扉 「ひっ、あ、んっぅあっあっ、」 これは夢だ。 「あ、やっ、あっあぁ!」 どう考えてもこれは夢だ。 淫らな声と濡れた音が響くその空間、ベッドの上で繰り広げられる行為を眺めながら、ククールはどこかぼんやりとした頭で、それでも嫌にはっきりとその事実を認識していた。 これが夢であることは確かだ。さっきまでエイトと一緒に酒を飲んでいた。明日のことも考えてある程度で切り上げ、それぞれのベッドに潜ったところまで覚えている。 酔いと疲れに促されてそのまますとんと眠りに落ちてしまったのだとは思うけれど。 「夢にしても、何だってこんな」 頭の中で考えただけのつもりだったがどうやら口に出ていたらしく、乾いた声が耳に届いた。 それを打ち消すかのように室内に響く、彼の喘ぎ声。 「はぁ、ああぁ……あ、んっ」 酒を飲みながら交わした会話が悪かったのだろうか。 それとも、もっと別の何かがククールの中にもともとあったのだろうか。 彼の目の前では今、彼が今もっとも親しくしていると言えるパーティのリーダ、エイトが、彼の知らぬ誰か(顔が見えないので何ともいえないけれど)の背中に爪を立てて、快感に涙と嬌声を零している最中であった。 *** 珍しく、酒場に行ったククールが酒を飲んだだけで部屋に戻ってきた。いつもならば綺麗なお姉さんを捕まえてどこぞの宿でよろしくやってくるのに、今日は何故かワインを片手にエイトがいる部屋に戻ってきたのである。 「好みの子がいなくてさ。ちょっとヤケ酒でも飲もうかと思って」 そう言う彼の手にグラスは二つ。そのヤケ酒にエイトがつき合わされるのは目に見えていた。 二つか三つほどおそらくククールの方が年上だろうが、同年代の健全な成人男子が二人で酒を飲む。アルコールが回り雰囲気もいつもよりずっと砕けたものになってくると、自然話題はある一つの事柄に限られてくるもので。 「そりゃ相手にも寄るだろ。エロくて色っぽかったら三回でも四回でも」 「やー、四回以上は止めとけって。相手がかわいそう」 ある一つの事柄、つまりは猥談である。 その手の話が苦手なヤンガスも、セクハラになりかねないゼシカも今ここにはいない。加えて酔いの所為でかなり開けっぴろげに、大胆に自分の経験を語り合うようになる。 「てか、お前、経験あったの?」 「近衛兵、舐めんな? 結構誘い、あるんだ。断るのも悪いし、了解した手前女の子に恥じかかせるわけにもいかないし。ほら、俺この顔だろ。『おねーさんが教えてあげるー』って童貞はほとんど無理やり奪われたな」 「あははは。無理やり食われちゃったってわけね」 「お前は?」 「オレの話始めたら一晩じゃ終わんねーよ?」 けらけらと笑いながらグラスを傾ける。ククールが持ち帰ったワインはやはり彼が選んだだけあり、かなり上等でのみ安いものだった。本来は非常食用にと取っておいた干し肉を少しだけつまみにと、切り分けてワインの合間に口へと運ぶ。 「教会って基本的に男しかいないじゃん。だから結構男同士ってのが多くてさ。ガキの頃から見目麗しかったオレは恰好の標的だったわけ」 「ってことは、男の方が先?」 「いやいや、さすがに死に物狂いで守ってましたとも。で、これ以上は無理だって思ったときに、その辺の女捕まえてとりあえず筆下ろしだけは済ませといた」 「その捕まえられた女の子が気の毒」 「何を言う。そりゃ初めてで下手だったかもしれないけど」 「でもじゃあ、結局そのあとは男に犯られちゃったわけ?」 「ってか、それからしばらくは男相手に犯られてるほうが多かったな。教会の資金集めとかに色々利用されてた。兄貴に」 「お前ってば実は結構悲惨な生活送ってたんだな」 「今となっちゃ笑い話だけどな」 「笑い話にできるお前がすげぇ」 そうだろ、オレさますげーだろ、とククールは残り少なかったワインをひと息に飲み干した。空いた彼のグラスへワインを注ぎながら、「じゃあそれに関しては俺の負けかー」とエイトはぽつりと零す。 「負けって何が」 「いや、実は俺、男に突っ込まれた方が先」 あっさりと告げられたその事実にククールは軽くめまいに襲われた。 「……お前、男相手にも経験あったの?」 「や、だから近衛兵舐めんなっての。兵士見習なんて先輩兵士の性欲処理の道具みたいなもんだって。少年なんて付いてるもんさえ見なけりゃ少女とそう変わらないし」 抵抗できない、しても逃げる場所はない、とりあえず突っ込まれてまわされて、それに耐えた奴は、何年か後に見習へ同じことをする。 「これの繰り返し。さすがに俺はわざわざ男相手に突っ込む気にはなれなかったけど」 「お前も人のこと言えないくらい悲惨な生活送ってない?」 