太陽へ向かい


 はっきりと言葉にしたことがあるわけではないが、彼はおそらく大勢の中にいるのが好きなのだと思う。人と会話をしたり、笑い合ったりするのが好きなのだと思う。ようは寂しがり屋なのだ。しかし、そんな彼にも勿論一人だけの時間というのも必要であり、多分今がそのとき。
 何ものをも寄せ付けぬ雰囲気を背負った背中を見やり、ククールは小さく息を吐いた。

 一人になりたいのならオレに気付かれないように起きてくれよ。

 自分が勝手に気付いてしまっただけなのに、そんなことを思いながら静かに部屋を後にしたエイトを思う。ここ、竜神の里で彼が一人で行ける場所などそう多くない。行動が制限されているわけではないが、未だ人への偏見を捨てきれぬ竜神族を慮って、エイトがあまりうろちょろしないからだ。
 グルーノの家を出て何処へ向かうというのか。

 少しだけ心配になったククールは寝台から起きだして、エイトが向かった扉とは反対の方向、バルコニーへと続く扉へと向かう。せめて行き先だけでも見届けることができたら安心もできるだろう。そう思っての行動だった。
 彼に気付かれぬよう気配を殺してまだ日も明けぬ、薄暗い里を見下ろす。暗闇を割くようにエイトがゆっくりと姿を現した。おそらく彼は目的地をきちんと持っているのだろう、その足取りははっきりとしていて迷いはない。起きたそのままの姿であるためトレードマークのバンダナはしておらず、大地色の髪の毛がふわり、と風に舞った。


 あの男が、世界を救う勇者だという。


 勇者、とはっきりと言葉にされたわけではない。ただ、明らかに世界は、そして運命はあの小さな肩に「勇者」というありがたみも何もない肩書きを押し付けようとしている。その上竜神族と人間とのハーフであり、さらにサザンビークの王族でもあるという。一体どれだけの名前をその身体で支えなければならないのか。

 所詮は他人事、自分に押し付けられたものではない。
 そうは思うのだが、どうしてか胸に広がるじんわりとした苦味。

 彼が弱音を吐いたところを見たことはなかった。
 一人で耐えている、そんな様子を見たこともなかった。
 彼は自分が背負っているものを重たいと、思ってすらいない。
 思うことさえできない。

 何もかもすべてを押し付けられたかのような彼を、可哀想だと思って苦しいわけではない。
 自分の境遇を不幸だとすら思えない、それに怒りを覚えることさえできない彼が悲しくて苦しいのだ。


 暗黒神を倒し、世界に平和をもたらす役目をもたらされた。
 彼は「あ、そう」と言ってそれを受け入れた。
 サザンビーク国の王族であり、竜神族と人間とのハーフであるという出生の秘密を打ち明けられた。
 彼は「ふぅん」と言ってそれを受け止めた。
 更には記憶封じの呪いをかけられて追い出されたという、忌まわしき過去まで語られた。
 彼は「だから?」と言ってそれを受け流した。

 先へ進めば進むほど、彼の肩には様々な災厄、そう、それはもう災厄といってよいほどのレベルの事柄が降りかかっている。
 その度に彼は新しい自分を担いで前へ進まなければならなくなっている。
 同情は無意味。
 慰めも無駄。
 だとしたら彼に対ししてやれることは何だろうか。


 ふわり、と魔力をまとった風が通り過ぎた。ルーラを発動するそのときに生まれる風。光を帯びた空気が彼を取り巻き、促されるように彼が空を見上げた。釣られてククールも空を見る。
 東の方にうっすらと、朝日が昇り始めていた。

 新しい役目を突きつけられるたび、彼は新しく生まれ変ってきた。
 おそらくこれからも繰り返すだろう、繰り返したところで彼自身痛みも何も感じないだろう。
 彼がそういう人間であることを、短くはないこの旅の間に十分すぎるほどよく理解していた。
 そんな彼へしてやれることなど、高が知れている。


「もう、何を恐れる必要もねぇよな」


 呟いたククールは、ただ飛び立つエイトの背を見守っていた。
 見守るしかできなかった。


 朝日へ向けて飛んでいった彼を見て、まるで新しい日へ向かって飛び立っていったかのようだと、ククールはふと思った。




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2005.06.20








見ているだけしかできない、というのが一番辛い。