えたのだろう。
 もちろんスティーブンにその気はない。このカジノを調査している今はできるだけ所属してもらえていると助かるが、そもそも彼女個人にさほど思い入れがあるわけではないのだ。つまり単純に、彼女の職の有無に興味がないだけである。
 スティーブンがひととして褒められない生き方をしているとは知らない少年ディーラの発想に、たまらずふは、と吹き出してしまった。
「ああ、なるほど。そういう思考になっちゃうのか。少年はかわいいなあ」
 彼の考えはとても健全で、まっとうで、そしてとても子どもっぽいもの。笑いながらぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜれば、「『少年』はやめてくださいっ」と手を振り払われてしまった。いつもの柔らかな物腰とは異なり、少し雑で、気安い言動。たぶんこれが彼の素に近いのだろう。
「確かに僕ぁ見た目これですけど! ちゃんと成人してますからね!」
 ぷんすこと怒る様子がなおのこと彼をティーンの少年に見せているのだ、ときっと本人は気がついていない。ふふふ、と笑いながら、「分かってるよ」と乱れたブルネットをそっと撫でて整えてやる。
「それで、成人しているレオナルドくんは、これから台につくのかな? もしそうなら僕と遊んでよ」
「……僕、あなたに名前教えましたっけ」
「ベティが教えてくれたんだよ。とても優秀なディーラで優しい子よって言ってた」
 僕もそう思う、とにっこり笑って言う。「それはどーも」とぶっきらぼうに返して顔を背けた少年だったが、その耳がうっすら赤く染まっていた。
 従業員として見回りをしていたのか、単純に手洗いに行っただけなのか。これからホールへと戻るというレオナルドは、今日もブラックジャックの台につくそうだ。
「せっかくカジノに来てるんですから、ほかのゲームでも遊んだらどうです?」
 スティーブンはギャンブルをしたいわけではなく、ブラックジャックをしたいわけでもない。ただこの少年ディーラと遊びたいだけ。だから、ここがいいんだ、と彼の台の端に居座ることにする。
「レオはどうしてディーラに?」
「昔からトランプ遊びが好きだったんですよ」
 ゲームの合間を縫うように言葉を交わし、会話に重ねるようにカードをやりとりする。
「手先は器用なほうだったんでマジシャンでも良かったんですけどね」
「どうしてマジシャンにはならなかったの?」
 ときおりやってくるほかの客の相手もしながら、きちんとスティーブンのことも意識してくれており、根っからのお人好しなのだろうなと思った。
「僕、顔に全部出ちゃうらしくて。うまくタネを仕込めても、表情と視線でいろいろばれちゃうんですって」
 習得したマジックを誰かに披露したことがあるのだろう。忌憚ない意見を真摯に受け止め、レオナルド少年はマジシャンの道を諦めたという。生真面目に紡がれる言葉に小さく吹き出し、「なんとなく想像できるなぁ」と思ったことをそのままくちにすれば、「どういう意味ですか」と睨まれてしまった。
「でもそれじゃあ、ポーカーの台にはつけないんじゃないの?」
 ポーカーには客同士で役を競うものと、ディーラが相手になるものと二種類ある。このカジノにはどちらの台もあるのだが、感情が顔に出てしまうのならポーカー台のディーラとしては失格なのでは。
 そんな疑問に、「あ、それは大丈夫です」と少年は笑みを崩さないまま言う。
「訓練しましたから」
「ポーカーの?」
「ポーカーフェイスの、です」
 マジックを披露するときは、それが成功するかどうか、楽しんでもらえるかどうか、驚いてもらえるかどうか、いろいろ気になることがあって表情を一定に保つことができない。けれどディーラとしてポーカーをプレイするときには、たとえどのような役であっても笑ったままでいられる秘訣があるのだと少年は言う。
「へぇ。どんな秘訣?」
 尋ねたスティーブンへレオナルドは「心のなかでこう唱えるんです、」と指を立てて答えた。
「『どんなに勝っても、僕の給料は固定給』」
 勝ち負けで手持ちのチップが増減する客とは異なり、チップを賭けないディーラが勝敗に左右されることなど何もない。確かにそのとおりなのではあるが、なんとなく世知辛い達観の仕方と、それをどこか得意げに語る少年の様子が妙にツボに入ってしまい、スティーブンはしばらく笑い続けることになったのだった。





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