「そうなのかもしれないけど、俺はそれが普通だと思ってたからなぁ。さすがに今は間違いだってことには気づいたけど」 「気付けてよかったな」と言うククールへ、「全くもってそのとおりだ」とエイトは笑って返す。 意外にも、エイトは経験豊富のようだ。今彼の話を聞くまで、エイトは何も知らない純粋で白いお子様なのだと思っていた。彼の普段の言動からそう勝手に思っていたのだが、どうやらただの思い込みだったらしい。 そういった経験が豊富だからといってそれがククールのエイトに対する評価を揺るがすものにはならない。自分も人のことを言えないようなことを経験しているからだ。だから逆にエイトの中でそういう垣根が低いことを知り、寧ろ安心したといった方がいいかもしれない。 「はぁ、しかしエイトが女相手ならまだしも男相手にも経験済みとはね」 人は見かけによらないってことかねぇ、お子様だと思ってたのに。 溜め息と共に吐き出された言葉にエイトは何故か机を叩いて爆笑している。 そして眦に堪った涙を拭いながら、口を開いた。 「そのギャップが堪らねぇんだとさ」 *** ギャップ、確かにギャップはある。いくら夢とはいえ、このエイトは普段の彼とはかけ離れている。しかしそれでも喘ぐ姿はエイト以外の何者でもなく、知らぬ誰かの背中ごしに見えるその顔にぞくり、とククールの背を何かが這い登ってくるのを感じた。 いつも人懐っこい、無邪気な笑みを浮かべているその顔が、快感に歪み涙に濡れている。熱い吐息といやらしい声を零す唇、上気した頬、汗で張り付いた前髪、そんな細部までが事細かに見て取れた。 「あ、はぁ! いっ、いいっ、気持ち、いっ……」 突き上げられるたびに魚のように跳ねるしなやかな体、ぴんと張った爪先、しがみつくように伸ばされた腕。 男の背中につけられた爪跡がやけに目につく。 同時に胸のうちに湧き上がる、掴みきれぬもやもやとした感情。 もしかしてオレは…… 「ひぁあ! あ、も、もっと、も、っとぉ……っ!」 ギシリ、と大きくベッドが悲鳴を上げた。 しかし絡み合う二人はそのようなことなど気にしているはずもなく、強請られた男はさらに激しく腰を打ちつける。高くなるエイトの嬌声、混ざる双方の荒い息遣い。 もしかしてオレは、 嫉妬、を、 してるんじゃないだろうか。 顔も知らぬその男に。 エイトを喘がせ、 背中に爪を立てられているその男に。 自分で至った結論が認められず、ただ呆然としていたククールの鼓膜をエイトの悲鳴が揺さぶった。 「あ、あっ、も、だめっ……もぅ、だめぇっ!」 切羽詰ったその声に、限界が近いことを知る。 イく、その瞬間の顔が見てみたい。 そう思った時には既に身体は動いていた。すう、とまるで空気のように(夢の中だからきっとそうすることも可能なはずで)ククールは二人が軋ませるベッドの横へと回りこむ。 初めからこの位置で見ていれば良かった。 思わずそう思ってしまうほどそこからはよくエイトの痴態が見て取れて、淫らに喘ぎ腰を揺らめかせ、汗に濡れる彼の姿を、綺麗だ、とそう思った。 下品さの欠片もない、それはこれが夢だからだろうか、それともエイトだからだろうか。 おそらくその両方だろう、そう結論付けたとき、一際大きくエイトの体が跳ねた。おそらくかなり強く悦いところを突かれたのだろう。ひくひくと足の先が痙攣し、飲み込みきれず溢れた唾液で濡れる口からは叫び声に近い嬌声が上がる。 「ク、クールッ!」 一瞬我が耳を疑い、次の瞬間に今まであえて目をそらしていた相手の男の方を見た。 「エイト……」 愛しげにその名を囁いた男は、まぎれもなく。 「はっ……マジかよ……」 ククール自身であった。 ふ、と眠りの淵から意識が身体へと戻ってくる。 汗で張り付く服が気持ち悪い。身体を起こしてククールは、はぁ、と熱っぽい溜め息をついた。 窓を開けて夜風を取り込む。すう、と体温は下がっていくが、体のうちに湧き上がる欲望だけは誤魔化しきれなかった。 前髪をかき上げてもう一度溜め息を突くと、彼は壁際のベッドですやすやと寝息を立てているエイトの方へと視線を向ける。 まざまざと蘇る、夢の中での彼。 何処までも淫らに、何処までもいやらしく、乱れるその姿。 「頼んだら犯らせてくれっかなー」 呟かれた言葉は空しく夜風に散らされる。 開けてはいけない扉を開けてしまったような、そんな気がした。 ブラウザバックでお戻りください。 2005.08.09
しばらくしたらエイトもククールに抱かれる夢を見て飛び起きてくる、に一票。 「言わない関係」や「キミはともだち」で書こうと思って聞いていたのですが、先にこちらを思いついてしまった…… |