解雇宣告


 気がついたら大勢の人に取り囲まれていて、何も分からなかった。
 ただすぐに、「分からない」では済まされないことの方が世の中には多いことを知った。

 だから真似をした。
 人の真似事をした。

 名前を呼ばれたら返事をする、名前とは人につけられた記号みたいなもの、自分の名前は「エイト」。
 王と姫は命の恩人、感謝する存在、命を賭けて守り抜かなければならない人たち。
 一日に三食ご飯を食べて、夜は眠る。
 歩く時は右足と左足を同時に出さない。片足ずつ。動かすスピードをあげたら走れる。
 生き物をむやみに殺してはいけない、姫が悲しむから。でも姫と王のためならば躊躇わず殺せ。

 怪我をしたら痛い。
 大切な人が死んだら悲しい。
 痛いときや悲しいときは泣く。
 大切な人が喜んでいるのは嬉しい。
 面白いものを見たら楽しい。
 嬉しいときや楽しいときは笑う。


 上手くやれていると、そう思っていた。
 実際しばらくすれば誰からも怒られなくなった。
 怪訝な顔をされることも、心配されることもなくなった。
 生きていくのなんて簡単だ、そう思っていた。


 夢、というものが何なのか、具体的には分からなかった。
 辞書を引いても曖昧な言葉ばかりで捕らえ切れなかったし、それを今さら人に聞くこともできなかった。
 ただ誰もがそれを持つらしかったし、それを持つのが普通だとそんな雰囲気だったので自分もそれを持っているかのように振舞った。
 夢を追い求めて人は生きている、そのようだったので、自分も夢をかなえるために生きている、そんな振りをしていた。


 人間に、少しだけ近づけたような気がした。



「そうやって人真似するの、やめれば?」


 彼にそう言われた時は何のことか分からなかった。
 いや、言葉の意味は理解できる。人真似をしている自分も理解している。
 どうしてそれを止めなければならないのかが分からなかった。


「そのまま生きればいいじゃん」
 お前はお前のままで。


 おそらく自分のためを思って言ってくれているのだと思う。
 しかし、それでも分からなかった。
 彼の言葉は「人間を止めろ」とそう言っているようにしか聞こえなかった。



 そう伝えたら、何か奇異なものでも見るかのような、
 それでもどこか酷く辛そうで悲しそうな目で、見つめられた。



 そんな彼を見てようやく、
 間違えてしまったのだ、と。
 何となくそう思った。
 完膚なきまでに、根本から、
 間違えてしまったのだ、と。
 そう思った。


 何処で間違えてしまったのか。





 おそらく、

 初めから間違っていたのだ。




ブラウザバックでお戻りください。
2005.06.25








当サイトのエイトの根本。なんのこっちゃ。
歌詞からだいぶずれた。